南雲雲母(なぐもきらら)は生きている。
空殻
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それは私にとって、間違いのない真実だ。
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彼女が活動を始めたのは二年前。
世界中で普及する動画配信サイトで、流行するヴァーチャル配信者という形態で、彼女は動画を投稿し始めた。
外見は『きらら』という名前に違わず、星を全身にあしらった衣装が特徴的だ。
ビビッドカラーのそれらが、現実の人間ではありえない可愛さと、人目を引きつけて離さない煌びやかさを伴って、仮想の美少女の身体に紐づけられている。
動画配信者としては、耳に残る甘い声と、軽快なトーク、時折挟まれる突飛な語彙が彼女の武器だった。ゲーム実況や雑談配信をメインコンテンツとする彼女は、その武器を存分に生かしてファンを獲得していった。
また、彼女は大手事務所には所属していない、いわゆる『個人勢』であり、そのことも彼女のファンにとっては距離感の近さを感じさせる要因の一つだった。
チャンネル登録者は、半年で五千人、一年で一万人を突破した。
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世間的に、南雲雲母という配信者がターニングポイントを迎えたのは、活動から一年半経った頃であると言われている。
一周年以降、彼女のチャンネルは、良く言えば成熟した安定期、あえて悪く言えば伸び悩みの時期を迎えていた。
登録者数も大きく増えることは無く、活動開始直後の爆発的な伸びはない。
だが、一年半を迎えた頃、彼女の配信形態は変化した。
これまでよりも遥かに高頻度で、しかも長時間の配信をおこなうようになった。
特徴の一つであるトークも、キレを抜群に増していった。
どんな配信であっても、必ず何か所も見所があり、それらが切り抜き動画となって出回ることで新規視聴者を増やしていった。
話題になることで、人が惹きつけられ、さらに話題になる。そんな加速的なサイクルを繰り返す。
活動開始二周年を迎えるころ、彼女のチャンネル登録者は五万人を超えようとしていた。
南雲雲母が生きている。
そう私が思うようになったのも、彼女の配信スタイルが変わったまさにその時だった。
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一日の終わりに、今日も私は動画配信サイトを開く。
スマートフォンの画面に映る、南雲雲母の配信画面。
鮮やかな彼女は、今日も視聴者達を惹きつける。
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誰にも言ったことは無いけれど。
南雲雲母は、元々私だった。
個人勢ヴァーチャル配信者『南雲雲母』として一年半、私は動画を配信し続けた。
ただいつからか人気が伸び悩んできて、安定はしているけれどこれ以上のステップアップは望めない、そんな倦んだ気持ちが私の中に溜まっていった頃。
『南雲雲母』のアカウントは、勝手に動画を配信し始めた。
私はアクセス権を失った。
アカウントを乗っ取られたのだと思ったけれど、その痕跡も無い。
ただ、画面の向こうで彼女は、私が演じていた時よりも遥かに生き生きとして、ファンを魅了し続ける。
何度か彼女の配信を見ているうちに私は、『南雲雲母』が生きているのだと、そう思うようになった。
***
彼女は生きている、私がそう思う一番の理由。
彼女の配信を視聴しながら、私は時折呟いてしまう。
「あなたは誰?」
そのたびに決まって、画面の向こうの彼女は微笑み、そして私を見つめるのだ。
南雲雲母(なぐもきらら)は生きている。 空殻 @eipelppa
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