第3話 よし、いこう
酒場の仕事を終え、家へとなんとか辿り着いた。時刻はもう明け方だ。ダヤンの最後の言葉を聞いてから心臓は焦ったように拍動している。なくしてしまった右腕が灼かれているように感じる。失ったはずの右目の瞳孔は開きっぱなし。
古びた扉を開けるや否や義手の青年は床に倒れ込んだ。嫌な言葉を耳にしてしまった。ずるり、と閉じていた記憶の蓋がずれる音がする。
――少年少女たちが楽しそうに火を囲んでいる。身なりは決して裕福ではない。でも子供達が輪になって唄をうたっている光景はとても微笑ましい。
その輪の中に一人だけ年配の女性がいる。保護者だろうか優し気な瞳で子供達をあたかかく見守っている。
そんな中、小さい男の子が、それはそれは綺麗な葉っぱをかかえて息を切らしながら走ってくる。そんなに慌ててどうしたんだい。男の子はそのきらきらを炎の中に――
「あーあ本当に惑いの森だとか魔女だとかには関わりたくないんだけど、しょうがないよなぁ」
青年は怨みがましく呟いた。そう仕様がない。それが関わっている可能性があるのなら、彼は確かめなければならなかった。
「ただひとまず寝る。とにかく寝る。あーもう疲れた。今日の魔道具屋は臨時休業だ!」
今日の夜に動くと決めた。そのためには休息をしっかりとっておかねば。残念だが魔道具屋も休むことにする。あー今日はきっとたくさんお客さんが来て商品も飛ぶように売れて大繁盛間違いなしのはずだったのに勿体無い。
……いやないな。
心の中で自嘲しながら、青年は意識を落とした。
日が沈む頃、義手の青年は入念に装備を整えていた。惑いの森に向かうのだから、いくら準備をしても足りないくらいだ。
それにもし本当に魔女が住んでいるのだとしたら、考えたくもないが戦闘になる可能性もある。彼は店の商品の中から使えそうな魔道具を揃えていく。
ワイヤーフック、盾、ものすごい切れ味のつるぎ?……etc。うんうん!こう道具を取り揃えたらなかなかにみれたものじゃないか。もう何年も使用されていない彼らがようやく日の目を浴びる刻がきたのかと感慨深い気持ちになる。なんとはなしに輝いても見える。さすがはうちのイチオシ商品たちだ!
(やっぱ気のせいだわ、すげぇホコリ被ってるわ。今度からちゃんと掃除しよう。)
「――よしいこう」
青年は古びた扉に向かって足早に歩き始めた。
時間は少しだけ巻き戻る。
フードの少女は焦っていた。とても焦っていた、ので普段なら目に入りもしない古びた魔道具屋が不思議と目に留まり、普段なら絶対に入りもしない一見の店に入り、「右腕は置いてないかしら」とかいう突拍子もない痛々しい言葉を口にしたのである。しかもあろうことか店主は義手で、すごい酷いことを言ってしまったかもしれないなと落ち込み中。そして何より――なんだあの扉は!明日は絶対に筋肉痛!
少女の心の中は落ち込んだり怒ったりで感情のジェットコースター。しかし表情には全く現れないのが彼女のすごいところだ。
時刻は夕暮れ。少女は帰路につく。店仕舞いをしている商人たちの横を通り過ぎていく。時間が惜しいので歩きも自然と早くなる。すたすた、すたすた、と見事に人混みの中をスムーズに歩いていく。そんな止まったら死んでしまう魚の如くこの歩みは止めんぞと言わんばかりの彼女の足が、大通りから少し外れた公園の前で止まってしまった。
公園では子どもたちが球遊びをしていた。もう日が落ちてきているため、子供を迎えにきた大人たちが公園の端で談笑している。
今日の遊びはここまで、早くお母さんお父さんのいるお家に帰りなさい、という合図の大きな鐘の音が聞こえてきた。
ゴーンゴーンゴーンゴーン
その鐘の音を聞くと子供達は蜘蛛の子を散らすように家族のもとへ。ばいばーい、また明日遊ぼうねー。
そんな中一人の女の子が公園の真ん中でぽつんと立っていた。周りの子供達は家族と楽しそうに喋りながら家へと帰っていく。女の子はひとりぼっち、周りをキョロキョロ見まわして、今にも泣きそうに肩を震わせる。まるでこの世界にいてはいけないみたい。
(……わたしと一緒かも)
フードの少女はそんなことをぼんやりと考えていた。
そこへ、少女の横を駆け抜けて、男の子がひとりぼっちの女の子の元へ走っていく。驚く女の子の手を取って走り出す。少女の横を走り去っていく。手を引かれてる女の子はとても幸せそうに笑っていた。
うん知ってた。だって、あのこはきっと普通の人間で、一方わたしは……
――ああ、フードの下の私の顔はいったいどんな表情をしているのだろう
フードの少女は歩を進め始めた。もう今度は屋敷に着くまで止まることはないだろう。街を出て北へ北へ。惑いの森に住む魔女が自身の森へと帰ってゆく。
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