第8話 ラウンド2
「私をぶん殴る?魔法も使えないただの人間が?ははははは!面白い冗談を言う。君の職業はピエロだったのかな?」
青年は何も答えない。ただただ魔導師に視線を合わせている。青年にとって魔導師とは異次元の存在だ。ひとたび視線を切ってしまえば、いつの間にか頭と胴体が離れてしまってるなんて事態にもなりかねない。
「もし本気で言っているのだとしたら試してみるがいい。だが、その場合は君も排除の対象になる。魔女に毒された愚かな市民として、な。」
魔導師の警告を聞いたと同時に、青年は腰に巻いてあるベルトから小銃を取り出した。取り出した小銃は魔石からの魔力を運動エネルギーに変えて鉛の弾を発射する古いタイプの魔道具で、最近はあまり使われることはない。
ちなみに今の流行りは魔力で空気を圧縮し、前方に撃ち出す機構のもの。実弾は必要とせず、魔石の魔力残量にだけ注意しておけば良いので使いやすい。一般の家庭にも防犯用で置かれていることが多い、ポピュラーな魔道具だ。付け加えると、魔女が放つ見えない壁は原理は一緒である。規格が大きく違うだけで。
青年は取り出した小銃を魔導師に向け、躊躇いなく引き金を引いた。銃弾が魔導師に迫る。距離があるため威力は落ちるだろうが、当たれば無傷ではいられない。
魔導師は動かない。銃弾がさらに迫る。魔導師は動かない。そして、銃弾がいよいよ魔導師に牙を剥くその瞬間、キンッと甲高い音を立てて銃弾は弾かれた。
魔導師は動いていない。ただ腕を組んで青年と魔女を眺めていただけ。銃弾を弾いたのは彼を守るように、周りをヒュンヒュンと飛び回る旋風だった。
「なっ――っ!!」
青年が驚くのも無理はない。だって、魔導師は指一つ動かしてすらない。風が勝手に魔導師を守っている。
「ふん、そんな鉛玉など私が動かずともこと足りる」
「……はは、なるほど。魔女も相当だと思ったけど、魔導師の方もバケモノってことか」
「その言い方には些か引っかかるものがあるが、褒め言葉として受け取っておこう。それで、どうする?」
まだ続けるのか?と魔導師は問うてくる。いきなり引き鉄を引かれたにも関わらず、まだ謝れば許してやる、と。なんと器の広いことか。一般市民にしてみれば彼は正に英雄なのだろう。
「ああ、だけどちょっとだけ時間が欲しい」
そういって青年はチラリと、後ろの魔女に視線をやる。魔導師は、肯定の意思を示すように腕を組んだまま目を閉じた。
青年は魔女に向けて小さく尋ねる。
「なあ、さっき君がやった水の檻でアイツを捕まえることはできないか?」
「…………え!?なに?……わたし?」
魔女はまさか、先ほどまで殺し合ってた(正確には魔女が一方的に殺そうとしてたのだが……)自分に話しかけられるとは思わなかったようで、焦ったように反応する。そして、口元に手を当てて考え込むような素振りを見せる。
「……それは難しいわ。私の操る水のスピードでは風の刃で水を散らされるのが落ちだし、彼の周りに旋風がある以上彼の周りに水を集めることはできない」
「じゃあ、あの魔導師を池の水の中に叩き込んだら、どうだ?」
「!?…………もし、万が一、彼自身が水の中に入ったのなら――可能よ。でもそんなの、」
「わかった。ありがとう。じゃあ、君はその万が一に備えといてくれ。あと、もう一つ頼みがあって……」
こうして唐突に、魔女と義手の青年による共同戦線が張られたのだった。
―――― ――――
少しの刻が過ぎ、魔導師アルク・ナバスは瞼を開いた。その視界には黒いローブの少女と義手の青年が映っている。魔導師には青年が刃向かってくる理由がわからなかった。何故、魔女なぞに肩入れするのか。そんなことをしても
「作戦会議は終わったかな?」
「ああ、待っててくれるなんてアンタいい奴だよな」
「なに、力持つものとして当然の礼儀だよ」
魔導師は余裕を持って答える。わずかな静寂。そして最初に青年が動いた。
先ほどと同様に、小銃の引き鉄が引かれた。一発、二発、三発――。魔導師は動かず、弾丸は旋風に弾かれる。
と、同時に魔導師の背後から、結界が形成され始める。青年の後ろで魔女が魔法を発動していたようだ。
「むっ!」
魔導師は背後に現れた結界に対して、振り向きざまに腕を薙ぐ。これは仕様がない。魔女の結界に対しては、魔導師自らが対応しなければ破れない。
魔導師が青年と魔女の方に向き直ると、視界が白い光に覆われた。視覚が一瞬にして奪われる。これは目眩し? 魔法ではない。青年の仕業だろうか。
「小癪な……」
魔導師の視覚はすぐに回復する。彼の少しぼやけている視界の中には魔女が立っており、右腕を前に突き出していた。
(魔法を発動する?……いや違う)
魔女の右腕の青白い光は少しずつ小さくなっている。あの様子だと、
(魔法を発動した後か!)
魔女はなんらかの魔法を発動していた。しかし、結界は現れずその他の変化もない。いや……。魔導師は池の上空に浮いている。だというのに、更に上から気配を感じた。魔導師が空を見上げると――
空中には、義手の青年が苦悶の表情を浮かべながら舞っていた。
―――― ――――
青年は目眩しを投げた後、魔女の前方へと移動していた。魔女がすぐさま右腕を突き出して魔力を流し始める。右腕が青白く発光する。発動する魔法は最初に青年を屋敷から追い出した見えない空気の壁だ。更に、今回は真横にではなく、上斜め前に。砲身は空気の壁、射手は魔女、そして砲弾は義手の青年。つまり――人間大砲として、青年は撃ち出されたのだった。
(――――痛っってぇ!!)
しかしながら、人を空まで飛ばす威力の大砲だ。痛みを感じるのは仕方がない。
「ほう、何故そんなところにいるのか不思議ではあるが、君の場合は悪手。撃ち落とされるただの的だ!」
魔導師の声色は変わらない。余裕も崩れない。その言葉通り腕を振って風の刃を発生させる――ことはなく、魔女の方を振り返った。魔女が再度、魔法を発動させようとしていたからだろうか。
その判断は正しい。優先順位は至極当然。魔導師にとって、この場での敵は魔女ただ一人であり、義手の青年は敵にすらなり得ない。だからこの場合、魔法を発動させようとしている魔女に向き直るのは自明の理。ただの生身の人間には魔導師の風の鎧を突破することはできないはずなのだから。
義手の青年は魔導師の姿を見据える。重力に従って一直線に落下する。進行方向には青年から目線を切った、真っ白いローブに包まれた魔導師様がいる。周りには主人を守らんとする
青年は義手による魔力の防壁を展開する。が、もう義手にセットした魔石はほとんどすっからかんになっている。そもそも、魔女の魔法と比べてはこんな防壁は紙切れ同然。案の定、すぐさま防壁は旋風に切り裂かれた。だから、後はとにかく、頭と首と心臓を切り裂かれないように守るだけ。そのほかの部分は繋がっていたなら上出来だ。決死の数秒間、バケモノがまとう風の鎧との我慢比べだ。
旋風が青年を襲う。命を奪う音が聞こえる。
一秒。皮が破け、血が吹き出す――痛い
二秒。肉が抉れ、激痛が走る――痛い痛いいたいいたい
三秒。生物としての警告音が全身に響き渡る――痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイ
四秒。痛覚が消えて意識が混濁する――
あっけない幕引き。わかりきっていた結末。……青年の意識は途絶えかけていた。もうこれ以上は生命としては成り立たない位置まで来ている。ぼやける意識の中で青年はふと考える。
(あれ?俺ってなんでこんなことしてるんだっけ?命まで懸けて、魔導師に逆らって何をやっているんだろう?)
青年は自身に問う。この行動の理由を。この行動の意味を。
(魔女が可哀想だったから?)
――違う。
(魔導師の言葉が不愉快だったから?)
――違う。違うだろ。そんなことじゃなくて!
(…………好きな子を泣かせてしまった過去の俺に、心底腹がたったからだ)
そうだ。これはただの八つ当たり。何も褒められた行為でもないし、青年に正義なんてものはなかった。でも、だからこそ、
(八つ当たりにぐらい命を賭けろよ!!)
繋ぐ、繋ぐ。意識を繋ぐ。青年に残された、か細い意識の線を。もはや、痛みの感覚はない。やめろ!それ以上はいけない!と生命の警告音が耳元で喚き散らす。それでも離すことはない。
永遠とも思える数秒間。その終わりは唐突に。青年の耳から命を刈り取る音が消え去った。意識を繋いだまま死の領域を突き抜ける――
「!?――――なんだとっっ!!」
魔導師が初めて、驚いた声をあげる。青年は魔導師の肩を掴んで、空中で組み合う形になる。
捕まえた!!と、青年が思った次の瞬間
「――――っごふ!?」
死線を超えた青年の鳩尾に、魔導師の膝がめり込んでいた。そのまま、空中にいるにも関わらず、宙に打ち上げられる義手の青年。補足をすると、旋風の自動防御は中から外への一方通行。外からくるものにのみその刃は反応する。
「舐められたものだな。組み合うことができればなんとかなるとでも?我ら魔導師は神樹に選ばれた存在!なればこそ、この身の鍛錬を欠かすことはない!」
そういって、再び宙に打ち上げられてしまった青年を睨む魔導師。それに対して青年は、
不敵な笑みを返した。
月の光に照らされて、キラリと光る一筋の線。
「ああ、そうだな。アンタの腹筋を見た時にとても鍛えられてることがよくわかったよ。本当に、アンタは俺からみたらバケモンなんだ」
その線の片側は宙に舞う青年の義手に。
「だから、
もう片側は――――魔導師の真っ白いローブの襟にフックがガッチリ取り付けられていた。ワイヤーフック、屋敷の侵入に使ったものを青年は自身の義手に先ほどセットしていた。当然、ワイヤーは自動防御たる旋風に切り刻まれるはずなのだが、作戦会議の時にワイヤーには魔女お手製の細く長い結界を仕込んでもらっていたのである。
そうして、義手の青年は自身の右腕を池の水面に向けて、親指と
――パチン!
小気味良い音を鳴らすと、義手の魔道具が駆動する。最後の仕事だと、義手の中の魔石が光り出す。魔石の残り魔力を全て推進力に変え、義手は青年の右腕を離れて、唸りを上げながら水面に向かい真っ逆様に直進する。
当然、ワイヤーフックで繋がれた、空中に浮かぶ魔導師は下へ、下へと――
「落ちろよ、魔導師様」
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