俺にやたら懐いてる策士で可愛い後輩ちゃんが、酔って甘えて俺の理性を崩壊させてくるのだが。

空豆 空(そらまめくう)

俺にやたら懐いてる可愛い後輩が、夜遅くに泊めてとやってきた。

 ――ピンポーン


 金曜日の夜9時過ぎ。俺、安藤あんどうぜん の部屋のインターホンが鳴った。


「なんだー? こんな時間に。宅配便とか注文してたっけ」


 俺はスウェット姿のままとりあえず玄関を開けた。すると――


「ちーっす。先輩。来ちゃった」


 そこにいたのは大学の後輩。サークルの飲み会で隣の席になって以来、やたら俺に懐いてくる夏木なつき 駒瑠こまる


 名は体を表すとは言うけれど、こんなことってあるのか。実際、俺にだけ懐き過ぎて困っているのだが。


「お前なぁ、『来ちゃった』じゃないんだよ。一人暮らしの男の部屋に連絡もなく一人で来る女がいるか。しかもこんな時間に。一体、今日は何の用だよ」


「……だーって。飲み会行ったら変な男が絡んでくるんだもん。嫌になっちゃいました」


 駒瑠は、普通にモテるのだ。小動物のように小柄な体系と大きな瞳、それでいてフレンドリーで話し安い雰囲気。そして、俺にとっては目のやり場に困る、小柄な体型にはやや不釣り合いな胸元が、下心のある男をさらに引きつけてしまうようだ。


 そんな事情は分かるけども。


「……俺の部屋を退避場所にするな」


「だって。先輩が来るって聞いたから飲み会参加したのに、先輩来ないし。そろそろ先輩も私に会いたくなってるかなーって思って」


「……なんでそうなるんだよ」


 そういえば今日は飲み会に誘われた日だったなと思い出した。俺はバイトがあるからと断ったのだけど、駒瑠はあれに参加してたのか。


「でもさ、先輩。考えてくださいよ。こんな小柄で酔ってる可愛い女の子が、こんな時間から一人で帰ったら危ないと思いませんか? 家まで2時間くらいかかるんですよ?」


「……それはそうだけど。普通自分で自分のこと、可愛いなんて言わないんだぞ」


「じゃあ、先輩は私のこと、可愛いって思わないってことですか?」


「……いや、可愛いとは、思うけど」


 ……そう。これが駒瑠とのいつもの会話。こいつは自分を自分で可愛いと言い、俺はそれに対して否定できない。だって誰が見たって可愛い顔をしているのだから。


「へへー。じゃあ、今日も泊めてください」


「いやいや、おいおい。なんでそうなるんだよ。――仕方ない、送って行ってやる」


 こんな可愛い子が、なぜ俺に懐くのか。理解が出来ない。後で手痛いしっぺ返しがありそうで恐ろしい。


「先輩、聞いてました? うちの家まで2時間かかるんですよ? 私を家まで送ったら、終電なくなって先輩が帰れなくなっちゃいますよ?」


「――お前。はかったな?」


「へへー。いいじゃんいいじゃん。明日は先輩バイトお休みでしょ? 新作ゲーム持って来たんですよ。一緒にやりましょ?」


 なぜか、こいつには俺のバイトのシフトを把握されている。たぶん俺のバイト先の店長から聞き出しているのだろうけれど。はぁ、俺の大事な個人情報、漏らすなよ……と思いつつ、店長には世話になっているから文句も言えない。しかも……


「え、新作ゲームって、まさか。あの人気で抽選に当たらないと買えないと噂の“Tottotoトットト Kuttsukiyagareクッツキヤガレ”!?」


「ふふー。そうです。あの今話題のTKです! 先輩やりたがってたでしょ? このゲーム。ちゃんとツテを使ってゲットしておましたよ、先輩!」


 もうお気づきかもしれないが、こいつは愛想の良さと巧みな話術で交友関係が広いのだ。まさか、あの人気のTKまで手に入れているとは……。


「マジか。駒瑠さすが。やろう。さっさとやろう。マジで俺、それやりたくて仕方なかったんだ!!」


「……へへー。じゃあ、さっそく、お邪魔しまーす」


 気付けば俺は今日もまた、駒瑠を部屋にあげてしまっていた。





「あーくそ。もうちょっとなのに!! くっつけ!! くっつけぇえええ」


「あーーおしい。時間切れぇえええ!!」


 駒瑠が持って来てくれたこのゲームは、ゲーム内の部屋の中に転がったいろいろなものを玉状にくっつけてどんどん大きくしていくゲームだ。こんな単純なゲームなのに、この単純さがウケて今大人気で手に入らない。


「あーやばいな。めっちゃ面白い。このゲーム、発売してすぐなのにお前よく手に入れられたな」


「へっへー。先輩がやりたがってたから、喜ぶかなって思って。褒めてくれてもいいんですよ? 先輩」


 言いながら、駒瑠は俺の身体に抱き着いてきた。駒瑠の質量のある胸が俺の腕に押し付けられていて、どうにも俺の理性が困る。


「よしよし、よくやった。しかし、お前までくっつかなくていい」


 なので俺はそーっと駒瑠の身体を引き剥がした。


「ちぇー。つれないなぁ、先輩は。そろそろ喉渇いたでしょ? どーぞ。先輩の好きなカルピスレモンです」


 すると駒瑠は持参して冷蔵庫に冷やしていた飲み物を、俺がゲームに夢中になっている間に取って来てくれていたらしく、蓋を開けて差し出した。


「あ、サンキュー。さすが駒瑠。気が利くな」


「でしょ? そして私もカルピス(ごくごくごく)」


「え?」


 見れば俺が勢いよく飲んだカルピスレモンはアルコールが入っていて。駒瑠が飲んだカルピスサワーもまた、アルコールが入っている。


「……お前、謀ったな?」


「へへぇ。何のことれすかー?」


 駒瑠のほっぺは一瞬にして、ピンクに染まっている。


「お前。酒弱いのに何で酒持ってくるんだよ」


「えー。おさけによわいの じかくしてるから飲み会ではあんまりのまなかったの、えらくないですか?」


 駒瑠の呂律もすっかり怪しくなっている。こんな一瞬で酔うなんて。


「いや、それは偉いけど。だったらなんで俺の部屋で呑むんだよ」


「だって。せんぱいといっしょに、のみたかったんだもーん」

 

 言いながら、駒瑠はまた俺の身体に抱き着いた。いい加減にして欲しい。こんな夜に女の子一人で一人暮らしの男の部屋に来て酔っ払うなんて。俺の理性狂わせに来てるのか。


「おい、駒瑠。あんまりくっつくな。襲うぞ?」


 少しくらい、襲われる可能性があることを自覚して欲しい。


「またまたあ。せんぱいの部屋になんどもこうしてとまりにきてるのに。いちどもそんなことにならないじゃないれすか。せんぱいは世界一アンゼンすぎていやになっちゃう」


 くそ。こいつは。俺の気も知らないで……。


「あーなんか身体ぽかぽかして、ねむくなってきちゃいました。このまませんぱいのひざ枕でねちゃおーっと」


「おい、駒瑠」


「あ、せんぱいはこのままゲームしててもいいれすよ? おかまいなく」


 駒瑠はそのまま俺の膝枕で寝始めた。無防備にもほどがある。


「おいおい、そういうわけにもいかないだろ。俺のベッド使っていいから布団で寝ろ。風邪ひくぞ」


 俺は駒瑠の背中をトントンとしながら促したのだけど。


「えー? めんどくさいれす。せんぱい、つれてって?」


 駒瑠は俺の腰に腕を回してやっぱり抱き着いてくる。自分で立つ気はないらしい。


「あほ。こっちがめんどくさいわ」


「じゃあ、このままここで寝るからだいじょぶでーす。かぜひいたらせんぱいが、かんびょうしてくれるでしょ?」


 こういう時。駒瑠はやっぱり小動物のようだと思う。聞く人によれば大概なことを言っているはずなのに、その愛らしい顔と言い方で、嫌な気がしないのだから。


「まったく。しょうがないなあ……。ほら、布団連れてくから捕まって。

よいしょっと」


 仕方なく、俺は駒瑠の身体をおんぶした。俺の背中にやたら柔らかいものが当たる。


「へへー。せんぱい優しーい。すきすき」


 駒瑠はまるで警戒心などないように、俺におぶられて俺の背中に頬をすりすりと摺り寄せてくる。


「はいはい、それはどうも。ほら、布団着いたから降ろすぞ」


「あざーっす。んー、ふとんつめたいー。せんぱいも、いっしょにねよ? 」

 

 駒瑠は俺の腕を掴んで上目遣いで見つめてくる。子犬っぽいその瞳、自覚してるのだろうか。


「あほ。俺の身体で布団温めようとするな」


「えーちがうよ? せんぱいのからだが恋しいだけだよ?」


 ……余計ダメだろ。俺の理性崩壊するわ。と、思った時。


「えいっ!」


 駒瑠が俺の腕を引っ張った。


 油断してた俺はバランスを崩して駒瑠の方に倒れてしまう。


「へへ。せんぱいのからだゲットー。……いっしょに、寝よ?」


 するとすかさず駒瑠は俺の首元に両腕を回して抱き着いた。

 俺は俺で、駒瑠をおぶってベッドまで運んだこともあって少し酔いが回ってきているというのに。実は駒瑠だけでなく、俺も酒に強くはない。


「こら、駒瑠。抱きつくな。胸が当たる」


「えー、だめ? ……せんぱいなら、さわってもいいれすよ?」


 駒瑠は明らかに酔った顔で、俺の顔を見つめて困らせて来る。


「おまえ、……誘ってんの?」


 さすがに俺の理性も限界だぞ?


「じゃあ先輩は、私が誰にでもこんな事する女だとでも?」


 さっきまで酔ったふにゃふにゃした言い方だったくせに。こういう時だけははっきりと言ってくるのが、また俺の理性を崩壊させにきてると感じる。まさかさっきまでのは酔ったフリだったのだろうか。


「そんなこと言ってると、……ほんとに襲うぞ?」


 我慢の限界とばかりに言ってみたら。


「やっぱやーだ。酔った勢いとか、いやでーす」


 駒瑠は俺の首元に両腕を回したままの至近距離で言い放った。


「お、おまえっ。くっそ……」


 嫌だと言われて襲うほど俺も落ちぶれていない。『男たるもの、紳士であれ』と、俺は俺の中での格言を心の中で唱えて理性を奮い立たせた。すると。


「ふふふ、やっぱり先輩は、世界一アンゼン、ですね。今日は酔った勢いのまま、大人しく襲われてください。……でも、シラフの時なら仕返し……してくれてもいいですよ? たくさん」


 そして俺はそのまま、策士な駒瑠に唇を奪われ襲われた。


 くっそ。駒瑠の唇、どんだけ柔らかいんだよ。そしてどんだけ押し付けて来るんだよ。


 ……俺、もうシラフになっても理性保てるか分からないんだけど。

 俺はこの日完全に、可愛い後輩駒瑠によって、理性を崩壊させられた。


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