壊れるものと壊れないもの

空の子供たち

壊れるものと壊れないもの

 何かが壊れたような感触がした時、胸がキュッとした。言ってはいけないようなことを言ってしまったと感じた。うすうす、言う前に分かってはいたはずだった。でも、言ってしまった。不可抗力と言えばそうだし、思いやることに怠惰だったとも言える。それでも、傷つけた。あるいは人に不和の痕跡を残してしまった。


 人と人との間には暗黙の了解のような、信頼の関係、尊厳の境界がある。立ち入ってはいけない領域や、言ってはいけない台詞がある。そこに踏み入れ、それを言ってしまった時、自分の中にある何かが壊れていく音がした。


 寒気のようなものもする。人は僕を価値がない考慮する必要ない残念なものとして、ごく自然に何の感慨もなく断罪し、どうでもいいこととして記憶から忘れる。そして笑顔で語り合える別の人々に向かって、自分の労力や慈愛を捧げる。そうする方が懸命だから。


 その人たちのなかで僕は死んでいる。関わることを許してくれる資格は、あっけなくはく奪されて、彼らの立つ舞台から退場するしかない。


 もっと巧くやることもできたけど、実際にそれをすることはできなかった。


 僕は朝目を覚まして思い出す。自分の行動が招いた不調和が、どれほど罪深いことだったのか。頭の中に嫌な感じがして、あの人やあの人の価値観の中で、僕がもっとも低い位置をしめていることをよく感じ取った。


 それはまるで当然の報いのように、罪人として純粋に笑うことを許されていないように、僕があたえたような不調和に僕自身が縛られているみたいだった。


 どれほど距離が離れていても、人は精神的に繋がっていて、そこには均衡があるはずだった。それを乱した者は、平気ではいられなかった。少なくとも僕は開き直ることができずにいた。


 しばらくはこの濁ったようなぬめりを抱えて、どんよりと曇った空の下で内省を繰り返して、自分を改めて見つめ直すしかないだろう。


 僕はベッドから立ち上がった。


 洗面台で顔を洗ってうがいをする。鏡には短髪の青年。僕は食パンにはちみつを塗って、電子レンジでトーストする。


 甲高い音がなったので、電子レンジのドアを開ける。


 手に取ったはちみつの塗られた食パンはいつもと違って冷たかった。


 僕はそれを気にしないで、温かいコーヒーと一緒に食べた。


「さあ、どうしようかな。これから」


 そうぼやくしかないのであった。 

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