第4話 魔女の過去

 お父さんは普通の人間で、お母さんは魔女でした。お父さんは、お母さんが魔女だって知ったうえで生涯を共にすると誓ったようです。そして、魔女と人間の子どもの、わたしが生まれました。


 お母さんは魔女で、わたしも魔女の血を引いているので、誰にも見つからないところに住まないといけません。そこでお母さんは、街はずれの小さな森に魔法をかけました。わたしたち以外の者が屋敷のある森の中心までこれないように。一日ぐらい歩き回って、結局は森の入り口に戻ってきてしまう、そんな少し意地悪な魔法を。それでもやっぱり不安なので、屋敷を誰からも見えないように、探知できないようにする不可視の結界つき。お母さんは結界を作る魔法が得意でした。


 魔女の血を引いているわたしはやっぱり魔女だったみたい。ものごころついた時には魔法を使っていました。それを見るお母さんの表情は少し悲しそうだったけど、その時のわたしは、お母さんといっしょなのだと思ってとてもとても嬉しかったのです。お父さんも、お母さんを安心させるように、魔法を使うわたしをいっぱい褒めてくれました。わたしはとても幸せでした。家族三人で平和に暮らしていたのです。



 わたしの十二歳の誕生日、お母さんがプレゼントをくれるといいました。

 

「キオ、今日はあなたの十二歳の誕生日だから渡したいものがあるの。」

「え、ほんとう?嬉しい!何をくれるの?わたしお母さんがいつも着けてるペンダントがいい!」

「えーこれ?これはお父さんからもらったものだからなー。どうしようかしら。」

 

 後ろでぶんぶんと首を横に振るお父さん。それを見てクスッと笑うお母さん。

 お母さんが、「ついてきて」と居間から二階にあるわたしの部屋に上がっていきます。わたしも、その後ろに続いて自分の部屋へと入りました。わたしの部屋には、今朝はなかったはずの宝箱が置かれていました。宝箱の前面部には、手のひらがすっぽり入りそうな手形が二つ。

 

「この宝箱をあなたに渡します。けれど、これには結界を張っているので普通には開きません。もし、あなたが十六歳までにこの宝箱を開けれたら、中身をあなたに返しましょう。」


 返す?とわたしの頭にはハテナが浮かびます。が、そんな疑問は些細なこと。お母さんからの挑戦状にやる気がぼうぼうと燃えています。


「わたしの実力を試そうってことね。いいわ、こんな試験なんてわたし一人で解いてみせるんだから。お母さんはヒントとか出さないでよ!」


 お母さんはそんなわたしをみて一度下を向いた後に、パンっと手を叩いてから笑顔で答えます。

 

「さすが私の子ね、期待してるわ。でも詳しい話は後にとっておきましょう。それでキオ、あなたに試練を与えます。今日の晩ご飯のための食材を、一人で街に買いに行ってきてください。」

「一人で街に行っていいの?」

「もう十二歳だもの。でもわかっていると思うけど外では絶対に魔法を使ってはだめよ。」

「わかってますー。よーし、すぐにいってくるわ。何を買ってくればいいの?」

 こうして小さな魔女の初めてのお使いが始まりました――



「えーと干し肉も買ったし、お野菜も買ったし、お砂糖も買ったし、これで全部よね」

 

 手元のメモを確認しながら呟きます。あとはまっすぐに家まで帰るだけ。とても簡単なお仕事です。あまり街には出てこず、人混みを歩くことに慣れていないのに、わたしはずんずんと進んでいきます。何回か人にぶつかり、「すみません」と謝って大通りを抜けました。そこには小さな公園があり、わたしと同じぐらいの歳の子供がボール遊びをしていました。わたしにはその光景が新鮮でした。


「ちょっとぐらいいいよね」


 そういってわたしは公園の端っこにあるベンチに腰を下ろします。そこへタイミングよくボールが転がってきて、それを追いかけて少年がやってきます。わたしは足元のボールをおずおずと拾って、少年に手渡します。


「おー、ありがとな。ん、お前見ない顔だな。ここら辺のやつじゃないのか?」

「えっ!?えっと……」

「?まあ、いいや。お前もいっしょに遊ぶか?」


 少年は手を差し出して、屈託のない笑顔で遊びに誘ってくれました。

 

 ――キオ、外で魔女とバレてしまったら怖い人たちに捕まってしまうの。だから外で魔法を使ってはだめ。できれば他の人と関わるのも……。


 昔のお母さんの言葉を思い出します。お母さんの辛そうな表情が頭をよぎりました。


 わたしは少年の誘いを断りました。少年は「そっか」と子供達の輪の中に戻っていきます。断ったくせに、わたしは未練がましく、またベンチに座って子供達の遊びを眺めていました。



 ゴーンゴーンゴーンゴーン


 お別れの鐘が鳴らされます。公園の子供達は家へと帰っていきます。それまでずっとベンチに座って眺めていたわたしはハッとして、空を見上げるともう夕暮れ。お使い中であったことをすっかり忘れていました。わたしは急いで立ち上がり、森へ向かって駆けていきます。

 

 ふと、公園の子供達のことを思い出します。みんな楽しそうに家族とおしゃべりをしながら帰っていました。わたしも早く帰って、お母さんとお父さんとおしゃべりをしたくなりました――



 屋敷に着くとすっかり辺りは暗くなってしまっています。


「これは怒られるかも……」


 そう呟いて、わたしはおそるおそる屋敷の扉を開けました。


「……ただいまー」


 いつもなら優しく「おかえり」と言ってくれるのに、今日は声が聞こえてきません。


「……おかーさん?おとーさん?」

 屋敷の中を声をかけながら探してまわります。


「おかーさん!おとーさん!いないのー?」


 1階の部屋は全て探し終えました。わたしは階段をのぼって2階に上がりました。そして、自分の部屋のドアに手をかけて


「おかぁ……」






 目の前は真っ赤に染まっていました。自分の部屋とは思えないほどに。肉と鉄の匂いが鼻をつきます。「ひっ……」と声をあげて固まるわたし。頭の処理が追いついていません。わたしは部屋の真ん中にある二つの影に気づいてしまいました。それは真っ赤に染まった――と――でした。二人の右手は今日わたしに渡された宝箱に伸びていました。


 


 

 

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