マロウブルー 2
「この子はうちの看板狐なんですよ。いつの間にか居ついちゃいまして。今ではこの子もうちの立派な従業員なんです」
「は、はあ……あ、あの、それで帰り道は……」
「店を出て、タイルの床を辿っていただければもと居た道に戻れると思います。ですが道中かなり入り組んでいて、いくつも道が分かれているのでこの子が帰りも案内してくれます。ただ……」
「ただ?」
「この子は少々気まぐれでして。私の言うこともあまり聞いてくれないことがあるんですよ。その気になったら自然とお客様を案内してくれると思いますので、いかがです? それまで、店内でゆっくりされていかれては」
まるで新手の詐欺をしているかのような言い方だ。自分で話していて気持ちが悪い。
「で、でも私、お金ないです」
「大丈夫ですよ。今回はこの子が原因ですので、お代は結構です」
「あ、いやえっと……わかりました。ありがとうございます」
一瞬ためらったあとで何かに納得したようだ。
「いえいえ、ではお好きな席におかけください」
僕が声をかけた後、彼女は恐る恐る歩き、カウンター席に座った。店内をじろじろと見渡している。
「では、ご注文はいかがなさいますか?」
「えっと、メニューもらっていいですか?」
「すみません、当店はメニューがなくてですね。基本的にお客様から言っていただいた物をお出ししています。なんでもおっしゃってください」
困惑した表情の少女。それもそうだ。僕だってメニューがない店なんて聞いたことがない。やっぱり何か作るべきだろうか…
「あ、あの、私、喫茶店とか初めてで、何があるとかよくわからないんです」
「なるほど、かしこまりました。では、先日仕入れたばかりのハーブティーがございます。店長おすすめ、ということでいかがでしょうか?」
「は、ハーブですか……」
「ハーブと言いましても一般的にハーブとは料理の香りづけや香料、保存料として使用されます。ハーブティーは植物のもつ香りや色を楽しむものです。リラックス効果などもあるので心配されなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。じゃあそれで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
棚を開け、ハーブが入ったパックを取り出す。
一人分の量をとり、小さく刻む。ティーポットにそれを入れ、温かいお湯を注ぐ。
これにはオレンジピールをブレンドしよう。
沈黙が店を流れ、時計の音だけが耳に入る。
これはまずい。
「ハーブはどこの部位を使っていれるかによって抽出する時間が異なります」
「え?」
「花や葉、茎などの場合は3分から5分ほど。根や種、実、皮の場合は5分から8分ほどなんです。当店のハーブはそれらが混ざってしまっているので毎度毎度、抽出時間が変わってしまうんです。もちろん部位の大きさやお好みの濃度によっても変わりますが、当店では私がベストな時間で抽出しております。本日はハーブの花を使用させていただきます」
「そんなことできるんですか?」
「はい。私にはできるんです」
そう。
この奇妙な能力こそ、僕がこの店を続ける理由であり、忌まわしい呪いなのだ。
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