第6話 ラウンド1
義手の青年は少女の顔に見覚えがあった。なんと言ったって昨日会っているのだから。向こうもそれは同じだったらしい。
「あなた、魔道具屋の?なぜこんなところにいるの?」
「……そうゆう君こそ、なんでこんな所にいるんだ?ここは魔女が住むって噂だし早くお家に帰ったほうがいいんじゃないか?」
青年はそう言葉にするが、この少女が魔女だと確信していた。だって、先ほど魔法らしきものをその身に味わってしまっている。
「……そう。残念だけどここが私のお家なの。そしてあなたの言う噂っていうのは本当よ。つまり……」
そう言って少女の腕が青年に向かって突き出される。その腕は青白く発光していた。
「私は魔女で、それを知ったあなたを生かしては返せないということ!」
風が逆巻く。彼女の手の先に何かが集まっている。空気が揺らいでいる感覚。瞬間、先ほどと同じく見えない壁が青年を襲う。壁は地面の芝生を削り取りながら迫ってくる。壁自体は見えないが、芝生の挙動でおおまかな大きさと速さを察知することができた。青年は咄嗟に、横へ飛び退く。間一髪、なんとか回避が間に合った。ゴロゴロと地面を転がるが、すぐに体勢を立て直す。
「やっぱり戦うことになるのか!しかもこの魔法って空気を、っっ!!」
ぼやく間もなく次の魔法がやってくる。魔女が片腕を振り上げると、今度は屋敷の前にある池の水が生きているようにうねり出す。それはまるで鞭のようにしなって青年に襲い来る。青年は唸りをあげる水に対して義手の掌を向けた。
――パチン
親指と
水の鞭は壁に阻まれ、飛沫をあげて形を崩した。水は空に高く舞い上がり、ただの液体へと姿を戻す。屋敷の周りが一瞬、豪雨に見舞われた。
「へえ、その義手って結構器用なことが出来るのね。昨日もらっておけばよかったかしら」
なんて、魔女は余裕そうだ。一方、義手の青年は生き残るために必死で微塵の余裕もありはしない。呼吸は乱れ、肩で息をしている。
「では、お次はこうゆうのはどう?」
なんだか魔女は楽しそう。獲物を見つけて、じわじわ追い詰めるハンターのよう。
(あいつ絶対サディストだろ!)
心の中で悪態を吐く青年をよそに、魔女の魔法が発動する。
青年の周りに青白い魔力の壁が急に出来上がった。唐突に現れる魔力の檻には青年もどうしようもない。
「なっーー!」
「私、少しばかり結界魔法を嗜んでおりまして、生意気な動物は閉じ込めてしまうのです」
青年の心の中の悪態が聞こえていたのだろうか、魔女は少々ご立腹なご様子。
「結界ってこんな簡単に作れるもんなのかよ!?」
いやそんなはずがない。普通であれば結界を作るには入念な準備が必要で、だからこれは青年の落ち度ではなく、彼女の性能が優秀だっただけなのだろう
――余談ではあるが、結界は先ほど飛ばしていた見えない壁とは原理が全く違う魔法だ。先ほどの魔法は、魔力で空気を圧縮して押し出した完全な質量攻撃。一方こちらは純粋な魔力だけを使った檻である。
今宵の狩りはここまで、というように優雅に近づいてくる魔女が一人。当の獲物は、背負い袋からズシリと重そうなゴツゴツとした魔道具を取り出した。鈍色の大きな刃の刃先には無数の小さな刃が着いている。
「……それは何かしら?」
「え?とっても切れ味のいい剣」
そういって、彼は手元の紐を引っ張った。無数の小さな刃先が、縦に高速回転を始める。なんとなく丸太を切るのに都合が良さそう。
ブルン、ヴヴヴヴィ、ヴヴヴヴィ、ヴィンヴィンヴーーーィン
けたたましい音と共に青年は剣?を結界に対して振り下ろした。
ガガガガガ、と結界は徐々にその象を保てなくなっていく。呆然とその様子眺めている魔女の姿がそこにはあった。そして、
「よし!なんとかなった!かの聖剣にも負けず劣らずの性能だ!ありがとう、ジェイソンmark2」
彼は魔道具に愛称を付けていた。
「…………ださ」
魔女の呟きが聞こえたのか、元気がなくなるジェイソンmark2。音がどんどん小さくなって行く。実際には魔石の魔力が尽きただけなのだが。
この魔道具は、小さな刃一つ一つから魔力が放出され振動する機構となっている。威力はすごいし、結界のような純粋な魔力の壁にも対抗できるが、その分燃費が悪すぎる。
「……もういいわ。今日の私には時間も魔力も惜しいの。さっさと捕まってちょうだい」
そう言って、魔女が先ほどと同様に魔法を使う。池の水が鞭となり、すごい勢いで青年に迫る。青年は先ほどと同じように、右腕を突き出してフィンガースナップ。――パチン。魔力の壁が現れて、水の鞭は阻まれる。少し前の再現、ただの焼き増しだ。なのだが。
青年の目には、右手で円を描く魔女の姿が映っていた。すると飛沫となった水が右手の動きに呼応するように青年の周りに集まり始める。そのまま青年を取り囲み大きな水の塊になる。
「!?」
あっという間に青年は水の中へ。その光景は水の牢獄と呼ぶにふさわしい。もちろん、水の中では呼吸ができず、ゴポゴポと苦しみ悶えている。檻と水責めを同時にできるなんてとても効率的だなぁ、なんて呑気な事も言ってられない。あと5分もすれば彼の命は失われるだろう。
青年の意識が混濁としていく。ぼやける視界には魔女の手が微かに震えているような気がした。
こうして魔女と青年の戦闘は幕を下ろした――
かのように思われたが、
「ははははは!苦しそうだな青年よ。だが私が来たからには大丈夫だ。今、助けてやろう!」
風の刃が、魔女を襲った――
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