影の住人



玲奈は都会の喧騒から逃れ、静かな田舎町に引っ越すことにした。新しい生活を始めるために、彼女は古い一軒家を購入し、その家で新たなスタートを切るつもりだった。しかし、引っ越してすぐに、彼女は家の中で奇妙な出来事に気づき始めた。


夜になると、階段を登る足音が聞こえたり、誰もいないはずの部屋で囁き声が聞こえたりすることがあった。最初は疲れやストレスのせいだと考えていたが、次第にその現象は頻繁になり、玲奈は恐怖を感じるようになった。


ある晩、玲奈は寝室で眠りにつこうとしていた。部屋の電気を消し、ベッドに横たわると、部屋の隅に何か動く影を感じた。目を凝らして見ると、それは人影のようだった。恐怖で体が動かせなくなった玲奈は、目を閉じて祈るようにその影が消えることを願った。


翌朝、玲奈は恐怖に怯えながらも家の中を調べることにした。彼女は古い屋根裏部屋の存在に気づき、そこを探検することに決めた。埃まみれの箱や古びた家具が散乱する中、玲奈は一冊の古い日記を見つけた。


その日記には、かつてこの家に住んでいた家族のことが詳細に書かれていた。特に印象的だったのは、最後の数ページだった。そこには、家族の一員が突然失踪したこと、そしてその後、家の中で奇妙な出来事が続いたことが記されていた。最後のページには、震える手で書かれたメッセージがあった。


「この家には何かがいる。私たちを見つめている。逃げるしかない。」


玲奈は背筋が凍る思いで日記を閉じた。その夜、再び階段を登る足音が聞こえ、彼女は心臓が止まりそうなほどの恐怖を感じた。眠ることができず、家の中を見回っていると、突然電気が消えた。暗闇の中で、玲奈は再び影の存在を感じた。


その影はゆっくりと彼女に近づいてきた。玲奈は恐怖で動けず、その影がすぐ目の前に立ち止まった。影は低く、冷たい声で囁いた。


「ここは私の家だ。お前がここにいるべきではない。」


玲奈は叫び声を上げることもできず、ただその場に立ち尽くしていた。突然、影は消え、電気が再び点いた。玲奈は震える手で電話を取り、助けを求めることにした。


翌朝、玲奈は地元の歴史に詳しい老人を訪ねた。彼はこの家の過去について語り始めた。この家には、かつて謎の失踪事件があり、それ以来「影の住人」が現れるという噂があったという。


玲奈はその話を聞き、家を去る決意をした。家に戻り、荷物をまとめると、最後にもう一度屋根裏部屋に向かった。そこで、彼女は壁に隠されたもう一冊の日記を見つけた。


その日記には、失踪した家族の一員が実際には影に連れ去られたことが書かれていた。最後のページには、玲奈に向けたメッセージが書かれていた。


「この家を去ることができるのは、お前がここに住むべきではないと影が認めた時だけだ。」


玲奈はそのメッセージを読み、恐怖に駆られながらも家を出ることに成功した。彼女は二度と戻ることはなく、静かな田舎町での新しい生活を始めることができた。


その後、玲奈は新しい生活に馴染み、恐怖の記憶を忘れようとしていた。しかし、数ヶ月後、彼女はある噂を耳にした。その古い家に新しい住人が入ったというのだ。玲奈はそのことに興味を抱き、再び家のことを調べ始めた。


ある日、彼女はその家の新しい住人である佐藤夫婦に会うために訪れることにした。家に到着すると、玲奈は驚愕の光景を目の当たりにした。家は以前のまま、薄暗く、重苦しい雰囲気が漂っていた。


佐藤夫婦は歓迎してくれたが、彼らの様子にはどこか不安が漂っていた。玲奈がその理由を尋ねると、佐藤夫婦は恐る恐る話し始めた。


「実は、夜になると奇妙な足音や囁き声が聞こえるんです。それに、影のようなものが家の中を動いているのを何度も見ました。」


玲奈は全身が凍りつくような感覚を覚えた。そして、佐藤夫婦に彼女の経験を話すことに決めた。


「私も同じことを経験しました。あの家には何かが住んでいるんです。影の住人が…」


佐藤夫婦は青ざめた顔で玲奈の話を聞き、恐怖を共有した。その夜、玲奈は彼らと共に家に泊まることにした。再び夜が訪れ、家の中は不気味な静けさに包まれた。


突然、階段を登る足音が聞こえた。玲奈と佐藤夫婦は恐怖に震えながら、その音の方向に目を向けた。影がゆっくりと近づいてきた。そして、低い冷たい声が響いた。


「ここは私の家だ。お前たちはここにいるべきではない。」


玲奈と佐藤夫婦は叫び声を上げて逃げ出した。家を出て振り返ると、影が家の中から彼らを見つめていた。その瞬間、影が消え、家は再び静まり返った。


彼らは無事に家を離れ、新しい生活を始めることができた。しかし、玲奈はその後も影の存在を感じ続けた。彼女がどこに行っても、その影は彼女を追い続けているかのようだった。


ある晩、玲奈は再び影の気配を感じた。恐る恐る振り返ると、そこには再び影が立っていた。そして、冷たい声が再び囁いた。


「ここは私の家だ。お前はどこにも逃げられない。」


玲奈はその言葉を聞いた瞬間、全てが理解できた。影の住人は、彼女自身の恐怖と絶望の象徴だったのだ。玲奈は恐怖に支配されないよう、強く心に誓った。そして、影に向かってこう言った。


「私はもう逃げない。あなたと共に生きることを選ぶ。」


その瞬間、影は微笑んで消えた。玲奈はその後、恐怖に怯えることなく、静かな生活を送ることができた。しかし、彼女の心の中には常に影の存在があり続けた。そして、時折その影が再び現れることを恐れながらも、玲奈は強く生き続けた。


end

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