マロウブルー 4

「高校時代、自暴自棄になって家を飛び出したんですよ」


 この店に立ち、飲物を提供する僕の正体は、自分の責務から逃げ、自分の運命から逃げ、自分に降りかかる重圧からも逃げ続けた醜い男の末路だ。


「逃げてもいいんですかね…?」


 目の前の少女はきっと、多くの困難を乗り越えてきたのだろう。僕のように逃げることなく立ち向かい、傷ついた心と体が休まる暇もなくどんどん広がっている。


「立ち向かうということは勇気も覚悟もいることだと思います。自分の確固たる意志がないと折れてしまいそうになる。自分の心と体が自分の意志に追いつかないときには、逃げてもいいんだと思いますよ」


 まったく、どの面を下げて言っているのか。

 大した勇気も覚悟もなく、自分の意志を貫くことすらできなかった自分が、まるで勇者のような口ぶりだ。

 自分の背中から漏れる目を背けてきた過去が黒く、重く、歪な線を描くように僕の腕に巻き付いてくる。

 今日はいつもになく自分の過去を思い出してしまう、そんな一日だ。それほど目の前の少女に自分を重ねているのだろう。


「…怖いんです」


 少女の感情の根幹にあるのはきっと、いつかの僕が抱いていたそれと同じようなものだろう。

 少女は話を続けた。


「自分が築き上げてきたものが崩れてしまったら、私が今までしてきたことが無駄になってしまう。でも今のまま、ふらふらと現実と理想を行き来するのは嫌なんです」


 詳しい事情は知らない。

 だが、少女が抱いてしまっているその感情は、この社会に生きる私たち大人がこれからの社会を担う子供たちに背負わせてしまった大きな枷であり、無責任な教育の副産物だ。少女のような子供は、この日本という国において多くいるだろう。


 それならば、おとながとるべき責任はただ一つ。


「そのようなことをお考えになるということは、何かしらの思いと過去があるのでしょう。私でよろしければお話、お聞きいたしますよ」

 

「……不思議ですね。誰にも話したくなかったのに店長さんになら話してもいい気がしてきます」


 「ありがとうございます」


 少女は一つ一つ、ゆっくりと言葉をつなぎながら自分のことを打ち明けていく。

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