弾ける恋は泡のように

甘々猫

プロローグ

 たとえば短い人生の終わり際、最愛の人物に看取られるのなら、それはどれだけ幸せなことだろう。

 たとえば短い人生の終わり際、最愛の人物に看取られるのなら、それはどれだけ悲しいことなのだろう。


 そんな想像が頭をよぎってしまうのは、どうしようもなく私がただの人であり、誰かに恋する乙女になってしまっているからだろうか。

 決して誰のことも好きにならない……そう決めていたのだが、残念ながら私の過去の決意は破られてしまったようだ。

 それもこれも全部あの人が悪い。私の心を一瞬に奪っていってしまった、あの人が全部悪いんだ。


 今考えると、この一年はずっとずっと楽しかったように思える。

 決して満足たり得たかと聞かれてはいと答えられるようなものではなかったが、それでも私が怯えて捨ててしまった二年を、なんとか取り戻してくれるくらいには充実した一年間だった。

 それはひとえにあの人が……だめだ、どうしても何かを考えるたびにあの人の顔が脳裏にちらついてしまう。


 与えられた私の部屋。今は電気が消えて真っ暗になっているけれど、隣ですやすやと寝ている者の寝顔は、どうもはっきりと私の視界に映る。

 そう言うことはしないと誓い合って、スキンシップもキスまでにとどめてきていたが……たまにそう言う気持ちが溢れてしまう。


 この人を私だけのものにしたい。私の最初で最後を、この人に捧げたい。


 しかしその気持ちは深く胸の底に。私の想いはきっと、溢れてしまったらもう止まることなんてないから。止まらない想いはきっと、別れの瞬間を寂しいものにしてしまうから。


「……大好き。これまでも、これからも。私が私じゃなくなっても、永遠に」


 かなり増えた私の口数。それでもちょっとつっかえてしまうのは、いまだにこういう状況が恥ずかしく思えてしまうからなのだろうか。でもそれも心地よい。胸に感じるポカポカとした暖かさは、私の気持ちを浮つかせるとともに、確かに落ち着かせてくれる。


 完全に眠りこけているのか、全く反応を返さない目の前の私の恋人。しかしそれを嫌とは思わない。確かに伝えたい気持ちもあるけれど、こうやって寝てる時に密かに伝えるのも悪くない。

 それに、相手が寝てるなら、ちょっとだけ積極的になれるから。いつも一言二言しか出ない愛の言葉が、確かに口から出てきやすいのだ。


 顔を近づける。夜を闇が覆う中、ベッドの中でふたりきり。まだ肌寒いからと誰に届くでもない言い訳をして、静かに肌を寄せる。かわいいって言ってもらえて買ったパジャマだけど、こうして一緒に寝ている時に着るのはやっぱり恥ずかしい。特に太ももとか。


 ドキドキしているのが自分自身でわかる。心臓の鼓動が早い。混じり合う鼓動のせいで速さの違いが強調され、否応なく私の鼓動の速さを自覚させられる。

 顔だって耳まで熱くなっているのを感じる。肌寒いからという言い訳が、なんの効力も持たないほども私の体温が上がっているのを感じてしまう。


「……ん」


「ひゃ!?」


 驚いて変な声が出てしまった。

 が、これはもう許してほしいと心から思う。何せ急に私の背に腕が回ってきたのだから。そしてそのまま抱き抱えるようにして私の体を寄せられたのだから。こんなの誰だって驚いてしまうだろう。

 とりあえず深呼吸して真っ白になってしまう頭を落ち着かせないといけない。じゃないとなんというか……やばい。


「すぅ……はぁ……」


 失敗した。こんな状況で深呼吸なんてしたら、もう間違いなく密着している物の匂いが嗅ぎとれてしまうわけで。

 つまりはそう、愛しい人の匂いを私は一気に摂取してしまったわけで。


「〜〜〜〜〜っ!」


 途端に来る脳を焼かれるような感覚。それは確かな熱さとなって私の体を焼いていき、その熱さから逃れようとした私は、逃れようがないことに気づいてしまう。

 引けてしまった腰が、しかしがっちりとホールドされている腕に邪魔されて、姿勢のせいでさらに体が密着してしまう。

 逃れようもない現状をどうにかしようとする頭も、先ほどから真白に染まってしまい役にたつことはない。


 この一年で焼かれてしまった私の脳は、対恋愛において全く機能しないらしい。

 私はこれでも、実験中の最新型のヒュームギアのはずなのだが。


 さっきから本当に頭が回らない。どうしようもないほど、どうにかなってしまいそうだ。顔だって体だって、何もかもが熱くなってしまっている。

 一体誰なんだ感情値の設定を高くしようなんて事を私の実験段階で言い出した人は。おかげで今もうなんか変な感じになってしまっているじゃないか。


 と、そんな八つ当たりにも近い。と言うか完全に八つ当たりをしたとしても、今私を襲うこの熱と状況はなんら変わらないわけで。

 ただ悶々としたところで、この胸に巣食っている恋情はどこへも行き場はなく、ただ私の中に蓄積されるばかりで。


 擬似的に脳を再現したらしい私の電子脳は、どうやら再現率は確かなようで、感情値を高く設定された私のこの気持ちは、きっと本物の人間とも何も変わらないのだろう。


 自分から何かをするのは苦手だ。けど、何も私から何かをしたくないわけじゃない。

 私にだって感情はある。作られた人間だからと言って、何も感じないわけじゃない。

 甘えるのはすごく苦手だ。私が返せる保証が何もないから。甘えたまま私の方から一方的に居なくなってしまうかもしれないから。


 でも、甘え方をこの人は教えてくれた。返せなくても、甘えたければ甘えていいんだよと言ってくれた。

 ならちょっとくらい、自分勝手になってみてもいいんだろうか。そう思いながらも、結局日和って私は今まで何も自分から要求できていない。


 ならばせめて寝ている時だけでも。相手が知覚していない時だけでも、私のわがままを押し通してしまいたい。

 甘えるのは苦手だけど、決して嫌いではないのだから。


「ん……」


 マウストゥマウス。初めての、私からのしっかりしたキスだ。残念ながら、その相手は寝ているのだが。

 それでも構わない。むしろ、寝ていてくれた方が、気持ちとしては幾分か楽だ。

 もっと深く愛し合いたいと言う気持ちが無いかと問われれば、それは嘘だと断言できるのだが。


 でも、これだけでもいい。私と言う存在が、この人の枷にならない為にも。

 初めてが機械相手というのも、なんか寂しいと感じるかもしれないし。

 だから、私がするのはキスまでだ。それ以上は絶対にしない。


 と断言できれば、どれだけカッコよかった事だろうか。少なくとも私は今、すごく揺れ動いている。

 ヒュームギアには擬似生殖器もあるし、そういう感覚も存在している。

 ということはつまり、そういうことができるかできないかで言えば、できるのだ。

 三大欲求だって再現されているという事は、もちろんその気も起きるわけで。


 さっきから密着状態を維持され、さらに何を血迷ったかキスまでしてしまった私は、当然もうその気になってしまうわけで。

 再び悶々とする頭はもう、冷静を保つことすら許してくれないようだった。

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