参 クリング その一

こんばんわ。

ユキエと申します。


皆さんは、他の人から向けられる、負の感情に気づいたことがありますか?

多分あると思うんですよ。


例えば、相手の表情とか、声色とかから、悪感情って伝わってきますよね。

そういうことに敏感な方も、中にはいらっしゃると思います。


でも私の場合は、敏感を通り越して、直接それを感じ取ることが出来るんです。

実際の感覚として。


人から人に向けられる嫉妬とか、憎悪とか、そういう負の感情というのは、信じられないかも知れませんが、相手の体に纏わり付くんですよ。


そして私は、自分の体だけではなく、他人の体に纏わり付く、そういう感情を、皮膚感覚として感じることが出来る、特異体質を持っているんです。

信じて頂けないかも知れませんけど、事実なんです。


ただ、誰から向けられた感情なのかまでは、さすがに分からないんです。

その点は皆さんと同じで、相手の表情や態度から察するしかないんですけど。


そして残念ながら、良い感情は感じることが出来ないんです。

悪い感情しか感じられないというのは、結構へこみますよね。

分かって頂けますか。


そういう、体に纏わり付くもののことを、私は<クリング>と呼んでいます。

英語のclingの直訳なんですけど。


感情の量とか強さは、<クリング>の大きさに、如実に反映されるようです。

一時的なものであれば、すぐに消えてなくなります。


でも継続する感情や、強い感情から生じる<クリング>は、いつまでも体に纏わりついて、体表面を動き回るんです。

感情の強さに合わせて大きくなりますし、感触も明確になるんです。


私が自分のこの体質をはっきりと認識したのは、小学校五年生の時でした。

それまでもずっと、感覚としては持っていたんですが、それが何なのか分からなくて。

ただ、自分が他人とちょっと違っていると、思っていた程度だったんです。


小さい頃から、自分の体の表面を、何かが這いずり回るような感覚はありました。

子供だった私には、とても怖いことだったんです。


両親に訴えて、大きな病院に連れて行かれたこともありました。

でもお医者さんからは、単に皮膚感覚が、通常より敏感だと言われただけでした。


そうそう、小学五年の時の話でしたね。

当時私と仲の良かった友達に、アユミちゃんという子がいたんです。

登校班も一緒で、帰るのも遊ぶのも、いつも一緒でした。


アユミちゃんは明るくて活発な子で、顔も可愛かったので、男女問わず、同級生から人気があったんです。

特にクラスの男子には人気があって、結構モテる子でした。


そんなある日、体育の授業前に、体操着に着替えている時でした。

偶然隣で着替えていたアユミちゃんの二の腕に、私の腕が触れたんです。


その瞬間、ぞくぞくするような感覚が、私の腕に伝わって来ました。

VRってご存じですよね?


ゴーグルの中の映像を通して見ている、実際にはそこに存在しない物に、触れているように感じる。

あれです。

あれと同じような感覚だと思って下さい。


しかも物凄く嫌な感じ、そう、悪意ですね。

凄い悪意を感じさせる、そんな感覚が、アユミちゃんの腕から伝わって来たんです。


私は驚いて、思わず手を引いてしまいました。

アユミちゃんは、どうしたの?――という表情で私を見ていました。


彼女には、「何でもない」と言って誤魔化したんですが、その時になって私は、小さい頃から自分が感じていたものの正体に、気づいてしまったんです。

それは他人から向けられる悪意、負の感情だったんです。


アユミちゃんの体に纏わり付いていたものが、誰からの、どのような感情だったのかまでは、今でも分かりません。

でも多分、人気者だった彼女に対する、妬みだったんじゃないかと思います。

あれだけ強い感情だったので、もしかしたら複数人からの嫉妬だったかも知れません。


アユミちゃん自身は、自分に纏わり付いている<クリング>に、まったく気づいていませんでしたし、そのことで体調を崩したりすることもありませんでした。


なので私は、時々彼女と手を繋いで、<クリング>が大きくなってたりしないか、確かめるようになりました。

アユミちゃんのことが心配だったんです。


幸いなことに、彼女に纏わり付いていた<クリング>は、時間と共に薄れて消えていきました。

周囲の誰かの妬みの気持ちが、時間と共になくなって行ったんでしょうね。


そして不思議なことに、アユミちゃんの<クリング>に触れるようになって以後、私の<クリング>への感受性が、飛躍的に高まったんです。

自分に纏わり付いていた<クリング>も、以前よりもはっきりと認識するようになっていました。


しかし幸い、私自身に向けられる負の感情は、それ程深刻でもなく、一時的なものが殆どでした。

まあ、それだけ私に向けられる、周囲の関心の度合いが、低いということなんですけどね。


それでも電車やバスに乗っている時に、偶々強烈な<クリング>に憑かれている人に触れてしまうと、とても嫌な気分になるのです。

そのことだけは、閉口しましたね。


ただ、直接皮膚同士が接触しない限り、<クリング>を感じることはないので、真夏でも常に長袖の服を着て、パンツさえ穿いていれば、何とか凌ぐことは出来たのです。


しかし一つだけ、どうしても人と皮膚を接触させるのを、避けられないことがありました。

そうです。

結婚です。

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