第1話

高校3年の春がやってきた。新しいクラスということもあり、同学年のみんなはかなり浮き足立っているようだ。クラス発表の張り紙の前には、一喜一憂する生徒たちが押しかけている。

そんな集団の外から、遠目にクラスだけを確認した私は、足早に教室へと向かった。

こんなことにいちいち時間を使っていられない。というか、そもそもクラスが同じだとか違うだとかで一喜一憂できるような友達も居ないのだから。


今年もまた教室に一番乗り……かと思いきや、私よりも早く教室の中に人影があった。まぁ、だからと言って何かがあるというわけではないのだが。

比較的短めの髪を切り揃えた、明るい感じの少女だ。髪も少し、明るい色合いのように感じられる。いやまぁ、私が人の髪に“明るい”なんて言葉はかけられないのだが。


ロシア人をモデルとして作られた私の容姿は、かなり日本人離れしている。

これはまぁ、一年二年の頃にクラスメイトに散々言われてきたことだ。そのクラスメイトも、珍しいのは最初だけだったのだろうか、はたまたほとんど会話をしようとしない私に飽きてしまったのか、二学期になってからはほとんど話しかけようとしなくなったが。


その点で言えば、この子はかなり大人しいと感じる。そもそも人と話すのが苦手なのだろうかとも思ったが、にしては纏っている雰囲気はそんな感じじゃない。

あれか、もともとの友達とクラスが離れてしまって、特にすることもなかったから早く教室に入ったとかだろうか。だとしたらスマホをいじるくらいしていても良いものだと思うが。


「お〜何かついてる?とりま、おはよ〜」


と、そんな事を考えていたら、じっと見つめてしまっていたらしい。

もしかしたら、かなり失礼な事をしてしまったのではないだろうか。


「あ……おはようございます」


「ん〜?なんか見覚えあるなぁ……あっ!あれだ!氷のお姫様!」


「…………へ?」


いけない、素っ頓狂な声を上げてしまった。多分表情には出ていないだろうが、結構恥ずかしい。

にしても、また不可解なワードが出てきた、なんだろう“氷のお姫様”とは。誰のことなのだろうか。もしかして私の事なのだろうか。そうでない事を願いたいのだが。


「冰白優奈ちゃんでしょ?いっつも無口で無表情で、んでもってすっごい冷たいから、氷のお姫様とか呼ばれてるんだよ〜。知ってた?」


知るわけない。というか知りたくなかった。そんな恥ずかしい異名みたいなのがついていたのか、私。

というか私が人を避けているうちに、何勝手に恥ずかしい名が広まってしまっているのだろうか。いや広まったのを知らなかったのは人を避けていたからか。

まさかなるだけ誰とも関わらずに高校生活、ひいては人生を終えようとしているうちに、こんなことになってしまっているとは。


「優奈ちゃん、近寄りがたい雰囲気とかビジュアルとかで、結構高嶺の花なんだよ。まぁその様子だと全く自覚ないみたいだけど」


「そう……なんですね」


どうやら高嶺の花らしい。にしてはこの子、随分と気さくに話すじゃないかとも思ったが、わざわざいうようなことでもないので口からは出さなかった。この子のコミュ力が他の子達と比べて幾分か高い可能性もある。


静寂。特に続けるようなこともなかったため、黙り込んでしまった。

と言うか、私から何かを話すと言うのは苦手だ。それこそ氷のお姫様なんて恥ずかしい異名がつけられるくらいには、私は他人とのコミュニケーションを経験してきていない。

こうなってしまった際にどうすればいいのか、私の経験上解決策は存在していない。あるいは、私にそれを実行できるだけの機体性能が無い。まぁれもコミュ障である言い訳なのだが。


「優奈ちゃんほんと喋らないね?噂通りというか、噂以上かも?でもなんか、喋りたく無いから喋ってないんじゃ無いよね、それ」


思わず肩が跳ねかける。危ないところだった。

図星である。大いに図星だ。大図星である。そんな言葉があるのか知らないが。


この子が言ったように、喋りたく無いから喋らないようにしているわけじゃ無い。というか私もどちらかというとみんなと楽しく過ごしていきたい。生きたかった。

だがそれも叶わない。別れの瞬間が確定しているのなら、それまで誰かと紡いだ絆も、消えることがわかりきっているただ無意味なものでしかない。

どうにもならない死が待っている命なら、死ぬ瞬間まで一人でいた方が、よっぽど死ぬとき辛く無い。むしろこの世界が悪ければ悪いだけ、私は死ぬ時にそれを悲しまなくなるだろう。

それなら、だれかと高校生活を楽しむというのも、不必要だ。


「なんかねぇ……自暴自棄?優奈ちゃんからはそんな気配感じるんだよね。勘だけど」


「そんな……の」


なんだ。なんなんだろうこの子は。

決して誰かに私の秘密を漏らしたことはないはずだ。私の残り時間、余命と言っても良いかもしれない情報は、教師にすら一般には共有されていない。知っているのはこの学校の責任者のみである。

だというのになぜ。なぜこの子は会ったばかりの私の、それも表面に出していないはずの気持ちまで当ててきているのだろうか。


私愛莉あいり風峰愛莉かざみねあいり。よろしくね」


「……よろしく」


何か、硬い声になってしまった。

別に、この子に対して何か思うところなんてないのに。私よりも正確な、私に対する分析なんて、聞き流してしまったはずなのに。

いや、聞き流そうと頑張っているだけか。それでも、努めて己の感情は外側へ出さないようにしているはずだ。今までだってずっとそうしてきた。


なのになぜ、今日、今この瞬間はそれができないのだろう。

いつもと大して変わらない。楽しそうに話すみんなのことを見ながら、私もそうして高校生活を、人生を楽しみたいと思う気持ちを押し殺すのと、何も変わらない。


自分の気持ちを殺すのなんて、慣れっこなはずなのに。

なぜ私の声は今、期待の色を滲ませているのだろうか。


得体の知れない感覚び黙り込んだ私にそれ以上風峰さんが追及することはなく、新年度初のその日は何かモヤモヤするものを抱えながら過ごすこととなったのであった。

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弾ける恋は泡のように 甘々猫 @Amaamaneko

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