マロウブルー 3

「いい香りですね。落ち着きます」


 ハーブの香りが少しずつ店を包んでいく。


「ありがとうございます。私も好きです。この香り。心がほっと暖かくなるんです」


「……ほんとうですね。暖かい……」


 今日は4分がベストだ。

 それに合図がすでに出ている。

 温めておいたカップに茶こしを使って注ぐ。


「どうぞ。ハーブティーでございます。ストレートはもちろん、お好みで甘さが必要でしたらこちらのはちみつやレモンなどお使いください」


「きれいな色……水色?」


「はい。そちらマロウブルーというハーブティーでございます。お湯を注いだ直後は鮮やかな水色でそちらのレモンを入れる量とともに色が変化していく少し変わったハーブティーです。1滴、2滴とレモンの量を少しずつ調節しながらお楽しみください」


 一口。

 恐る恐るではあるがハーブティーを口にした。

 みるみる表情が明るくなり、一口、また一口と幸せそうに飲んでいく。


「おいしい……おいしいです」


「ありがとうございます」


「レモンを入れると変わるんですよね」


 そう言うと、目の前にあるレモン汁の入った容器を手に取り、1滴、2滴と混ぜていく。


「ほんとうだ、変わった。今度はきれいな紫……おいしい」


 表情が柔らかくなっていく。


 うん、少しはいい色になってきた。



 コトン



 カップを置き、少女がこちらを見つめてくる。


「どうかしましたか?」


「あ、いえ、その……」


「何かありましたらなんでもおっしゃってください」


「……ど、どうして、ここまでよくしてくれるんですか?私なんかに」


 少女の心に大きく被さる黒い色。

 それに色が妙にぼやけている左腕。

 これはもしかすると…


「どのようなお客様であっても私のやり方は変わりません。すべてのお客様が大切な存在です。最後店を出るときに、よかった、と思っていただけるように私は全力を尽くしたいんですよ。それがたまに厚かましいと思われることもあるんですがね」


 頭の裏に手を当てて話す僕を少女はまじまじと見ていた。


「……楽しそうですね」


「そうですね……まさか学生時代、自分が将来こういうことをしているとは想像もしていませんでした」


「て、店長さんは、学生時代、目標とかあったんですか?」


 数分後、言いたいことを考えながらもじもじとしていた少女が口を開いた。


「目標ですか、そうですね…私は生まれてからというものあまり選択肢のない人生だったんです。親が、というか私の家の者は皆軍人だったので当然のように私も軍人になるように育てられました。そういう点でいうと、親が望んだ人間になること、だと思います」


「じゃあなんで今、ここで……」


 はっと何かを思い出したように少女は口をつぐんだ。

 何か心当たりがあるのか、失礼なことを聞いてしまったのかもしれないと自責の念を抱いたのか。どちらにしても少女の表情はまた暗くなってしまった。


「逃げたんです」


「え…?」

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