『あなた』へ

 ここまでお読みいただいた『あなた』はもうお気づきかもしれません。


 この小説が『あなた』に向けて書かれているということに。


 あの小夜さんの言っていた『ツクモさま』の資質があなたに備わっているのです。そう言われてもきっと信じてもらえないだろうことも十分承知しています。ですけど彼女によるとこれは絶対に覆ることのないこの世のことわりらしいのです。私もちゃんと理解できたわけではありません。ですが、この身に起きたことを冷静に振り返ってみれば否定ができないのです。


 このページにはその資質が僅かにでもある方であればどなたでも辿り着けるのですが、全く無い方がこのページを見ることはありません。それは彼女によれば運命論的なものらしく、私には難しくて説明もそこそこにそれを信じることにしました。いずれにせよ私の運命なるものはすでに決まっているようでしたから……。そうそう、彼女の一族は他者の運命の一端を覗くことができるようなのですよ。血の力だといってましたかね。その血も薄まってきていて、はっきりとは見えないんだとか。予知能力っていうのに近いでしょうか、未来の映像が見えるらしいですよ。そんな力を持ってるなんて羨ましいですって言ったら彼女、本気で怒ってました。見たくもない未来を見てしまうというのは苦痛であり、呪いなんですって。その映像も解釈次第でどうともなってしまう可能性もあるとかで。


 でも、あの小夜さんの怒った顔もやっぱり可愛かったな……。


 えっと、先に『ツクモさま』について説明したほうがよいですかね。これは大昔からある『つくもがみ』に由来するそうです。『あなた』もご存知かと思いますけど古典のお勉強で出てきた『伊勢物語』。あの中に登場する和歌がありましてね、こんなのがあったの覚えてますか、多分授業でやったんじゃないでしょうか。


 【百年ももとせ一年ひととせたらぬつくも髪 我を恋ふらし面影に見ゆ】


 百歳に一年足らない、九十九歳のお婆さんの髪。つまりとんでもなく高齢のお婆さんが自分のことを恋しく思っているらしいと。その姿がまぼろしとなって見えるという歌です。九十九って『つくも』って読めるんですよ。それに百という漢字の一画目の一を取っちゃうと『白』。なんか面白いですね。白髪のお婆ちゃんって、まさか私の見た……あの老女。いえいえ、良くない想像をしてしまいそうなのでこれ以上は無理です。


 気を取り直して続けましょう。アニメなどにも数多くなっていますから『あなた』も『つくもがみ』についてはご存知なのかもしれませんね。道具というのは長い年月を経ると力を得て付喪神つくもがみという存在になります。神って言葉がついてますけど恐ろしい妖怪のようなものだと考えていただければ良いでしょう。その化け物が私が攫われていった山の中にいるんですよ。それを唯一倒せるとされるのが『ツクモさま』です。


 小夜さんたちはあの山にいる化け物を見張る監視役の一族といったところです。女系でしか予知の力は発現しないようでしてあのお婆ちゃんと小夜ちゃんしか今のところいないようです。小夜ちゃんは去年までアメリカに住んでいたそうで、その異能の力が発現したことで日本に呼び戻されたそうです。彼女の一族に女の子は他にも数人いるらしいのですが十代後半以降にならないとその力は現れないんだとか。あのお婆ちゃんは七十過ぎて目覚めたらしいです。


 そしてなんとここで朗報です。もしも『あなた』が『ツクモさま』に選ばれ、憎き化け物を倒すことができたなら、男性なら小夜ちゃんを嫁にできます。これマジです。ああ、うらやましい……。女性なら例の一族のご当主さまになることが確定です。広大な山林や莫大な金融資産を持つ大金持ちです。あのお屋敷が不便なら建て替えちゃいましょう。残念ながら配偶者やお子さんがいらしたとしてもそれは諦めてください。これは国が関わっている極秘案件です。抵抗しても洗脳されるのがオチですからね。


 ん? もしかして気づきましたか。



 

 はい、私、お亡くなりになってます……。


 


 ええ、ワンチャンいけるって思ったんですけどねぇ。ああ、小夜ちゃんとの夢の生活が……。


 ああ、これは『ツクモさま』の能力を説明しませんと意味が分かりませんね。


 『つくもがみ』は道具なんかが意識ある存在に変化、進化するのですけど、『ツクモさま』はその意識をモノにのりうつらせることができるんです。ええ、あのベンチや鉛筆みたいにです。私が攫われたときにはヤバいクスリが使われて、無理やりだったんですけどね。正直にお伝えしておきましょう。上手くいかないと廃人コースまっしぐらです。これは小夜ちゃんの予知の精度に期待するしかないので、選ばれたら選ばれたで覚悟を決めてください。


 そんなこと知るかなんて言わないでくださいよ。同じ立場だったらどうして私がって正直思いますけど……。


 これはこの日本を、いや、世界を救うために必要なことなんです!


『あなた』に世界の命運がかかっているんですよ!


 まあ、いずれにせよ『あなた』の意思とは関係なく選ばれるのですけど……、私みたいに攫われてね。私はヒーローにはなれませんでしたが後悔はしてませんよ。生まれてはじめて世の中のために、みんなの幸せのために頑張れたって思えたのですから。結果は残念でしたけど……。


 そうそう、『ツクモさま』の能力のお話の途中でした。実は例の化け物なんですけど、まだ付喪神になりきれていない状態で何百年も前に封印されたんです。小夜ちゃんたちのご先祖様たちによってね。その封印がいまとっても不安定になっているんです。もっとも危険だったのは太平洋戦争のころだと小夜ちゃんから聞きました。その後も災害や何かで危機は訪れたようでしたが、今回は非常にマズい。わかりますよね。ニュースで取り上げられない民族紛争や弾圧なんかも含めたら……。人の不安が封印の力を弱めているんです。封印が解けてしまうのは明日かもしれないし、もうこの瞬間に解けてしまっているかもしれない。いまの私には正直分かりません。


 化け物はあとどれだけかの年数を残して封印されました。完全に覚醒する前でしたので化け物の精神も未成熟な状態でそのエネルギーを溜め続けているのです。根源的な感情、恐怖や欲望、怒りや悲しみといったものが混ざりあってます。さらにその同種の人間の感情がひっきりなしに流れ込んでいるんです。そんなものが世界に解き放たれたら……。終わりです。すべてが終わります。


 世界を平和に。


 みんなが穏やかな気持で毎日を生きられる。


 ああ、そんなことが可能だったらと思います。本当に。


『ツクモさま』の能力ってモノにのりうつること、それだけです。そんなことで化け物を倒せるのか、世界が救えるのかって普通思いますよね。ええ、できるんですよ。この能力を得た先人たちの犠牲があってこそなのですけどね。


 覚えてますか?


 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。


 このリズム。


 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。 

 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。 


 何か気づきますか?


 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。 

 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。

 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。 


 まだ?


 この音は現地では、次の『ツクモさま』にしか聞こえません。このことは私が明かすまで小夜ちゃんも知りませんでした。彼女たちには聞こえないので当然ですけどね。


 それとこれは化け物を封印したときの小夜ちゃんのご先祖様が遺した言葉。


『つくもまでにはとおたらず』


 これが化け物を倒す鍵です。


 ああ、あとは封印の地に持ち込めるのは聖人のものとされる頭蓋骨とひのきの棒が二本。太鼓のバチよりも細いです。ドラムスティックに近いですね。それ以外の武器のようなものは結界に阻まれて持ち込めませんし、『ツクモさま』以外の人間もはじかれます。


 いいでしょう、『あなた』のためにネタバレですよ。そのためにこの文章を遺したんですから。


 私なんてわけもわからず森の奥に連れて行かれて、ガイコツとド○クエの最弱アイテムが相棒ですよ。ああ、『つくもまでには……』は棒に書き込まれてます。別に強力な呪文でもなんでもないただの言葉なんですけどね。現地で大声で唱えないでくださいね、恥ずかしいですから。


 本当に心して聞いてください。


 まずはあのリズム。


 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。 


 一、一、二、三、五です。


 えっと、算数です。


 ……。ああ、中学受験とかでよく登場しますよ。ん? ああ公立中心の地域でしたか、これは失礼しました。ちょっとお仕事がそっち方面だったのでつい。そういえば私、無断欠勤のまま失踪中の扱いなんでしょうね。い、いや、いまのは忘れてください。


 フィボナッチ数列です。数列の問題というより場合の数の問題なんかで使いますね。階段の問題とか、タイルを並べる問題とか……。ああ、興味ないですよね。すいません。えっと、直前の2つの項の数を足したものが次の項の数になる数列です。ひまわりの種の配列とかオウムガイのような巻き貝のカタチにも……、ああ、これも興味ないと。でも、生物が生き残るための最善の選択をした結果が現れているなんてなんか良くないですか?


 これ、『あなた』が生き残るためのリズムですからね。かつてどなたかの頭だったガイコツさんをひのきの棒でリズミカルに叩くと、封印された結界内で攻撃してこようとする化け物の動きを一時的に抑えることができます。五までだと効果が弱いんです。さて問題です。五の次にくる数字は何ですか?


 は、はい。きっと正解してくれていますよね……。だって命に関わるのですから。


 一、一、二、三、五、八、十三、二十一、三十四、五十五、八十九、百四十四、二百三十三……。


 何か気づきましたか?


 ん?


 きっと大丈夫、かな? だって命に……。


 そうです!

 

『つくもまでにはとおたらず』ですね。


『九十九までには十足らず』です!


 つまり八十九! 大正解! 優秀っ! 『あんた』が大将!


 そこまで叩き続けることができれば、化け物を倒せる、はず。


 はずです……。だって私、五十五のところで数が分からなくなってしまって……。溶かされました。ドロドロにね。いやあ、あれはキツかったです。本当に気をつけてくださいね、太○の達人で近所のスターだった私でも緊張でミスしてしまうんです。太○の達人のご経験は? 


 あっ……、そうですか……。練習頑張ってくださいね。判定は緩めですから、大切なのは数です。


 あれ、やはり気になっちゃいますか?


 なんでドロドロに溶かされた奴がこの文章書けてるんだっていうことですよね。


 はい、本体は死んでしまって……。ははっ、私はその魂の残滓みたいなものです。


 『あなた』にこの大切なことを伝えるためだけに一時的に許された疑似幽霊の状態と言えばよいでしょうか。神様なんでしょうか、なんというかこの世界の意志みたいな大いなる存在的なモノが私をそうさせているようです。そんな細かい芸当ができるのなら、あの化け物をやっつけて欲しいところですけど、それは無理なことらしいと感じることはできます。ですからあとは『あなたに』託しますね。小夜ちゃんのこともですよ……。


 おっと危ない。何かいまナニカに分解されそうな気がしました。


 この文章の終わりが本当に私の終わりのようです。


 そう考えるとなんだか胸にこみ上げるものが……、疑似幽霊なんでそんなものあるはずもないのですけど。私が私であることも怪しいものですし……。


 ああ、嫌だっ!


 ちょっとだけつき合ってくれませんか? なんだか名残惜しいので……。


 そうだ、一緒に練習しましょう。リズムの。


 ペンか何かを持ってください。鉛筆さんはかわいそうなんで、ペンで……。


 いきますよ!


 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。 


 これは楽勝ですね。


 次はどうでしょうか?


 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。タタタタタタタタン、タタタタタタタタタタタタタン、タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタン。


 どうです一気に大変なことになるでしょ。


 タン、タン、タタン。タタタ、タタタタタン。タタタタタタタタン、タタタタタタタタタタタタタン。

 

 消えたくないです。


 タタタ、タタタタタン。タタタタタタタタン。


 嫌だ!

 

 タン、タン、タタン。


 助けて……。

 

 タン、タン。


 ああ……。


 タン。


 あの子のことを……。


 タッ。


 お願い……。


 タ。


 しま、す。



 


 了。

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視点は死転? 卯月二一 @uduki21uduki

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