剣聖バイス
魔王が倒されてから、リントール王国には三度目の春が訪れていた。かつて魔物たちに略奪され続け荒涼を極めたコンコル村も、家や畑を復興し、のどかな農村の姿を取り戻していた。
村で一番広い小麦畑を見下ろす丘で、黒い点が宙に現れた。その点はだんだんと大きくなり、直径二メートルほどの大きさになったところで拡大が止まった。別の宇宙へ移動する際に利用される通り道、通称〈ポータル〉である。
ポータルの中から黒いスーツを着た一組の男女が現れた。転生警察の二人だ。二人が出てくるとポータルは小さくなって消えた。男の方が周りを見渡しながら言った。
「到着したようだな。よくあるファンタジー型宇宙だ。ちゃんとスマホは持ってきてるか? バディ?」
「忘れず持ってきてますよ、主任。というかこういう世界観でもスマホ使えちゃうんですね」
バディと呼ばれた女の方はそう答えながら、スマホを取り出して画面を見始めた。主任と呼ばれた男の方がバディのスマホ画面を覗き込んでいる。
「昔は使えない世界も多かったんだけどな。最近はだいたいどこでもスマホで世界情報を調べれるようになってるよ。便利になったもんだ」
「それでは捜査を始めるとしましょうか。どうやって転生者を探しますか? というか何て罪状でしたっけ?」
主任は頭を軽く掻きながら「ええと……」と呟いている。スマホで調べればすぐ分かるのだが、主任は自力で思い出そうとしているようだ。
「ああ、思い出したよ。確か『廃人ゲーマーが剣聖に転生して魔王を倒す話』罪だったな。よくあるやつだ」
「私、ファンタジー型宇宙で捜査したことないんですけど、いつもはどうやって犯人見つけてるんですか?」
「剣聖とか勇者みたいなタイプの犯人探しはな、その世界で一番強い奴を探すのがセオリーだ。スマホで検索してみろ」
主任の指示を受けてバディはスマホを操作し始めた。検索欄に『剣聖』『最強』と入力し検索すると、何人かのリストとそれぞれのステータスや戦績が表示された。
「一番強い人というと……この人ですね。〈ヴァリス=ロンド〉、三十六歳。戦績を読み上げます。『魔王八人衆を単独撃破。その後、勇者十六人を含む勇者パーティ十三チームを壊滅(総勢百三十五人)。世界に六十九人しかいない神聖巫女全員と結婚した(今は別居中)』だそうです」
「絶対そいつが転生者だな……場所は?」
「ここからすぐ近くの山奥で静かに暮らしているみたいです。スローライフってやつですね」
緩やかな山道を抜けると、ターゲットの住む家があった。山小屋と言っていいような簡素な木造の家の前で薪割りをしていたヴァリスは、山道からやってきた二人に気づいて声をかけた。
「アンタたち変わった服を着てるね。俺に何か用かい?」
「ヴァリス=ロンド、三十六歳、お前を逮捕する」
ヴァリスは一瞬固まったあと、手に持った斧を投げ捨てて言った。
「何のことかよく分からんが……俺と戦いにきたんだな。いいぜ、相手してやるよ。最近はバトルを挑んでくるやつも少なくなってたんでな。体が鈍ってた所だぜ。俺の聖剣も暴れたいって言ってるしな」
ヴァリスが腰に佩いた聖剣を抜いた。磨き上げられた聖剣の刀身が、太陽の光をぎらぎら反射し、『やってやるぜ! かかってこいや!!!』と闘志を燃やしているかのようだった。
「悪いけど手短に終わらせてもらうよ。こっちも仕事でやってるんでね」
主任がそう言うと、バディは上着から、拳ほどの大きさの白い綿毛のようなものを取り出して、ヴァリスに放った。ヴァリスが飛んできた綿毛を切り捨てようと聖剣を振り上げると、綿毛は瞬時に膨らみ、人間大の綿の塊になった。綿の塊はヴァリスが剣を振り下ろすよりも早くその体を覆い込んだ。ヴァリスの頭と聖剣を持った片手だけが綿から飛び出している。
「な、何だこれは!? 動けん……こんな魔法聞いたこと無いぞ!?」
ヴァリスは綿から出ている頭と片手をモゾモゾと動かしているが、綿から脱出できずその場に倒れ込んだ。倒れた勢いで手から離れた聖剣が地面に落ちた。
「そいつは無限フラクタル増殖繊維で編まれた拘束具だ。ミクロ次元まで繊維が伸びて量子レベルでお前の動きを封じている。観念するんだな」
主任がヴァリスに近づき、手に持ったスマホに目線を映した。罪状読み上げタイムである。
「木村たかお、四十八歳、お前を……ん?……あれ!?」
主任がスマホの画面を見つめたまま頭を掻いていると、バディが様子を伺いに近づいてきた。
「どうしたんですか主任? さっさと逮捕しちゃいましょうよ」
「いやそれがさ……読み間違えてた。『剣聖』じゃなくて『聖剣』だったんだよ。『廃人ゲーマーが聖剣に転生して魔王を倒す話』罪だったわ」
「じゃあ逮捕するのはこの人じゃなくて剣の方ですか?」
バディが地面に落ちている聖剣を拾い上げた。頭身が太陽の光を反射して輝いてる。実はこのとき聖剣は『やめろ! せっかく転生して人の役に立てたんだ! あいつから引き離さないでくれ! 頼む! やめてくれ!』と太陽の光を反射して送ったモールス信号でバディに訴えていたが、バディには何一つ伝わらなかった。モールス信号はごく限られた宇宙の特定の惑星でしか使われないマイナーなものだから仕方のないことだった。
バディは刀身の光を受け、眩しそうに目を細めながら聖剣を鞘に収めた。
「じゃあ……撤収しますか。ポータル呼びますね」
「ああ……」
バディがスマホを操作するとポータルが現れ、二人は中に入った。そしてポータルは消え、ヴァリスを包み込んでいる綿の塊もしゅるしゅると小さくなりそのまま消えた。その場にはヴァリス一人だけが残された。
「畜生! 聖剣を奪われちまった。何だったんだあいつら。あれが無いと俺は何もできねえ。これからどうすれば良いんだ……」
ヴァリスは四つん這いになって地面をバンバン叩きながら嗚咽した。長年共に戦ってきた相棒を取り上げられたのだからその悲しみは計り知れないほど深い。しばらく泣き続け、涙も枯れ果て疲れ切って放心状態になった頃、ヴァリスの前に再びポータルが現れ、転生警察の二人が出てきた。
「またお前らか! 今度は何の用だ!?」
主任はバディと一瞬目を合わせ、ヴァリスに視線を移して申し訳なさそうな顔をして言った。
「言いづらいんだけどさ、これも仕事だから……」
主任は少し間を空けた後で続けて告げた。
「ヴァリス=ロンド、三十六歳、お前を『最弱になった元剣聖、修行しまくってバランスブレイカーになってしまう』未遂で逮捕する」
転生バイス 羊倉ふと @lambcraft
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生バイスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます