マロウブルー 5

「店長さんと似ている、と言うと失礼かもしれませんが、私の家は代々医者の家系なんです。父の家系が古くから続いていて、父と母は政略結婚のような形での結婚だったそうです。父は医者というものに強い誇りを持っていて、生まれてくる子供にも医者になるように育てるつもりでした。祖父の影響もあるのかもしれません。母は父とは対照的で子供の好きなことをさせてあげたいと言っていたそうです。跡取りという問題もありました。母は男の子を生むことを強く求められたそうです。でも私が生まれてしまった。家を守るため男の子を生むまで両親は子作りを続けました。二人目も女の子、三人目も女の子、四人目にしてやっと男の子が生まれました。母は強いストレスと出産の体への負担のせいで体が弱くなり、病院での生活が中心でした。私は長女として母の代わりをしなければいけません。学校が終わると父から強制されていた塾へ行き、それが終わるとスーパーで買い物をして妹たちのために夕食を作る。そんな小学生時代でした。受験をして私立の中学校に入学し、学校では上位を維持するように過ごしました。毎日毎日塾で部活もしませんでした。友人もできずに、そのまま卒業し、偏差値の高い高校に入学したんです」


 僕は今まで目の前の少女を中学生だと思っていた。

 高校生、それも運動や娯楽というものに触れてこなかったのだろう。父親への恐怖心と母親や妹、弟への愛情。それが彼女を苦しめている元凶だ。だがそれを排除することはできない。自由になる方法をわかっているが彼女はそれができないのだ。


「もうつらいんです。今から友達を作ることだって、私にはできない。それに……」


 彼女が何に悩み、何に苦しみ、何に抗おうとしているのか、少しずつ伝わってくる。だが、彼女に深く残っている傷跡、最も彼女自身を苦しめているものはおそらくそれとは別物だ。


「お客様」


「はい?」


「人はどんな相手であっても、本当に話したいことを中々口に出せない生き物です。それが深ければ深いほど自分のことや相手のことを考えてしまう」


「なにが言いたいんですか?」


「本来、私から言うべきことではないのでしょうが…」


 手に持っていたカップを置き、少女の左腕を指さす。


「そちらの痣、どこかでぶつけられましたか?それも複数個所」


「……なっ、なんで、ファンデで隠してるのに……」


「痣はできたばかりのものは赤や青、黒などの色になります。それから緑色に変わり、最終的には黄色になり目立たなくなっていく。右腕のほうは赤みが残っているのに左腕のそちらはもう緑色から黄色になろうとしている。脚にも同じような痣がありますね。持病などでない場合、日常的に暴力を受けている、ということが考えられます」


「……」


 「無理にとは言いません。ですが話すことで何か変わるかもしれません」


 「大丈夫です。店長さんなら……」


 手が震えている。

 自分で気づき、両手で抑えながら重い口をゆっくりと開いていく。

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