不思議なクマのわたあめ屋

ひらはる

不思議なクマのわたあめ屋

 学校から帰る途中の公園で、一台のキャンピングカーと、『わたあめ』と書かれた旗がたっていた。

 いつもは見たことがないキャンピングカーが気になって、ちかづいてみる。

『わたあめ ひとつ二百円。味も色も、リクエスト通りにお作り致します。』

 そう書かれた看板がキャンピングカーのそばに置いてあり、キャンピングカーの中には、クマ(着ぐるみ?)がいた。

 このキャンピングカーは、わたあめ屋らしい。

 今日はいつもより不運で気持ちが落ちこんでいたが、小さい頃から大好きなわたあめを見つけて、それだけで気持ちがあがる。

 とはいいつつも、いきなり買う勇気はない。ただ、帰っても急に現れたわたあめ屋がずっと気にしてしまいそうだ。

 私は少し考えて、少し離れたベンチに座り、そのわたあめ屋をながめてみることにした。


 さっそく一人目、小さい子どもが両手をにぎりしめてやってきた。子ども用の階段をのぼり、カウンターに顔を出して、両手ににぎっていた二百円を見せながらクマに勢いよく話しかける。

「えっと、あの、空の、雲みたいなわたあめください!」

 クマは二百円を受け取ると、わたあめ機にザラメを少しと、虹色の不思議な粉を入れる。それから棒を取りだして、クルクル、クルクルとまいていき、すぐに丸いわたあめができてきた。

 あっと思っていれば、はじめは何の変哲もなかった丸いわたあめが、空色の混じった雲のようなわたあめになってくる。

 そして、わたあめが本当の雲のようになった。

 クマは持ち手のところに空色のリボンを結んでから、子どもにわたあめを渡す。

「ありがとう、クマさん!」

 できあがったわたあめに、子どもはキラキラとした目で見つめながらクマにお礼を言い、公園の外にいる友だちのところまで走っていく。

 クマは子どもが見えなくなるまで手を降っていた。

 

 それから少しして、二人目、どこかくたびれたサラリーマンがため息をつきながらやってきた。

 サラリーマンは二百円をクマに渡して言う。

「味のするわたあめをください。」

 わたあめはもちろん甘い味がするに決まっているが、このどこかくたびれたサラリーマンは、味が分からなくなるくらいに疲れてしまっていたのだろうか。それとも、疲れすぎて口走ってしまったのだろうか。どちらにせよ、二百円を受け取ったクマは、すぐにわたあめを作り始めた。

 今度も、わたあめ機に少しのザラメと、虹色の不思議な粉を入れて、わたあめを作っていく。今回は形は変わらず、普通のわたあめのようだった。

 クマは緑色のリボンを結んで、サラリーマンに渡す。

「ありがとう、ございます。」

 サラリーマンは受け取って、じっとわたあめを見つめたあと、一口、わたあめを食べる。

「!」

 サラリーマンは涙を少し流しながら、嬉しそうに、何度もクマにお礼を言う。

「ありがとう、ございます。ありがとう、ありがとう…!」

 求めていた味にたどりつけたのだろう。泣いていたけど、本当に嬉しそうにして帰っていく。

 クマはさっきのように、サラリーマンが見えなくなるまで手を降っていた。

 

 二人を見ていると、なんだかそのわたあめが食べたくなった。

 どんなわたあめが食べたいか考えて、はたと思いついた。

 小さい頃、お祭りで毎回買ってもらったあのわたあめと言っても、作ってもらえるだろうか。

 勇気やらなんやらの考えはなくなっていた。

 財布から二百円を取りだして、わたあめ屋の近くに行く。

 ソワソワしながら、クマに二百円を渡す。

「あの、小さいとき、お祭りの度に買ってもらっていたわたあめが食べたいんですが、あの、作って貰えますか…?」

 クマは静かにうなずいて、わたあめを作り始める。

 先の二人のわたあめと同じように、少しのザラメと、虹色の不思議な粉をわたあめ機に入れている。

 近くで見ると、ますます虹色の粉が不思議だ。優しい雨のようでもあり、朝日の光の粒のようでもあり、雪の結晶のようにも見える。粉は粉だと思うが、なんだか違うような気もする。

 そんなことを考えているといつの間にか、あのお祭りのわたあめのような形にちかづいていく。うろ覚えの記憶だが、確かにこれだ!となるような、そんな形。思い込みかもしれないが、確かにあのお祭りのわたあめそっくりになったのだ。

 クマはピンク色のリボンを結んで、渡してくれた。

 渡されたわたあめは本当に記憶の中そのままそっくりの形で、少し驚きつつも一口、わたあめを食べる。

 あのお祭りのわたあめは、普通のわたあめと違ってとても甘くて、それからちょっと、苦かった。

 そのわたあめの味が、口に広がった。

 お祭りで見たように作っていないはずなのに、本当にそのまま。そっくりすぎて、食べる前よりももっと驚いて、想い出の味に少し涙目になる。

 顔をあげて、クマにお礼を言う。

「ありがとうございます!まさにこれです!あ、あの、どうやって」

「あれ、ふーちゃんやん。久しぶりー!」

 どうやって作ったのですか。その言葉は、疎遠になっていた中学の時の友だちの声でかき消された。

 一言もなく、クマは手を降っている。

 そんなクマの様子に質問をあきらめて振り向き、友だちにちかづいて言葉を返す。

「久しぶり〜。」

 友だちは、あっと言いながら私がもつわたあめを指さす。

「そのわたあめ、お祭りで売ってるやつに似てる〜!どこで買ったん?」

 どこ、とは?

 友だちの言葉に、違和感を覚える。

「どこって、ここに…」

 後ろを向くと、そこにいた、あったはずのクマも、キャンピングカーも、旗も、看板も、跡形もなく消えていた。

 車が走り出す音も、看板や旗を片付ける音も、何もしなかった。

 そもそも片付けてどこか行くほどの時間もなかったはずだ。

 けれど、何もなかった。

「ここって?」

 友だちが不思議そうに私を見つめる。

「あー…えっと、忘れちゃった。それより、ほんとに久しぶりやな〜。」

 笑って誤魔化して、話題を無理やり変える。

 友だちはしばらく不思議そうにしていたけれど、すぐに他の話に夢中になってくれて、ホッとする。

 それから友だちと別れてわたあめを食べ終わっても、棒だけ捨てて、リボンは手元に残した。

 色々と疑問はつきないけど、しばらくしても、体調が悪くなったり、逆に良くなったり、そんな大きなことも小さなことも無く、ただ、お祭りの想い出を思い出せただけだった。だから、もう気にしないことにした。


 それから数週間後。

 久しぶりに会った友だちと、あのお祭りに行くことにした。

 あのわたあめ屋が公園に引き止めてくれなかったら。あのお祭りのわたあめを思い出させてくれなかったら。もしかしたら疎遠のまま、友だちと楽しく話すことも、お祭りに行くことも、なかったかもしれない。

「あ、わたあめ屋だ!」

「ほんとだ、買いに行こ!」

 友だちと二人、笑い合う。

 小さな想い出が増えていく。

 あのわたあめ屋が紡いでくれた小さな想い出が。

 

 今日もまたどこかで、あの不思議なクマのわたあめ屋が、小さな想い出を紡いでいるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議なクマのわたあめ屋 ひらはる @zzharu7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ