第1章 視点は死転?

001 『当選しました』

「変な話だったな。ああ、もうこんな時間じゃないか……」


 俺はノートパソコンを閉じる。こんなクリスマス・イブだってのに予定なんてない俺は、仕方なく大手投稿サイトのネット小説を読み漁っていたのだった。高校は冬休みに入っている。受験生である俺は、本来なら年明けの共通テストに向けてガリガリ勉強していなければならない……。うん。やる気の出ないものは仕方がないのである。


 本当ならば、通っている塾に行く時間だが、いつも担当してくれている『おっさん先生』が病気か何かで来れないらしく、お休みである。代わりの先生を塾から提案されたが、クオリティ的にあの人に勝る講師はあの塾にはいない。自習室は自由に使えるのだが、どうせリア充カップルのイチャイチャを目にすることになるのは分かりきっている。だから家で勉強しようとした結果が、この有様である。


 両親は二人とも海外出張で年明けまで家にはいない。たまに親戚のイケメンな叔父さんが覗きにくるが、仕事が忙しいらしく最近は顔を見ていない。ちなみに俺の志望する獣医学部の出身で、駅前で動物病院を開いている。ひとりっ子の俺は、いってみれば完全自由の身。彼女でもいさえすれば連れ込みし放題のはず……。そう、はずなのだ。


 ああ、どうして現実って奴は、こう上手くいかないものなのかねぇ。


 俺はベッドの上に放ってあった黒のダウンジャケットを羽織ると、家を出る。外はもう日も沈んで暗くなっていた。コンビニまでは自転車なら十分もかからない距離だが、部活を引退して運動不足の俺は迷わず歩きを選択する。ニュースでは今夜から雪が降るとか言っていたようだが、それまでには戻れるだろう。


「もしもーし。そこのお兄さん!」


 ん? 俺のこと?


 振り返ると外国人の神父が立っていた。流暢な日本語で、振り返るまで金髪に青い目のおじさんが俺に声をかけてたなんて分からなかった。教会なんてこの街にあっただろうか?


「そうそう、あなたですよ。お兄さん」


 何か白い箱を両手で持っている。そこには平仮名で大きく、へたくそな文字で『ぼきんばこ』と書いてある。


 ああ、そういうことね。


 お金に困った外国人がこうやって詐欺まがいの募金活動をしていると聞いたことがある。だが、本気で生活が苦しい人たちがそんなことをしているそうなので、親切なこの街の人は小銭くらいは入れてやっているらしい。でも、やるなら大通りみたいな人の多いところですればいいものを。やっぱり、警察なんかに叱られるんだろうか。


「ああ、ちょっと待ってくださいね。少ないですけど……」


 俺は財布を取り出し、小銭を数枚、募金箱に投入する。


「ありがとうございます。あなたに神の祝福のあらんことを!」


 とても外国の人とは思えないような完璧な日本語の発音とアクセントでそう言う。この人、探せば、外国語教師なんかで仕事があるんじゃないのか?


「じゃあ」


「ちょっと、お待ちを!」


「はい……?」


 神父は俺に一枚のA4サイズほどの白い紙を差し出していた。


「もしかしたら当たるかもしれません」


 当たる? 


 紙の中央には四角いQRコードがデカデカと印刷されてる。『白銀の世界をあなたに! 当教会の提携する有名リゾートホテルで素敵な年末年始を過ごしませんか。無料宿泊券が当たるかもしれない大抽選会、実施中!』と、印字されていた。教会ってホテルなんかと提携するもんなの? いいのかよ、聖職者さん? まあ、お金に困っている人では無さそうである。というか、そのホテルの宿泊を恵まれない人にだな……。


 俺が顔を上げると神父の姿は、もうどこにもなかった。思ったより俊敏な動きをする神父のようだった。


「まあ、別にいいんだけど……」


 変なサイトに飛ぶことも考えられたが、人の良さそうな神父の顔を思い出し、俺は歩きながらスマホでそのQRコードを読み取る。


「ん?」


 俺の足は止まる。画面には『当選しました』の文字。


「絶対、これ詐欺だろ!」


 俺はそのままスマホを閉じると、足早にコンビニへと向かうのだった。

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