マロウブルー 6
「はじまりは些細な勘違いからでした。私は読書が好きで学校でも授業中には基本的に勉強か読書をして過ごしているんです。たまに読むことに夢中になってしまうことがあって、周りから何を言われても気づかないんです。秋ごろのことでした。学校の休み時間にその状態になってしまい、クラスメイトから話しかけられたそうなのですがそれがわからなくて。私がクラスメイトの子を無視している、という噂が広まってしまったんです。ただでさえ普段は読書や勉強ばかりしているという周りからのイメージもあるんでしょうが誰も疑うことなくその噂を信じたんです。その日から私はクラスの女子から嫌がらせを受けるようになりました。最初は上履きを隠され、箸を隠され、教科書を隠されました。私が何も言わないのをいいことに日に日に嫌がらせはエスカレートしていき、挙句私は放課後、暴力を受けるようになりました。これはその跡です」
自分の左腕に視線を向け、そっと右手でそこに触れる。
聞いているだけでも胸が痛む話だ。
どうしてそこまで彼女に困難が押し寄せるのだろうか。
「そしてある日の放課後、その女子連中の友人である男子からも暴力を受けたんです。その日はたまたま運よく巡回の先生が来たので難を逃れたんですが、あの日以降、いつなにをされるかわからない日が続いて、学校に行くのが怖いんです」
一通り話し終わった後、少女は再び先ほどの表情に戻り、それでも何かを必死に耐えている表情を見せた。
これまでの話を僕が聞いて、理解できる彼女の苦しみなど氷山の一角でしかない。いや、理解できるなんて傲慢かもしれない。
「......そうでしたか。ご家族の方はその痣についてなんと?」
「家族にはぶつけたと話しています。あまり心配をかけたくないので」
「なるほど……お強い方ですね」
「え?」
少女は目を丸くしてこちらを見てくる。
「お話を聞いていて思いました。ご自分のことよりもご家族のことを心配されていらっしゃる。私がもしあなたなら、自分のことしか考えられていませんよ」
これまで誰も彼女の苦しみに気づくこともなく、近づくこともなく、誰もが彼女という存在を蔑ろにしてきた。
到底高校生の少女に耐えられる域ではないだろう。
それでも懸命に生きて、歯を噛み締めながら今にも崩れそうな崖に追い込まれた彼女を僕は救いたい。いや、救わなければいけないのだ。
「今まで誰にも話したことはないのでしょう。ここまでよく我慢されました。お恥ずかしい話ですが、当店には滅多にお客様は来店されません。それにもう夕暮れです。この場にいるのは私とあなたとそこの狐だけです。少し、我慢するのをやめてみませんか?」
そう言うと、少女は震えた手でメガネを取り、両手を目元に抑えた。
大粒の涙が絶え間なく流れ続けている。
人の本当の強さは優しさに出る。痛みを知り、乗り越えることのむずかしさや辛さを知る人こそ、誰かに寄り添うことができる。
僕はそんな人たちに支えられてきた。
今度は僕の番だ。
ハーブティーの香りが漂う、静かで小さな喫茶店に少女の暗い悲しみと恐怖と明るい少しの安堵の色を含んだ苦しい泣き声がただ響く。
これが彼女が強い何よりの証拠だ。
少女の空になったカップに再びハーブティーを注ぐ。湯気を立て、再び注がれたハーブティーは先よりも濃く、深い青でカップを染めていた。
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