第11話 決着

 魔女の右手に嵌められた指輪が光り輝いている。魔力が溢れ出し、魔女はその魔力を用いて魔法を行使する。しかし、魔力が溢れてるとはいえ、魔力を生命力に変換することはできない(生命力の回復を助けることはできるが……)し、そもそも今の魔女にとって自分の体のことなど気にしている場合ではなかったのだ。そのため、うつ伏せに倒れた状態で、顔だけ男の方向に向けて睨みつける。


 (もういい!宝箱のことも!もともとお母さんとお父さんを殺した犯人の手がかりがあると思ったから執着していただけだ。……だからここで絶対に殺す!!)


 そう。魔女が宝箱に執着する理由の半分は犯人の手がかりだったのだろう。彼女は、憎しみのあまり残りの半分を余計なものだと意識から排除した。




 青白い光の三層の結界に、蛇のような男は捕らわれている。結界は徐々に、圧縮されていく。このままでは男は潰されるだろう。男は先ほどと同じようにダガーナイフを結界に突き刺そうとした。が、刺さらない。硬い硬い鉱石に対して、刃を突き刺そうとしたみたいにキンッと弾かれてしまう。


 「!!おやぁ、これは」


 蛇の男は何度か試すもナイフの刃は結界には通らない。


 「おいおい!なんて結界だ!!君にもまだこんな切り札が残っていたなんて!勿体ぶるなんて酷いなぁ」


 男は何故だか嬉しそう。結界は更に圧縮される。すでに、一人の男が入っているだけで狭く感じるぐらいの空間しか無くなっていた。魔女は指輪を輝かせながら、右手を強く握っていく。それに呼応するかのように、結界は更に圧縮される。


 「いやぁでもこれはまずいかなぁ。僕の力じゃ出ることができないよねぇ。いやぁ、困った困った!」


 男は笑っている。自分の命が消えかかっているにも関わらず本当に楽しそうに。



 そうして蛇のような男は、おもむろに懐から――それはそれは綺麗な葉っぱを取り出した。



 ―――― ――――



 義手の青年はその葉に反応する。


 (おい、あれってまさか!)


 神樹セフィロトの葉。義手の青年が魔女の噂を確かめようとした理由。神樹は守り人に守られており、通常はその葉一枚にしても出回ることはない。それを何故だか男は持っていた。


 男はそのキラキラした葉を片手に持ち、もう片方の手で器用に小さな魔道具を取り出した。魔道具から小さな火が灯る。その火を葉に近づてけていく。


 「!?やめろぉーーーーっっ!!」


 青年は叫んだ。しかし男は止まらない。神樹の葉に火が灯る。



 世界の全てのお伽話、言い伝えでは神樹様が悪魔を押さえつけてくれていると言われている。みんながそれを信じている。じゃあ、もし仮に、神樹様を燃やしてしまったら?神樹様の体の一部であるその葉を燃やしてしまったらどうなるだろう?


 (簡単なことだ。一瞬だけでもがこちら側にくる理由を作ってしまう)



 「あはははは!助けてぇ!!」


 神樹の葉が勢いよく燃え始めた。蛇のような男の笑いは止まらない。


 一瞬だけ全てが眩い光に包まれたあと――爆発があった。結界の中で、大量の魔力が暴走する。圧縮されている形の整った結界が歪んでいく。ボコボコと形が変形する。それを制御している魔女の右手も震えている。魔女も限界のようだった。


 そうして緻密に練り上げられた最高傑作。魔女の三重結界は爆発に負けて霧散した。中にいた蛇のような男はと言うと


 「……あぁ、……ホント、に、これは死んじゃ、いそう。で、も……悪魔、様が助けて、くれたんだ。あはは」


 体はぼろぼろ、全身に大火傷を負っている。当然だ。魔女の三重結界を破壊するほどの爆発を、目の前で喰らっているのだから。それでもまだ立っていて、笑っている姿は異常であった。


 「ああ、……でも、そろそろ、帰らな、いと……ね」


 そう言って満身創痍の男はおもむろに指笛を吹いた。何処からともなく大型の鳥の魔物がやってくる。男は腕を空へと伸ばすと、魔物は男の腕を掴み、上空に向かって羽ばたこうとしている。


 「っ!待て!に、げるなぁっっ!!お前は私が……ぐっ」


 魔女は男を逃すまいと立ちあがろうとする。が、体はいうことを聞かずに再度、前のめりに倒れてしまう。


 「ああ、きみは……僕が、殺して、あげる。だから……雨の、国まで、来るといい!ふふふ、つかまえて、ごらんなさい!」



 そう言って、蛇のような男は遥か上空へと消えていった。


 それを悔しそうに睨みながら、魔女は気を失った。



 ―――― ――――




 「ん、んん、……おまぇの、みぎうで、よこせぇ」


 …………なんていう寝言だろう。義手の青年はうつ伏せのまま眠っている少女の寝言に若干引いてしまっていた。


 (でも、本当になんて一日なんだろうか。いろいろありすぎて頭が追いついてないなぁ)


 もうすぐ日付が変わる。青年は今日の出来事を思い出しながら、これからどうしようかと考える。


 (この子が起きたら、また俺を殺そうとするのだろうか。……ありそうだな。今のうちに、逃げる?)


 すやすやと眠る少女を見る。眠っている姿はとても魔女とは思えない。…………彼女の親はもういないみたいだけれど、少女はこれからも一人で生きていくのだろうか?


 そうこう考えていると、少女の目がパチリと開いた。軽く目を擦る少女。そして、自分の顔の下に敷かれていた少し汚れた布切れに気づき、こちらを見やる。


 「あなた、なんでまだここに居るの?私は魔女だって知っているのに。もしかして、少し協力したからってもう殺されないとでも思っているの?」


 そう考えているならお前は魔女を舐めすぎだ、と言わんばかりの視線を青年は感じる。


 「ですよねー。本当に自分でもどうかしてると思ったけど、なんとなく、今はこの場に残らないといけない気がしたんだよ」


 そう言って、魔女の視線に真剣に答えた。数秒の見つめ合い、もとい睨み合い。そうして、魔女は


 「はぁ……ひとまずはもういいわ。魔力もまだ回復していないし、それに私もこの屋敷を離れるつもりだから。それよりも今の日付は?」

 「え?まだ日付は変わってないはずだから13日だけど。あと三十分ぐらいで14日になるけどね。」

 「……そう。はあ、でも魔力はすっからかんだし、指輪も使い切っちゃったしで、もう無理よね。間に合わなかったかぁ」


 魔女は盛大なため息を吐いた。


 その様子を見ていた義手の青年は考える。右腕を探す魔女と部屋にあった宝箱、そして先ほどの魔導師殺しとのやりとりを。


 おもむろに青年は立ち上がる。そうして壊れた屋敷の中へ入り、二階の子供部屋へと足を運ぶ。そこには侵入した時と同じままの宝箱が置かれていた。屋敷はボロボロなのに宝箱には傷ひとつない。青年はそれを持ち上げて、外で動けない魔女のもとへと。


 「ちょっとあなた、それには触らないで」

 「まあまあ。君が右腕を探していた理由ってこれ?あと、焦っている理由も」

 「………………そうよ。その宝箱を十六歳の誕生日までに一人で開けないといけないの。それがお母さんとの約束。そして十六歳の誕生日は明日。あと三十分ほどね」


 魔女は観念したように青年に伝える。


 「で、右腕も見つからなかったから魔力で無理やりこじ開けようとしたけど、今日の戦闘のせいでその作戦もぱあね」


 ホント運が悪い、と魔女は呟く。


  「けど、犯人はわかったし、手がかりも見つけた。宝箱を絶対に開けなきゃ行けない理由は無くなってる」


 なんて、小さな独り言も聞こえてきたのだが。


 ああ、なるほどつまりは昨日の再現だ、と青年は思う。









 「ナマモノは扱ってませんが、玩具ブリキの右腕でよければここに」

 

 ――そういって彼は自身の右腕ガラクタを差し出した



 

 


 




 

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