第2話 噂

 城下町ルベルナのとある酒場の厨房で、青年はせっせと働いていた。青年の風貌は中肉中背、右腕は義手、ダークブラウンの髪の隙間から見えるはずの右目は、包帯で覆われている。決して一般的とは言えない見た目ではあるのだが、活気だった酒場で彼の風貌を気にするものはいない。彼は右腕が義手であることを感じさせないほどに滑らかに料理を作っていく。そんな中、義手の青年はカウンター越しに中年のオヤジから話しかけられた。

 

 「ようブリキ。今日も景気が悪そうな顔をして働いてるな」

 「なんだよダヤン、今仕事中。からかうのは後にしてくれ」

 

 と、言いつつも鉄鍋を振る手の動きは変わらない。料理人の気持ちを代弁するように、炎は一度ぼうっと大きくなり、呑んだくれ中年おやじの顔を照らした。

 

 「わるいわるい。ただ今日のお前は少し落ち込んでるというか悲しそうというか、負のオーラを纏って見えたからついな」

 

 なるほどダヤンなりの慰めであったようだ。ちなみに景気が悪いというのはまったくのその通りで、昼間は魔道具屋の店主をしている、のだが七日のうちの六日は閑古鳥が鳴いている。だから、夜はこうして出稼ぎに出なくてはならなくなっている。

 

 「昼間になにか悪いことでもあったのか?」

 

ダヤンの問いかけに、青年は魔道具屋での出来事を思い返した――


 

 

 「ナマモノは扱ってませんが、玩具ブリキの右腕でよければここに」

 

 彼女は俺の右腕を見つめた後、こちらの顔を覗き込むように頭をあげた。そこでようやくフードの中を確認できた。

 真紅の大きな瞳に、整った眉。艶のある黒髪は肩の上あたりで切り揃えられている。まだあどけなさの残る顔。歳は十六、十七ぐらいか?だが表情からくるものなのか、眼差しは鋭く雰囲気は大人びている。そして端正な少女の口元が開き

 

 「右腕が必要と伝えました。義手では意味がない……はず」

 「はず?」

 「とにかくそれは必要ないしそもそもそれを持っていったらあなたが困るでしょ!」

 

 確かに困る。でも生の右腕を持っていかれるのはもっと困るような。別に死体のでも良かったのだろうか?いやそれも置いてはいないのだが、と考え込んでいるうちに右腕ハンターの少女は続ける

 

 「じゃあ今度こそ失礼するわ。それと……知らなかったこととはいえ、もし嫌な気持ちになったのだったらそれは謝るわ。ごめんなさい」

 

 そういってフードをまた深くかぶり扉のノブを掴む。

 なるほど。義手をつけてるということは、事故であれなんであれ腕を失ったということ。そんな相手に右腕をくれ、なんて頼んだことに対しての謝罪か。本当に大人びているなぁ。


 そんな大人びた少女は颯爽と古びた魔道具屋を後に――

 

 ギーギギギ、ギィ

 

 できなかった。古びた魔道具屋の扉は当然古びているのである。少女はゼェゼェと息を切らして、再度こちらに向き直り


 「なによこの扉は!建て付け悪すぎ!商売する気あるの!ちゃんとなおしときなさいよ!!」

 「ひぃごめんなさい!!!」



 


 「最近の若い子って怖いね……」

 「はぁ、なんだそりゃ」


 クビを傾げながら酒を飲み干すダヤンの姿が、青年の目には映っていた。

 


 


 

 

 「ところでよう、おもしれぇ噂話が2つ3つあるんだ」


 酒を追加で注文したダヤンが話を続けてきた。

 

 (ダヤンもほんとに噂が好きだよな。頼んでもいないのによくこの酒場で根も葉もない噂を話しているし。他に話す相手が見つからなかったんだろうけど、俺も仕事中じゃなければすぐにでもここから離れたいなぁ……)


 青年はあまり乗り気ではなかったのだが、仕事中であったため勝手に持ち場を離れられない。要は、ダヤンの噂話に耳を傾けるしかないのだった。

 

 「まずはこれだ!どこかの国で異世界から勇者が召喚されたらしい!」

 「…………それは、まぁすごいことで」

 「あっ、信じてねえな。だけどこの噂は結構街中に広がってみんな話題にしてるぜ。若え女の中じゃすごい美形で優しくて筋肉ムキムキで、っていうことになってる」

 「また期待値があがっちゃって勇者様もご愁傷様だ。というか、どこかの国って何処?まず異世界ってなに?」

 「そんなの知らねえよ。噂だっていってるだろ。こまけえことは気にすんなよ。まあこういう明るい噂なら大歓迎じゃねえか!若い娘ともこの話で盛り上がれるしな!」

 

 ダヤンにとっては最後のところが重要なのだろう。


 (というか、勇者なんていったい何のために召喚するのか。倒す敵なんてせいぜい魔物ぐらいだろうに、って噂なんだから真剣に考える必要もないよな)


 青年は噂話について思考を巡らせていた。すると、

 

 「次の噂はちと暗い方だが、北の惑いの森に魔女が住み着いてるって噂だ」

 「惑いの森に魔女か……まあなくはない話かもな。何たってあの森の中心にはどうやったってたどり着けないそうだし」


 まあこれも噂なのだけど。でも魔女ねぇ……




 万物には多かれ少なかれ魔力が宿っている。鉱物然り、人間然り。


 多くの魔力を蓄え宿している鉱物を魔石といい、その魔石の魔力をエネルギーとして変換・出力する道具を魔道具という。つまりは、うちの商品である。


 一方、人間に宿る魔力なんてたかが知れていて、あろうと無かろうと変わらないのだが、稀に多くの魔力を生成できる人間がいる。さらにそれを外部へエネルギーとして変換・出力できる機構を持っていると、魔法として魔力を使うことができる。つまりは全身が魔道具人間。それが魔導師もしくは魔女だ。


 え?魔導師と魔女の違いは何かって?そんなの世間に認められてるかどうかの差に決まっているじゃないか。


 魔女が世間から嫌われているというだけならまだ良かっただろう(いや本人たちからしたら良くないだろうが)。だが実際には魔女たちは見つかったら最後、魔女狩りたちに一生追い回される。なんでも魔女には悪魔が憑いているから処理しないといけない、とかなんとか。そんな眉唾な話を民衆は信じちゃってるわけだ。


 


 「でもそんな話が広まってるなら魔女狩りが動くんじゃないのか?ホントだろうと嘘だろうと確かめにはいくだろう」

 「いやそうなんだがよ、もう一つ噂というかこれは事件なんだが魔導師たちが住んでいる貴族街で魔導師殺しが起きていてな。今、上はそっちにかかりきりなんだそうだ」


 まったく物騒な世の中である。魔導師を殺せる殺人鬼なんて下に降りてきてほしくないなぁなんて思いながら、青年は注文されていた料理を全て捌ききった。


 時刻は夜半、客もまばらで酔い潰れてるのが数人。注文ももうないだろう。青年が店仕舞いの準備をしようとした時、ダヤンの言葉を聞いてしまった。

 

 「ああ、あとはその惑いの森の魔女は神樹セフィロトの葉を探してるとかなんとか――」


 

 


 

 

 


 

 

 

 


 

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