第9話 決着?
はじめに一つの樹があった。世界はその樹を中心に広がった。大地も海も空も動物も、その樹から産まれたんだ。そして、世界が豊かになるようにと、その樹からはエネルギーの源である魔力が溢れ出て、大地や空や海や動物に溶け込んでいる。皆を護ってくれている母なる樹、神樹セフィロト。まあ、言い伝えにによって、始まりの樹とか世界樹とか名前はコロコロ変わるけど。
ただ、どの言い伝えでも最後の部分はみんな同じで【僕らの世界の下には悪魔がいて、神樹様はそれを封じ込めてくれてるんだって】
「落ちろよ、魔導師様」
上空にいた魔導師が義手に引っ張られてどんどんと高度を落としていく。魔導師はワイヤーを切るために風の刃を振るった。魔女の結界があろうと、魔導師が振るう刃には関係がない。結界は切り裂かれ、ワイヤーは一刀両断される。
「くっっ……!」
魔導師から焦ったような声が聞こえた。ワイヤーは切ったものの、体はすでに池に向かって加速してしまっている。ワイヤーを着るだけでは慣性は止められない。
魔導師が両手を水面に向けて風を起こす。落下の勢いを殺すためだろう。慣性の力と反発する風力。魔導師の体は徐々にスピードを落とし始めたようだ。
「ぐ、……うおおおぉぉ!!」
魔導師の顔に苦悶の色が浮かんでいる。が、それでも魔力を放出し続けていた。そうして、水面ギリギリのところで魔導師は静止した。慣性の力に打ち勝ってしまった。
「ふ、ふふ、ふははははは!!惜しかったな、青年!だが、これが魔導師というもの!神に選ばれた者の力だ!残念だが……」
「ええ、せっかく頑張ったのに残念だったわね。魔導師さま」
その状況を待ち侘びていた者が、一人いた。
その光景を観測していた者が、一人いた。
義手の青年の無謀な、もとい勇敢な自殺に目を見張った者が、一人だけいた。
魔導師の体は影に覆われていた。上空で大量の水が月の光を反射している。いや、違う。水が上空にあるのではなく……
「ダメよ魔導師さま。そんなに水面の一点に向けて風を起こしたら、水が舞い上がっちゃうじゃない」
そう、魔導師の体はすでに、本来ならば水面下と呼ばれる位置にあったのだ。
池の水には魔導師によって一瞬だけ孔が空いた状態だ。水は自然に孔を埋めるように流れ込む。あとは、魔女がその水に魔力を通して補強してやるだけ。
こうなってしまえば魔女の掌の上。おもちゃ箱の中のおもちゃと同義。楽しいお遊戯を始めましょう。
魔女は両腕で円を描くように魔力を通す。池の水が魔導師に向かって流れ込む。魔導師は最後の抵抗に、風で吹き飛ばそうとするも、今使える空気は、先ほど魔導師が掘ってきた細い孔にあるもののみ。
そう、質量が違う。魔力の質は魔導師の方が良いのだろうが、この状況では圧倒的な質量を操る魔女の方が上なのだ。
魔女は池の水を丸ごと、球体にして宙に浮かせる。池の水全てに魔女の魔力が通っている。かなりの魔力が必要であるが魔導師を捕らえておくには、これぐらいは必要であると魔女は考える。そして、その水の牢獄の中には、魔導師の他にもう一人。
「ごぼぼぼぼっっ、!!ごぼ!ごぼ!(意訳 助けてくれぇ!死ぬ!死ぬ!)」
片腕の青年がゴボゴボと何かを言っていた。魔女は少し悩んだ後に、「はぁ……」と、大きい溜息を一つ。そして、右手の人差し指で青年を指差して、横に振る。そうすると青年だけが、ぽいっ、と水から飛び出した。その後、魔女は同じ動きで、水の中に沈んでいる義手を青年の元へと落としてくれた。
片腕の青年は、はぁはぁと呼吸を整えながら義手を取り付ける。そして、水の操作に意識を使ってる魔女の元へと近づいてくる。
「これはすごいな。まさか池の水全部を操作できるなんて」
「……これぐらいしないと、彼の魔力ならすぐにでも打ち破って出てきてしまう」
「ホントにバケモンじゃないか。……ただ、そろそろ出してやらないと。彼、死んでしまいそうだけど」
「……何を言っているの?彼は魔導師よ。ここで殺しておかないと、今度はこちらが殺されるわ。助ける理由がないでしょ」
魔女は毅然と言い放つ。
(そう。助ける理由なんてないんだから。相手は魔導師で、私は……魔女で。殺さないと、いけないんだから。だから余計なことを)
「……殺したくないんだろう」
「っ!!」
少女は青年を睨んだ。その目は、バカにするなと、お前に何がわかるんだと、言っているようだった。
「だって、手が震えてる」
魔女は水の操作をするために前に突き出している自身の手を忌々しげに見つめた。数秒間、沈黙が流れる。そして、
―――― ――――
球体の水面が大きく揺らぐ。牢獄の周りの空気が円を描き始める。円は徐々に大きく、激しくなり、竜巻となった。
魔女は一瞬驚いた様子だったが、すぐに両手の青白い光が大きくなる。水を制御するためだろう。風と水がぶつかり合う。竜巻は近くの木々を吹き飛ばす。屋敷の窓を割り、壁を壊しながら更に大きくなる。
そして遂に、魔導師を捕らえていた水は上空へと打ち上げられて、惑いの森は数秒間、豪雨に見舞われた。
「はぁはぁ……、舐めてくれるなよ!青年!!出してやらないのか、だと?ただの人間風情に情けなどかけられる覚えはないっ!」
魔導師はそう言い放った。だが、見るからに魔力は底を突き、息も絶え絶えだ。もうほとんど魔法を使うこともできないだろう。
しかし、それはこちらも同じこと。魔導師に気圧されている魔女を見やる。額には汗が滲んでおり、肩で息をしている。魔女も先ほどの水牢でほとんど魔力を使い切ってしまっているらしい。そして、青年も義手をつけたはいいが、魔石の魔力はすっからかん。他の魔道具も、もうほとんど使い物にならない。そもそも、崩れる寸前と言っても相手は魔導師。ただの魔道具が効くとも思えない。
(あと使えるのはコイツだけしか――)
右目に手を当て、青年が思案していた時に、魔導師が動く。右腕を突き出す。魔導師の目の前に風が渦巻く。
「魔女も、魔女に毒された人間も、この神樹が創りし素晴らしき世界には要らぬ!疾く、消え去るが……」
ずぶりっ――――
魔導師の脇腹から鈍く光る刃先が飛び出している。鈍色の刃先に真っ赤な液体が滴る。
魔導師は何が起きたかわからぬといった表情で、ごふっ、と咳込み吐血した。魔導師の体は前方へと倒れる。崩れる魔導師の後ろには、まるで蛇のような男が立っていた。
「ああ!今日は憑いてる!僕は憑いてる!お仕事帰りに、まさか死にかけの魔導師様に出逢えるなんて!!」
男が嬉々として続ける。
「これはきっと普段の行いのおかげなのでしょう!お仕事を頑張る僕へのご褒美、魔導師様をたくさん殺している僕へのご褒美!ああ、
男は狂気に満ち溢れていた。
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