弐 カクテルパーティ効果 その一
こんにちは。カナコです。
商社に勤めています。
唐突ですが、<
ないですよね。
私、子供の頃から、凄く耳がよく聞こえるんですよ。
それで興味があって、聴覚のことを少し調べてみたんです。
<両耳聴効果>というのは、片方の耳で聞くよりも、両方で聞いた方が、音が大きく聞こえたり、音のする方向とか、音源までの距離とかが、分かったるすることなんだそうです。
そして<両耳聴効果>の中に、<カクテルパーティ効果>と呼ばれるものがあるんです。
皆さんも経験があると思うんですけど、大勢がざわざわ話している場所で、特定の会話だけがよく聞こえることってあるじゃないですか。
あれのことです。
普通<カクテルパーティ効果>というのは、自分が興味のある会話だけを取捨選択して、聞き取るらしいですね。
でも私の場合は少し違っていて、興味はなくても、特定の会話だけが、耳に入って来るんです。
それは、この世のものではない者たちの声なんです。
子供の頃から、そういう声は聞こえていたんです。
大人になってから、もしかしてそれは幻聴で、自分が精神を病んでいるんじゃないかと、悩んだこともありました。
でも本を読んで調べた限りでは、そういう類のものではないんですよね。
つまり私は、この世のものではない者たちの声を、実際に聞いているんですよ。
信じられないですか?
でも事実なんです。
これからお話しするのは、それに纏わる経験なんです。
最初にその声を聞いたのは、年度末の決算期で、オフィス中が殺気立っている時でした。
毎年決算期には、皆忙しくて、気が立っているんですが、その時は特に異常でしたね。
大口の取引が幾つも重なって、例年にも増して、てんやわんやの状態だったんです。
そういう時って、どうしても言い方が、きつくなりがちなんですよね。
「あいつ、超ムカつくんですけど」
『誰がムカつくんだ?』
必死で伝票の数字とデータを照合する、私の耳に聞こえたのは、そんな会話でした。
後の方の声は私の経験上、この世のものではない者の声でした。
周囲はざわついていたのですが、その小声の会話は、妙に鮮明に耳に届いたのです。
私は仕事の手を止めて、思わず会話に聞き入ってしまいました。
「ケイコの奴だよ。たった二個先輩っつうだけで、すっげえ偉そうに命令してくんの」
『それはムカつくな』
ケイコというのは、私と同期の子でした。
ということは、声の主は私より二年後輩ということになります。
該当する子は三人いましたが、小声だったので、声の主が誰なのかまでは特定できませんでした。
「さっきも伝票山程持ってきて、『今日中に処理しといてね』だって。
自分でやれっつうの。
マジ、ムカつくわ」
『そんなにムカつくんなら、やっちまえよ』
「あれ使っちゃうか」
『使っちゃえ。使っちゃえ』
会話はそこで途切れたのですが、私はその子が何をしようとしているのか、とても気になりました。
それで、同期のケイコに、誰に伝票処理を頼んだのか、訊いてみようと思ったのです。
しかしその時、上司から追加の伝票処理を命じられ、結局は忙しさに紛れてしまって、訊くことは出来ませんでした。
そのことを、私は今でも後悔しています。
その日のランチタイムに、とんでもないことが起こったからです。
伝票処理が一段落ついて、私がランチを買いに出かけようとした時でした。
「おい、どうした?大丈夫か?」
男性社員の大声が、広いオフィス中に響き渡ったのです。
その声に、オフィス中が騒然となりました。
驚いて見ると、オフィスの一角に社員が集まって、そのうちの何人かが、大声で怒鳴っていました。
私は、その一角を取り囲むようにしている社員の一団に近づき、事情を訊きました。
「ケイコが突然苦しみだして、倒れたんだって」
一人の説明を聞いて、私は息を呑みました。
先程聞いた、会話を思い出したからです。
その時、後ろの方から、小さな声が聞こえてきました。
「やったね」
『やったね』
咄嗟に私は振り向きましたが、騒然とする人ごみに紛れて、声の主を見つけることは出来なかったのです。
結局ケイコは救急搬送されたのですが、意識が戻ることなく、翌日息を引き取ってしまいました。
そのこと自体も衝撃的だったのですが、その後に、もっと衝撃的な事実が分かったのです。
ケイコの死因は、毒物による急性中毒だったのです。
そのことが私たち社員に知らされたのは、彼女が救急搬送された翌日、警察の人が大勢オフィスに来た後でした。
警察の人たちは、オフィス内のあちこちを、入念に調べていました。
そして当時オフィス内にいた社員全員が、事情聴取を受けたのです。
当然私も、その中に含まれていました。
しかし昨日聞いた声のことを、警察に話す訳にもいかず、結局何も知らないと説明するしかありませんでした。
オフィス内は年度末の決算そっちのけで、大騒ぎになっていました。
皆が、同じオフィス内に毒を盛った犯人がいるんじゃないかと、疑心暗鬼になって、とても刺々しい雰囲気になっていたのです。
そして私は、あの会話を聞いてしまったために、犯人が二年下の後輩三人の中の一人であることを、確信していました。
その日から私は、さりげなく三人の挙動に目を配るようになっていたのです。
三人のうち一人は、サエコという女子社員で、割と大人しい控えめな雰囲気の子でした。
もう一人の女子は、ショウコを言って、サエコとは対照的に、活発な子でした。
最後の一人は、ミチオという男子社員でした。
三人とも去年の新入社員で、うちの部に配属されていたのでした。
そして私が見る限り、三人の挙動に不審な点はなかったのです。
あれ以来、あの日の会話も聞こえてきませんでした。
そしてケイコの事件から、二週間が過ぎた頃でした。
また事件が起きたのです。
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