第7話 キッチン
それからもフランは毎日、メニューを工夫しながら食事を作り続けた。
ギルの好みに合う料理を探しながら、健康を考えてバランスの取れた食事を作り続ける。
(今日も全部食べてる)
出した食器が空になる日を数回繰り返しているうちに、フランは少しずつ、ギルの好みが分かってきた。
香草の料理が意外と好きであること。
固いニンジンはあまり好きでは無いけれど、しっかり煮込んでいるとよく食べること。甘い料理は好きでは無いが、デザートは好んで食べること。
ミルクを出したり、ポテトが入っている日はグレッドの食べが悪くなること。
果実類は好きだけど、多くは食べられないこと。
(ポタージュはクリア。いずれ生のニンジンを食べさせてみたいな……)
フランは観察ノートをつけるようになっていた。
ギルが食べたもの、食べなかったもの。
味付けの好み。
(幻獣の飼育員になったみたいだ)
フランには、自分がペガサスか何かの世話係になったような気がしてならないのだった。
ある晩、フランがキッチンで夕食の準備をしていると、廊下から足音が聞こえた。振り向くと、そこにはギルが立っていた。
「え……ギル、さん」
彼はやや疲れた様子ではあったが、その目には以前にはなかった輝きが宿っていた。銀髪がはらりと首に落ちて、少しやつれた頬をして、ギルは口を開いた。
「今日は……何を作っているの?」
その問いかけに、フランは驚きと喜びで胸がいっぱいになった。
ギルが自分から話しかけてくれるなんて。
(しゃ、しゃべった!)
喋らない生き物が喋ったという驚きが、フランの胸を去来した。
「今日はトマトとバジルのスープを作っています。お腹が空きましたか?」
ギルは小さく頷き、フランの方へ一歩近づいた。
(う、うう、動いた!)
フランは謎の感動に包まれていた。
あまり刺激しないように、なるべくゆっくりと視線を動かす。
ぼんやりした様子のギルは、宝石のような緑の瞳と長い睫毛をゆっくりと動かしてた。そして、キッチンの横の小さな丸いテーブルに座り、フランがスープを用意するのを静かに見守っていた。
(うわ、見てる。幻の生き物に……見られている……)
やたらと顔の綺麗な人間は、もはやフランの知っている人間とは別の生き物に思える。
髪が伸びて、うっすらと髭がはえて、寝起きのような有様なのだが、これほど庇護欲を煽ってくるとなると、きちんと整えた状態のギルはどうなってしまうのだろうか。
見て見たいような気もするが、このままでもいいような気もする。
とにかく丁寧にスープを盛り付けよう。
フランは集中して調理を終わらせ、ギルの前に完成した料理を置いた。
このまま食べるだろうか。
野生動物に餌をやるときのような心境で、フランはそっと距離をとって見守った。
ギルはしばらくぼうっとスープを見ていたが、ゆっくりフランを見て、その後、おそるおそるスプーンにひとさじすくって、口をつけた。
(お、おおおおお! 食べた! 食べてる!)
フランは叫びだしたい気持ちを圧し殺して、なるべく気配を消すことに専念した。
驚かせてしまえば、このハーフエルフなるものは飛び立ってしまいそうだ。
ためしにやってはみたけれど、まさか本当にここのテーブルで食べるとは思わなかった。
ギルははスプーンを手に取り、もう一口食べた。
そして、ふと、フランの心臓を握りつぶしてしまうような、微笑みを浮かべた。
「美味しい。フラン、本当にありがとう」
それはまさしく凶悪な美貌だった。
(ぐ……眩しい……!)
天然の美しさはなぜこんなに心臓に悪いのだろう。
仕組まれたあだっぽい化粧とは全く違う、本物をフランは見ているような気がした。
「あ、ありがとうございます……」
フランはそう言うのが精一杯だった。
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神の愛した歌声はひんやりスイーツがお好き ~不思議なお屋敷の主は歌えなくなった稀代の歌手でした~ 丹空 舞(にくう まい) @vimi831
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