転生バイス
羊倉ふと
シンデレラバイス
「私と踊っていただけますか?」
王子様がシンデレラの手を取って言った。周りの貴族たちのざわめきが聞こえるが、王子様は気にするそぶりも見せず、その碧い眼でまっすぐシンデレラを見つめる。
「ええ、喜んで」
シンデレラは微笑みながら答え、二人はゆっくりとダンスフロアへと向かった。二人だけの空間が始まる。ワルツの美しいメロディーも、まるで星空のようなシャンデリアの光も、もはや全てシンデレラと王子様だけのものだ。舞踏会に来た貴族たちは踊ることを止め、二人に見惚れることしかできなくなっていた。
この様子を見ていたシンデレラの義理の姉妹が不満顔でぼやく。
「どうして、何であの子が……」
「シンデレラのくせに生意気よ。ねえ、お母様?」
継母はこれまで実の娘にも見せたことが無いような慈愛に満ちた眼差しでシンデレラを見つめ、まるで自分に言い聞かせるかのようにつぶやいた。
「これで、良いのよ……」
二人は手を取り合いダンスを始めた。シンデレラの心臓は高鳴り、動きがぎこちなくなりかけるが、王子様の温かい手の感触と優しい瞳に安心感を覚え、落ち着くことができた。シンデレラの動きに合わせて、魔法で作られたドレスと靴がシャンデリアの光を反射しながら優雅に舞う。
王子様は彼女を引き寄せた。その瞬間、二人だけの世界が作り出され、時間が止まったように感じられた。二人の視線が絡み合う。その瞳から、シンデレラは王子様の愛情を感じ取っていた。シンデレラはそれまで感じたことのない幸福感に包まれ、ずっとこの瞬間が続いて欲しいと願った。もうあの意地悪な家族がいる家に帰りたくない。自分を愛してくれる人がいて欲しい。母親が死んでから誰にも愛されることが無かったシンデレラは、王子様の愛によって「生きている」という実感を得ていた。
「転生警察だ! 全員そこを動くな!!!」
大広間の扉を蹴破って一組の男女が入ってきた。二人とも黒いスーツを着ていて髪も黒だ。装飾品も何一つ身につけていない。舞踏会に似つかわしくないモノトーンの装いの二人が突然乱入してきたものだから、その場にいる全員が呆気に取られ、ワルツの演奏も止まった。
黒服の男が獲物を探すハンターのような眼光で周囲を見渡す。そしてその眼光はある一点で止まった。獲物を見つけたのだ。黒服男は獲物を指差して怒鳴りつけた。
「そこにいたぞ! 確保ォ!」
黒服女の方が獲物の方に駆けた。そのまま獲物にタックルをぶちかまし、右腕を体の後ろに捻って組み伏せた。
組み伏せられた獲物はシンデレラの継母だった。
「痛い痛い痛い!!! 何するのよ!? アンタたち何なの!?」
腕を捻られた継母が苦痛に顔を歪ませながら喚いている。。
「無駄な抵抗はするな! こっちはこの体勢からほんの少し力を加えるだけでお前の腕をへし折ることもできるんだぞ!」
黒服女が怒鳴りつけた。その声の気迫に押されて継母は喚くのを止めた。顔を見なくても声だけで分かる、この女、本気で折る気でいる。
黒服男は継母の方へ歩きながら、文字が書かれた黒いガラス板のようなものを上着から取り出して読み上げた。
「桑島のり子、転生時年齢三六歳、お前を『転生したらシンデレラの継母だった!? 善人プレイで王子様を略奪しちゃいます!』罪で逮捕する!」
黒服女が黒服男と一瞬だけ目線を合わし、何も言わず頷くと、継母を起こし、そのまま後ろ手に手錠をかけた。継母の顔は青ざめ切っていて、額に汗が滲んでいる。ひね上げられた腕の痛みによるものではない、絶望と不安で満ちた表情だ。継母は何か言おうと口を開けたが、何も言わず俯いた。喉が渇き切ったのか、言葉が見つからないのか分からないが、抵抗する意思が無いのは誰から見ても明らかだった。
黒服二人は継母を連れてそのまま大広間の入り口から出ていった。貴族たちは相変わらず唖然としたまま、出て行く三人を見ているだけだった。シンデレラと王子様も、完全に思考停止したアホ面で猫背になって入り口の方を眺めている。さっきまで握り合っていたその手はとっくに離され、だらんと下がっていた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン
一二時の鐘が鳴り、魔法が解けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます