第5話 邂逅

 「あれ?いつのまにか寝てた?」

 

 少女の意識が現実に戻っていく。少女は目をこすりながら体を起こすと、一度大きく伸びをして椅子から立ち上がる。…………すごい筋肉痛なんだけど。

 

 ――ほんと最低の夢を見てしまった


 少女は台所に向かった。コップを手に取って水瓶から水を掬い、喉を潤す。窓からは太陽の光が差し込んできている。

 

 (まさか朝まで寝てしまってたなんて。本当に追い詰められたわね。もう四の五の言ってられないし、強行策で行くしかないかなぁ。)

 

 そう、彼女は追い詰められていた。なんていったって明日が彼女の十六歳の誕生日なのだから――



 少女は強行策の準備をする。昨日切ったばかりの自身の髪と爪、そして腕から削いだ皮膚を持ってくる。


 机の上に羊皮紙を。


 魔法陣を描く。丁寧に、だけど大胆に。


 魔法陣の上には指輪をひとつ。その周りには供物をたくさん。


 少女の髪――伸ばしてたけどバッサリ切っちゃった。ちょっと残念


 少女の爪――まあこれは別に


 少女の皮膚――すごく痛い


 そして母親から受け継いだ、森と屋敷を護る


 そうして指輪に魔力が宿る。この指輪は魔石で作られてるからこんなことが出来るのです。



 「よしっ、と」

 

 仕事もひと段落して少女は一息つく。そして部屋の端にある宝箱を睨みつけた。


 「全く、お母さんもなんて結界魔法をかけるのかしら。こんなの一人で解除するなんて不可能に近いじゃない。」


 宝箱の結界の仕組みはごく単純。宝箱の前面にある二つの手形に手をはめるだけだ。ただ、その二つの手形が曲者でなぜかどちらも右手のカタチ。少女には右手が一つしかないものだから、どうにもこうにも解くことができない。だから、少女は諦めて膨大な魔力で箱を無理やりこじ開けることにした。つまりはお母さんとの力比べである。


 時刻はもう夕暮れ。

 

 (あとはギリギリまで自身の魔力回復に努めよう)



 こうして、惑いの森の魔女は、決死の親子ちから比べ対決に意識を向けた。つまるところ、今宵だけは、惑いの森はただの静かな森へと戻ったのでした。






 「ここが惑いの森かぁ」

 義手の青年は、惑いの森の入り口に到着していた。


 噂に聞いていた通りなかなかに迫力がある。なんでもこの森に一歩足を踏み入れたら最後、一日中森を歩き回って、結局は入り口にまで戻ってきてしまうらしい。

 

 (でも生きて帰って来れるんだな。なんか優しくないか?)


 兎にも角にも、彼は緊張しながら惑いの森に足を踏み入れた。


 今日だけは、ただの静かな森に戻っていることを知らずに。













「ここ、どこだ?一回通ったか?うわーー!迷ったーーー!!!」

 ――――ただの静かな森に戻っていることを知らずに



 「くそぅ、これが惑いの森か!なんて恐ろしさだ!」

 ――――ただの静かな森に戻っていることを知らずに!!!









 「ん?んん?」


 普通の森で迷子になっていた方向音痴は、やっとの思いで森の中心、魔女の住む屋敷まで辿り着くことができた。入り口からまっすぐ歩くだけで簡単に着くはずだったのだが……


「あれ、これってもしかして惑いの森を抜けた?というか屋敷があるってことは噂は本当だったのか?」


 義手の青年は、慎重に屋敷の周りから調べ始める。


 (結構な大きさの屋敷だな。しかも、なかなかに年季が入ってそうだが、手入れはされている。本当に誰か住んでるみたいだ。あとは屋敷の前に大きな池、と。)


 屋敷の周りをぐるりと一周。次に、どうやって中に入るか思案する。


 (真正面から入るのは流石にまずいよな。どうしたものか。)


 何気なく上を見上げると、二階の窓が少し開いていることに気づいた。よし、とその窓から侵入することに決めた。


 左腕を開いている窓に向けて、袖口に隠してある魔道具のスイッチを押す。魔道具の動力源である魔石が微かに光って、先端からフックのついたワイヤーが飛び出した。フックは見事に窓の隙間から部屋の中へ。ガチっと手応えのある音が聞こえた。


 ワイヤーを伝ってゆっくりと壁を登って行く。窓淵に手が届くところまで来ると、淵に手をかけて、ぐいっと一気に体を持ち上げる。音を殺して部屋の中へ。


 部屋の中は暗いが、窓から月明かりが入ってくるので全く見えないわけではなかった。よく観察してみると内装は子供部屋っぽい。そして机の上に、大事に置かれている箱のようなものを発見する。


「宝箱?」


 見た目はおもちゃのような宝箱。その前面部には手がすっぽり入りそうな手形が二つ。


「しかもどっちも右手の手形か。なんだこれは?」


 少し不思議に思って、手を伸ばす。


「何をしているの?」


 と背後から凛とした声が聞こえた。咄嗟に振り向く青年。しかし、声の主は青年が宝箱に触ろうとしているのに気づくや否や


「!?、それに触れるな!!」


 見えない壁が青年を吹き飛ばす。青年の体は窓を割り、屋敷の外まで飛ばされた。受け身も取れず背中から地面に激突する。激痛が体を走る。衝撃により肺は一時機能を停止する。


「がっ――――!!」


 全身の細胞が酸素を求める。肺の機能は少しづつ回復する。


「はっ――!はっ、、はぁ、はぁ、」


 ようやくまともな呼吸ができるようになってきた。落ちた地面が芝生でなければ、回復するまでにもっと時間が必要だっただろう。


 そこへ二階からふわりと降りてくる人影。昨日と同じフード付きの黒いローブを羽織る彼女。しかし今夜はフードを被っていない。月明かりに照らされて、二人はお互いの顔をはっきりと認識することができた――


 





 

 


 

 

 

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