駒瑠にキスされた翌朝、俺の理性は。

 酔った駒瑠にキスされて、そのままの勢いでしてしまった翌朝。目が覚めると駒瑠はすでに起きていて、当たり前のように俺のシャツを着て朝ごはんを作っていた。


「あ、先輩。目、覚めましたか?」


「え、ごめん、もしかして朝ごはん作ってくれてた?」


「へへー。泊めてもらった恩義は返さないとでしょ? 今日のメニューは先輩の好きなベーコンエッグマフィンです!」


 駒瑠は俺のシャツを着たその格好で、腰に手を当ててえっへんとドヤ顔をして見せた。


 けれど。


「……おかしいなぁ。ベーコンエッグマフィンは確かに好きだけど。俺の家にはたまごエッグはともかく、ベーコンもマフィンもなかったはずなんだが」


 まだ寝起きでぼんやりとする頭を搔きながら言ってみれば。


「あー。、昨日先輩の家に来る前に買ってたんですよー」


 駒瑠は宙を見ながら棒読みのようにそう言った。


 ――策士め。もう昨日の時点で泊って朝ごはん作る気満々だったんじゃないか。なのにどうしてこう、ウソをつくのは下手なんだろう。


「ほう。、ねぇ……」


 俺が呟くように言ってみれば。


「えーそんな顔しないでくださいよ。たまたま私が買ってたおかげで、こんな可愛い子に彼シャツ姿で朝ごはん作ってもらえるんですよ? 全男子が泣いて喜ぶ光景じゃないですか?」


 駒瑠は堂々とそんな事を言い出した。

 

 ……うん。確かにラノベ界隈では全男子が泣いて喜ぶ光景かもしれない。けれどそれは、『それを本人が言わなければ』という前提での話。どうしてこいつは、自分でそれを台無しにしてしまうのだろう。


「……もう何も言うまい。朝ごはんを用意してもらえるのは嬉しいことだ。しかしお前、そのシャツはどうした」


 どう見ても、駒瑠が着ているのは俺の使い古したシャツで、駒瑠の服は綺麗にハンガーにかけられている。


「あ、先輩起きないから勝手に借りちゃったー。ねぇねぇ、可愛い? ちょっと多めにボタン開けてみました!」


 ……『開けてみました!』じゃないんだよ。こいつはまた朝から俺の理性崩壊させる気か、と思いつつ。そんな言葉を言ってしまえば余計意識してしまうと思って。


「はいはい、可愛い。こんな可愛い子に彼シャツ姿で朝ごはん作ってもらえて、俺は泣いて喜ばないといけないなぁ――」


 少し皮肉を込めて棒読みのように言ってみれば。駒瑠が思い描いていた反応とは違ったらしく。


「むー。もっと、『うわ、駒瑠ちゃん可愛い。抱きしめたい。俺の彼女にしよう』とか思って欲しかったのに。先輩手強てごわ過ぎる。一体いつになったら私を彼女にしてくれるんだろう」


 駒瑠は独り言のように真面目な顔してそんな事を言い出した。


 こいつは。無自覚なのだろうか。正直、駒瑠は俺の彼女にするにはもったいないくらい可愛い。けれど。


 ……なんだろう、この感じ。駒瑠といると、男と女はどうやって付き合いはじめるものだっけ、という気分になってくる。むしろ駒瑠は本当に俺の事を好きなのだろうか。


「……駒瑠ってさ、本当に俺の彼女になりたいと思ってんの?」


 ふと、思ったままに聞いてしまった。


「え? はい。そうじゃなかったら、わざわざ酔ったまま先輩の家に来て泊ったりなんて、しないですよ?」


「……それは俺が女の子に手を出さない安全な男だと思っていて、酔った可愛い女の子が2時間もかけて家に帰るのは危かったから、じゃないのか?」


 だって、昨日そんな会話をしたはずだし。


「……先輩は、本当にそう思ってるんですか?」


「……うん」


「昨日……えっちまでしたのに」


 駒瑠は俯いて拗ねるように言った。


「う。それは……ごめん」


 さすがに俺が無神経だったかと謝ると、駒瑠ははぁとため息をついた。


「……私から襲ったのに、なんで先輩が謝るんですか。押しかけたのだって、お酒飲ませたのだって、キスしたのだって、私からなのに」


「…………」


 確かに駒瑠の言う通りで。俺はなんて答えたらいいのか分からない。


「先輩は、嫌でしたか?」


「いや、そんなことは、全然」


「そっか。ならよかった。ねぇ、先輩。せっかく朝ごはん作ったから、一緒に食べよ? コーヒーも準備してるんですよ。先輩は、お砂糖とミルク少な目、ですよね」


 駒瑠は切り替えるように明るい口調で言った。

 

「え、あ、うん。ありがと」


 だから俺も切り替えるようにいつも通り返事した。

 せっかく駒瑠が作ってくれた朝ごはんが、重たい空気で美味しくなくなってしまわないように。




 そして駒瑠と一緒に朝ごはんを食べた。


 見れば台所に溜まっていたはずの洗い物もいつの間にか片付けられていて、駒瑠が洗って片付けてくれたのだろうと思う。


 淹れてくれたコーヒーも俺好みの味で。作ってくれた朝ごはんも俺の好きなもので。もちろんどちらもとてもおいしくて。


 そんな駒瑠は誰が見ても可愛い女の子で。


 ……文句のつけようがないんだよなーと思う。


 ただ一つ疑問に思うのが、どうしてこんな可愛い子が、俺の部屋に泊って彼シャツ姿で朝ごはんを作って一緒に食べるなどという事が起こっているのか、という事。


 俺は特段女子に迫られたり好意を向けられた事などないのに。


 考えていると、食事を終えた駒瑠が俺の傍に寄ってきて、ふわっと俺に抱き着いた。


「ねぇ、先輩? 目は覚めましたか?」


「え、あ、うん。駒瑠が作ってくれた朝ごはんとコーヒーのおかげで、すっかり」


「じゃあ、今はシラフってことで、いいですよね」


「……うん」


 なんだろう。なんとなく不安な気持ちが込み上げて来るのだけど。


「昨日のキスの仕返し、されたいです」


 駒瑠は少し照れたようにそんな事を言い出した。


「え……?」


「……だめ、ですか」


「いや、えっと。ダメというか……」


 正直、昨日ならあのままの勢いで自分から出来たと思う。けれど、もう完全に目が覚めて、酒に酔ってもなくて、空気に酔っていることもなくて。


「じゃあ、私にされたら……イヤ?」


「……そんなことは、ない」


 けれどこれは正直な気持ちだった。


「じゃあ……私が他の人にキスしてたら……?」


「!! それは、……いやだな」


 また即答しつつ、今度はすごく、イラっとした。


 すると駒瑠はふふっと笑って。


「他の人になんて、するわけないじゃないですか」


「!?」


 そっと俺の唇にキスをした。

 昨日とは対照的な、ただ触れるだけの軽いキス。


「先輩。昨日は私、お酒の勢い借りちゃったけど、今日はシラフなんで!!」


「え、……うん」


 見れば駒瑠の顔は赤くなってて。


「そしてー! 私、誰にでもこんなことする女じゃないんでっ!!」


 そしてさらにその赤みは増していた。


 けれど駒瑠はふいっと後ろを向いて――


「さーて、次の金曜日も飲み会誘われてるんだよなー。人数合わせの合コンだったっけー。彼氏いないなら来てって言われててー。どうしよっかなー。彼氏いないから、行っちゃおっかなー。でもさすがに次も先輩の家に泊めてもらうわけにもいかないしー、そしたらお持ち帰りとかされちゃうかも。どうしよっかなーあ」


 ものすごく棒読みで独り言とは思えない声量で言い始めたと思ったら、駒瑠はまだ赤い顔をしながらチラチラと俺の方を振り返っては困り顔をしている。


 それは明らかに俺に彼氏になると言わせるか、行くなと言わせたいという策が見え見えで。


「……なに」


 少し笑いながら話し掛けると。


「……むー」


 駒瑠はわざとらしく頬を膨らませた。


「飲み会、行くんだ?」


「……引き留めて欲しいなって思ったのに。先輩の、ばか。行かないですよ、先輩がいない飲み会なんて」


 駒瑠は拗ねながら俺の方に近づくと、俺の胸にぽてっと頭突きした。


「そっか、じゃあ、飲み会行かずに俺の家来る?」


「…………うん」


「何。不満そう」


「……すごく、不満。『駒瑠、行くな、俺の彼女になれ!』とか、言ってもらう作戦だったのに。先輩にうまく言いくるめられちゃった」


「…………」


「早起きして、彼シャツまでしてるのに。……全然“仕返し” してくれないし。もう万策尽きて、落ち込んでる」


 そう言って、策が切れた策士な駒瑠が俺の胸に力なく寄りかかってくる。


「そっか。仕返し、されたくて朝からこんな格好してたんだ」


「…………うん」


 策士な割には返事はずっと素直で。やっぱりどう考えても駒瑠は俺の事好きってことで。そして他の男に少し嫉妬してしまった自分に気付いたら、どうしようもなく駒瑠が欲しくなってきた。


「……そっか」


「うん。って!! え、え、え、……なん、で、シャツのボタン……外して、るのっ」


 俺にシャツのボタンをひとつずつ外されながら、どんどん動揺し始める駒瑠。


「…………んー? 仕返し。しようと思って」


 淡々と言いながら、俺は駒瑠のシャツのボタンを全部外した。


「…………せんぱい。…………はずかしい」


 シャツのボタンをすべて外された駒瑠は、顔を真っ赤に染めていた。


 たぶん寝起きのハイテンションで彼シャツなんて殺傷能力の高い格好をしたのだろうけど、今の駒瑠はもう、しっかり目が覚めていて。


 朝よりその恥かしさは倍増しているのだろうけれど。


「シラフの時に仕返ししてって言ったの、駒瑠だから。それも、“たくさん”」


「うっ」


 俺は駒瑠を抱き上げると、ゆっくりとベッドに連れていく。

 そして、ゆっくりとベッドに寝かせると。


「……覚悟、してね?」

 

 駒瑠の目を見て声を掛けた。

 けれど――


「………………はい、んんっ……!!」


 返事しようとする駒瑠の言葉を待たずに俺は駒瑠の唇を奪った。


 だって、もう、返事なんて必要ないから。


「……………俺だってこんなこと、誰にでもする男じゃないからな」


「…………んっ」


 返事する間を与えないくらいに唇を落としていく俺を、駒瑠は顔を真っ赤に染めたまますべて受け入れた。


 そんな駒瑠がたまらなく可愛くて。

 この日、シラフの俺は完全に、理性を崩壊させたのだった。



――――――――――――――――――――――


最後まで読んでくださりありがとうございました。

一旦ここで完結となります。

面白かったと思っていただけたら、このページ下か次のページの☆☆☆を★★★に変えていただけると励みになります! 


そして、来週(または再来週)は、また別作品を公開予定です。

公開の際はぜひ、過去作諸共よろしくお願いします。

(過去作品はコレクションにおススメ順でまとめています)


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俺にやたら懐いてる策士で可愛い後輩ちゃんが、酔って甘えて俺の理性を崩壊させてくるのだが。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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