孤独と憂鬱と将来と(仮)

姫川翡翠

前編

『昨日夕方、○○○○さん(18歳)が自宅で首を吊って亡くなっているところを、帰宅した母親に発見されました。警察は自殺をはかったものとして調べを進めているようです。取材したところによれば、○○さんは大学生で……』

 朝、つけっぱなしのテレビから流れるニュースで目が覚めた。昨日は寝落ちしてしまっていたらしい。自分のだらしなさにうんざりする。

 昨日の朝は暑かったのに、今朝は少し寒いくらいだ。春の気候は本当に煩わしい。ジャージの上から軽く肌をさすりながら体を起こそうと思った。けれど起こさなかった。面倒くさい。この気持ちでいっぱいだった。ソファで寝ていたせいで身体も少し痛い。

 仰向けになって天井を見つめる。


「つらいなぁ」


 何となしに呟く。言葉は現実に影響する。だからこういう呟きは良くないってわかっている。わかっているけれど、言わずにはいられなかった。

 楽しいゴールデンウィークの初日。ううんと有意義に過ごそうと思っていたのに、スタートからこれでは先が思いやられる。

 明日から頑張ると言って明日の予定を立てるのがあんなに楽しかったのに、実際に夜が明けると何もしたくない。あるあるだけれど、他方でこれの対策が思い浮かばない。どうすればよかったのだろうか。今日やりたくないから明日からって話だ。だから今日からはできない。明日が今日になれば、明後日が明日になる。当然、繰り返されるのが世の理だろう。だから一生何もしたくないのだ。

 ……いずれにしても、自堕落なのは確かに自分が悪いが、自己嫌悪に苛まれる朝を、未来ある同世代の人間が命を絶ったという心苦しいニュースと共に迎えなければならないというのは、あまりにひどい仕打ちではなかろうか。

 それにしても、最近はこんなニュースばっかりだ。戦争、政治家の汚職、芸能人の不倫・不祥事、殺人や性犯罪事件、そして若者の自殺。他にもニュースはあるのかもしれないが、なぜか自分の頭に入ってこない。

 ソファの下に落ちているリモコンに手を伸ばし、ノールックでテレビを消す。母と父は、昨日も帰ってきていない。多分今日も帰ってこない。両親は俺が大学生になってから、この家にほとんど帰ってこなくなった。なんとなく、彼らはこことは違う別の家をそれぞれ持っていて、そしてそこには別の家庭があって、そっちで暮らしているのだろうと勝手に思っている。

 月に数回、それぞれバラバラに俺と兄の顔を見に来て、そして2人とも同じように安堵した笑みを浮かべて出ていく。時には会話を交わすことすらせずに、文字通り顔だけ見ていくこともある。なにがしたいのか本当にわからない。

 ただ、もともと家庭なんてあってなかったようなものだった。両親が会話をしているところをもう5年は見ていない。兄も大学生になってから友達の部屋に入りびたり、全然家に帰ってこなくなった。社会人になったら完全に家を出るつもりのようだ。俺も家を出ることになったら、その時はきっと両親は離婚するのだろう。その意味では、一応子どものことも想ってはくれているのかもしれない。どう考えても余計なお世話だが。

 だから、変わったことと言えば、食事の調達が他力から完全に自力になったことぐらいだ。高校までは母と父が交代でお弁当と晩御飯を用意してくれていたのだが、それが一切なくなった。そのくらいだから、別に気にしちゃいない。むしろ、毎月自分の口座に振り込まれる30万円——たぶん仕送りのつもりなのだろう——のおかげで、高校時代よりもはるかに裕福な暮らしが可能となった。生活費も学費も全て両親が払ってくれているから、仕送りから食費を差し引いた残りは完全に自由に使うことができる。実際、兄は毎月それらを使い切っているようだった。来月に就活費用と称して金額アップを父親に頼むと言っていたので、その発言からの適当な推察だが。俺は欲しいものはバイト代を溜めて買い、食費も自炊することで最低限に切り詰めて、残った全てを貯金していた。

 要するにうちは金銭的に裕福で、心が貧しい家庭の代表みたいな感じなのだ。道徳の教科書に載ったりしないだろうか。想像するだけでウキウキしてくる。

 いや、今の俺の気持ちは憂鬱なんだ。

 広すぎるリビングに響く掛け時計の秒針の音が急に気になってきた。テレビを消したからだろうか。

 いい加減起きよう。お腹が空いた。

 冷蔵庫を開けて、牛乳とバナナ1本を取り出す。横の棚から買い置きのシリアルを出し、50グラムを測って器に移した。

 ボリボリと食べながらスマホを確認すると、メッセージが一件来ていた。

『今日あそ坊主!』

 誤字なのかボケなのかわかりにくい。

『嫌や』

 返信すると2秒と待たず、

『10時に駅前でよろしー?』

『お前は何語なら通じるん?』

 既読がついて、しかし返事は来ない。

 時計を見れば、もう9時になりそうだ。シリアルを流し込んで器を片付けると、俺はバナナを食べながら着替えるために自室に向かった。

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孤独と憂鬱と将来と(仮) 姫川翡翠 @wataru-0919

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