第七話 螟

「地獄の門が開いた」


 何とかしてこの風景を形容する。しかし、これが私の限界だった。

 私は小説家として、この景色を後世に何としてでも伝えなければいけなかった。だが、どうやら人類には早かったらしい。これほどの地獄絵図は、人類には初めてのことだった。どんな絵画にも、小説にも、演劇にも、音楽にもありはしない。きっと、ミケランジェロにも描けはしないだろう。

 作家冥利に尽きる。

 筆を折るには、丁度良い地獄だった。


 秋が終われば冬が来る。それは当然なはずだった。

 季節のことなど常には意識していないが、枝から離れる枯葉を見て感じるだろう。「冬が来る」と。

 しかし、そこに現れたのは冬では無かった。赤茶色に染まり切った木々は、秋が終わった途端に青色に戻り始めた。眠るはずだった熊は飛び起き、気候の変化を敏感に感じ取っていた。自然だけではなく、人間すらもその大胆な変化に気が付く。

 そして次の瞬間には、玩具箱をひっくり返したかのように地上は混乱を極めた。文字通りの天変地異。山は壊れ、海は荒れる。豪雨の途端に熱射が地上をく。気温はせわしなく働き、地上は-10℃から50℃までを繰り返していた。全ての動物の鳴き声は、大きなノイズの塊となって空気を割こうとしていた。その声に呼応するように雷が鳴り続ける。部屋の電気を付けたり消したりするように、地上では光と闇すら混乱していた。光と闇が交互に主張するため、目の前は下手なパラパラ漫画のように静止画の連続だった。何を着ても着ていなくても、灼熱であり極寒だった。豪雪の中で落ち続ける雷には、酷な美しさがあった。

 光も闇も山も海も風も気温も自然も動物も人間も、全てが自身の制御を失っていた。我々は、子供に遊ばれる蜻蛉とんぼのように無力だった。羽が引き千切られるのを、人類はただ待つだけだった。


 夏の代わりに参加した??は、存在してはいけないものだったらしい。季節の消滅と登録は、数十億年生きている地球にとっても初めてのことだった。地球は病をわずらい、熱と咳が止まらなくなってしまった。彼の熱は天気を無作為に変化させ、咳き込む度に地上はうねり続ける。


 ああ、どこまで逃げたって、ここは地上だ。


 右を向けば百メートルを越す津波が近づく。

 左を向けば土砂崩れが猛スピードで迫る。

 前からはめくれ上がった地表が煽る。

 後ろからは巨塊きょかいの群衆が押し寄せる。

 下からはマントルが押し上げてくる。

 上からは無作為な天気の空が落ちてくる。


 Les Misérables.




 俺は必ず、天国へ向かう。

 待っていろ、お前の首を落としに行く。

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だって、春がそう言うから 路地表 @mikan_5664

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