【番外編】HAPPY BIRTHDAY
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□□□は、自分の地味な本名が好きではない。ダイアナやマリアンヌ、ドロシー等の派手な源氏名で活躍していた。そんな□□□は、最近、子どもを産んだ。スカイブルーの瞳をした男との間に生まれた子どもで、男の子。
この子の産声を聞いた瞬間、涙がこぼれた。□□□は、狭く小さな部屋でこの子を産み落としたとき、途切れ途切れの声でハッピー・バースデイの歌を歌った。ふたりきりの狭い部屋で、産褥の中荒い息をつき、産声が反響して、隣の部屋からは壁を殴られたけれど、そんなことはへいちゃらだった。だって、この子が、□□□の子どもが無事生まれてくれた、記念すべき日に、何も辛いことなんてなかった。
「あたしの……あかちゃん。かわいい……あかちゃん……」
財産と呼べるものを愛していた男にほぼ全て取られて、身ごもっているがゆえに〝客〟を取ることもできなくて、□□□の生活は困窮していた。
それでも必死に、十月十日という長い長い、永遠とも思える時間を、この子に会うために、耐えていた。
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「ふふ……かわいい……どんな大人になるのかな……」
□□□は、赤ん坊のほっぺたを指でつついて微笑んだ。赤ん坊は、「あう」「ああぅう」という言葉にならない声を上げながら、むちむちとした手をじたばたさせている。
母親そっくりの、ウェーブがかった黒い髪。そして満月のような金色の瞳。この子は、スカイブルーの瞳を持つ父親にはほとんど似なかった。
□□□は、彼が自分と結婚する気がないことを薄々わかっていた。それでも手放せないくらい、生涯最高の恋だった。□□□は、彼に会えたことを、後悔はしていない。今は。
「いいこ、いいこ、あたしのかわいい子……」
痩せた腕の中にある、ずっしりとした重み。命の重み。□□□は、自分が子どもを産んで母親になることなど、数年前まで想像だにしていなかった。それでも、産むことを選んだ。会いたかったから。
小さくて、か弱い命。□□□が守らなければすぐに潰えてしまう命。目に入れても痛くなかった。
「遠い、夜の、果ての、小さな、
子守唄代わりに、故郷で流行っていた恋の歌を歌う。そうすると、息子は穏やかに眠る。あまり夜泣きはしない、おとなしい子だった。
ただあまり体が強くはなく、時折高い熱を出して死にかけた。□□□はその度に慌てて医者に駆け込んで、元々あまりない財産を差し出して、治療を受けさせた。
その代わりに□□□の患っている病の治療はできなくなってしまった。治療費が足りなかったから。それでも全く悔いがないくらい、愛おしくて、可愛かった。
「あたしのあかちゃん。かわいい……あかちゃん……」
深い眠りに落ちた赤ん坊をそっと、シーツの上に寝かせた。
ふにゃふにゃした黒い髪の毛を指の腹で撫でながら、□□□は息子の柔らかいほっぺたにおやすみのキスをした。
「おやすみ、デュラン……あたしのかわいいこ……」
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シアハニー・ランデヴ(前編)に続く
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