第28話 届かない
ーーー(裏アラン)
視界は一面の闇。瞬時に柄を握る。瞼が開き、一気に眩しい光景が広がった。前傾し地を蹴る。
鋭角に動き距離を詰めると、男がばっと振り向く。やつが目を見開いた瞬間ー、俺は視線を地へ落とす。
膝を曲げ、回り込んだ。やつは俺を背中越しに見下ろす。肩を逸らし、溜めを作った。
「……っ!」
眉根を寄せ、横一閃。エディスの顔が視界の端で見えた。男の脇腹から血が噴き出す。
「うあぁぁあっ!!」
俺は半身振り向く。男は脇腹を抑え、荒い息でこちらを睨む。
「……何だ、今の……っ!」
男に向き直ると、夕陽の眩しさを感じた。
「お前……その目、その顔……」
「……」
目を伏せ、鎖骨のナイフに手を伸ばす。ナイフは黒炭となり、風に吹かれ消えた。男は冷や汗を浮かべ笑う。
「禁術の、黒魔法だな……!」
「……顔の紋様はそうだ。これは肉体強化……強力だが、負担はでかい」
視線をエディスの方へ動かす。
「あっ……」
彼女はびくっと後ずさった。俺は視線を逸らし、前を見上げる。
「まさか、そんな切り札があったとは……」
男は苦笑し、回るように距離をとる。俺は切先を真っ直ぐ向けた。
黒紫の斬撃波が、一直線に閃く。男の腕を貫き、血が迸る。やつの瞳が縮み、揺れる。
「うわぁ!!」
「……っ!」
男は剣を離し、流血する腕を抑えてふらついた。彼女が小さく震えているのが、視界にチラついた。
「……人質は取るなよ」
血を払って歩く。
「くっ……お前は何者なんだ!?」
「同じ人殺しだ」
「俺を始末するつもりか」
後ずさる男を前に、脚を止める。
「いや、捕えるだけだ。何故なら……」
屈んで手を伸ばし、足元の蔓を魔力で千切る。
「お前を裁くべきなのは、村人だからだ」
蔓と柄を片手に、男へ近づく。男は俺を鋭く睨んだ。
「……やめろ、来るな」
「……」
手を伸ばした、その時ー。俺は目を見開いた。剣を立て、片膝をつく。
「……がっ、あっ!」
口元を抑えた途端、血を吐く。前を睨み、浅く呼吸した。
「……!」
「は、ははは……! 流石に化け物には付き合いきれねぇ。じゃあな……!」
男は乾いた笑みで後ずさると、傷を押さえその場から走り去る。やつの足音が遠のいていく。
「くっ……」
俺は俯き、両膝をついて座った。
「あっ……あの……!」
エディスの震える声が横から聞こえる。
……くそ……怪我のせいで、限界が早いな。
足元の視界がぐらぐら揺れた。俺に呼びかけるエディスの声が消えていく。
結局逃したか……俺はいつもそうだ……。
柄から手が離れ、地面が近づく。視界が黒く染まった。
肝心なところで……手が届かない。
ーーー(エディス)
横たわる彼の背に生々しい切り傷が見える。私は身体を縮めその様子を見ていた。そっと手を伸ばす。
「アランさん……? アランさん!」
彼を軽く揺すり、暫く待つと上を向かせた。瞳が閉じられ紋様は消えていた。私は身を屈め、彼の胸に耳を当てる。
「……ちゃんと聞こえる」
身体を起こすと、急いで周囲を見渡す。
「早く手当しなきゃ……あ」
遠くの木の枝にマントが掛かっていた。ばっと立ち上がる。彼の足元を回り、私は駆け出す。
夕闇が忍ぶ空に雲が流れ、そよ風が葉を擦る。彼の横向く目元を前髪が隠していた。そこへ私の影がかかる。
「……」
顔を歪ませて見下ろす。肩を掴み起こした。座らせるとマントを被せ、そのまま彼を肩に担ぐ。
「……っ!」
脚を震わせながら、ゆっくり立ち上がる。私は顔に力を込めた。
……少し歩けば、民家があったはず。そこで回復魔法か処置を……!
身体をゆすり背負い直す。足先を回し、歩き出した。
踏み締めて進む森は、夕焼けに晒され長い影を落とす。緩やかな風が吹くと、大きな橙色の雲が流れていた。
ーーー(男)
夕陽を浴びる鬱蒼とした木々が見渡す限り続く中、俺は適当な木にもたれて立っていた。足先にはポタポタ血が垂れている。
「くそ……あんなガキにこの俺が……。計画が台無しじゃねぇか!」
顔を顰めて腕に包帯を巻いていた。息を吐くと、頭の後ろを木につける。
「……あのまま関所を出ていれば仲介人と待ち合わせ出来たんだが……。まさかな」
キツく閉めた包帯から血が滲み始めた。
「禁術使う化け物が村にいたなんて聞いてねえぞ……おかげで面倒臭いことになった」
脇腹を抑え背中を離すと、空を見上げる。
……俺は間違いなく始末の対象だからな。
目を細めた。木々の隙間から夕闇がもう迫ってきている。マントが揺れ、フードを手で被せると歩き出す。
しかし、不思議なガキだった。急に別人みたいになって……あぁ、そう言えば。
少し顔を上げた。俺は教会で司祭とガキの会話に聞き耳を立てていた時を思い出す。
『……実は、俺の中にはもう一人の俺がいるんです』
……そんな事言ってたな、ピンと来なくて聞き流していたが。
ふと足を止ると、目の前に小道が見えている。口の端を上げ、小道へ足を踏み入れる。
「あぁ……二度とこんな想定外はごめんだ。けど……」
道の正面に立ち、前を見据え笑う。
「だからこの仕事はやめられねぇんだよな……。くくくっ……」
マントを風に流し、小道に沿って歩き始める。青紫が夕陽を押し除けようと迫っていた。
ーーー(全知)
薄い青紫に橙が滲む空を見渡すと、灰色や橙色の雲が歪に流れている。
その空の下で、森の傾斜に沿い石造りの屋根が固まっている。
その端の方、緑豊かな通りがある。そこで人々が集まっていた。リリアンとルーカスが空を仰いでいる。
「アラン、遅いね。……大丈夫かな」
リリアンの結えた髪が風に揺れる。
「……大丈夫なはずだ。あいつは勝算があるって言ったんだ」
ルーカスは遠くを見るように眉を寄せる。握り拳を作った。リリアンは切なげに彼を見る、その時ー。
「……おっ、ニックの目が覚めたぞ!」
「大丈夫か、ニック!」
リリアンとルーカスは振り返る。仰向けの青年が起きるのを周りが囲んでいた。二人はそこへ駆け寄る。
「俺は、一体……」
ニックは呆然としていた。
「よかった……!」
「薬が効いたみたいだな」
二人が安堵の笑みを浮かべると、ニックはそちらへ顔を向ける。
「あんたらが、助けてくれたのか……?」
「……ルーカスがね」
「いや、俺は……」
ルーカスは微笑むリリアンと目が合うと、照れ臭そうに語り出す。
「……薬草は、少し勉強してたんだ。村人達から材料を貰って薬を配合した」
「薬? なんで……」
ルーカスは真剣な顔でその場にしゃがむ。
「お前は痺れ草の毒で倒れてたんだ。そいつは微量でも血中に入れば、強い効果が出る」
ルーカスは自分の首を指差した。
「だから、よく武器に塗られたりするな。お前のその、首にあった傷とか」
「私の回復魔法で治ってるけどね」
「……!」
ニックは驚いた顔で自分の首元を触った。
「そうだ……俺は怪しい男に、後ろから……!」
彼は顔を歪ませ、震える手で頭を抱える。
「何があった?!」
「おい、ニック!!」
若者達が彼を揺する。
「いや、だめだ……言ったら俺は殺され……! うっ……!」
ニックはガタガタと震え、その場にうずくまる。
「俺は失敗したんだ言われた通りできなかった、あいつが殺しに……!」
「おい、落ち着け! 何のことだ?!」
「脅されたのか?!」
ニックはそのまま啜り泣き始めた。ルーカスは顔を顰めその様子を見ている。
「……」
ルーカスの横顔が一点を見つめる、その時。彼の目が見開かれ、僅かに口が開く。すぐ口を結んだ。
「……リリアン、ちょっといいか? 思ったんだけど……」
「……」
リリアンはしゃがむ彼を静かに見下ろす。
「アランの推測は……現実味を帯びてきたかもしれない」
「……どういうこと?」
「犯人が村の外部かもって話だよ」
「……!」
前を見つめるルーカスを、リリアンは細めた横目で見る。
「この感じだと、ニックは脅されて暴れたんだろ? 毒まで盛られて……」
「つまり……?」
ルーカスは軽く俯く。
「それが偽装工作なんじゃないかな。回りくどいのは、下手に殺すと偽装しにくいからだろ」
リリアンは眉を寄せ顔を上げる。
「……うん。あの司祭様が殺しなんて流石に考えにくいし、犯人を絞りやすくなるね」
ルーカスは静かに頷いた。
「だから……ニックを使い若者たちを暴走させたタイミングで、司祭殺害の情報を広めた……」
ルーカスは膝をつくと、ふらっと立ち上がる。
「まるで犯人が、若者たちに見えるように」
ルーカスはリリアンと視線を交えた。
「……そんなシナリオが見えないか?」
「……」
リリアンはふと目を伏せた。
「だとしたら、本当にあの男が犯人かもね……」
「あぁ……」
若者の一人が、ルーカスに向かって話しかけた。
「そういや、噂で聞いた話だと……犯人は村人以外かもだとよ」
「あ、それ聞いた! 関所で怪しいやつ見つけた奴がいたらしい」
「そいつ旅人だっけ?」
若者たちは会話で盛り上がり始めた。リリアンとルーカスは目を合わせる。
「……アランだね」
「あぁ、あの男を見つけたんだ」
ルーカスは息を吐き、苦笑する。
「……きっと、そろそろ戻ってくるよ」
「うん……」
リリアンが真剣に頷いた、その時ー。
「あっ、ニックが暴れ出した! おい、何やってんだよ!」
「馬鹿かお前!」
ニックが泣きながら殴りかかるのを、数人に抑えつけられている。
「俺は、もう司祭側なんだっ! お前らを始末しなきゃいけないんだぁああっ!」
「落ち着けわかったから!」
「あー、そう脅されたのか」
リリアンとルーカスは呆然とそれを見つめていた。
「おい……あんたらも手伝ってくれよ!」
「縄、縄とか持って来い!」
「あ、あぁ……」
二人は慌てて、周りを彷徨き始めた。
通りは木々がゆったりと並び、遠方に見える灰色の家々に夕暮れが温かみを与えていた。
ーーー(表アラン)
暗い視界がぼんやり開き、片膝をつくのが見えた。右手で剣を突き立てる。手のひらが赤い。
後ろへ崩れて座ると、大腿に影が落ちた。視線がぐらつく瞬間ー、広がる影は闇になる。
「……」
その闇の中、意識がはっきり現れていく。仰向けで寝ているようだ。
眉を顰めた。指先をずらし、肘に力を込める。
「うっ……」
身体を回して起きると、片膝を立て屈む。手足が淡い光を纏う。顔を上げた。
「……なんだ、ここ」
目の前は果てしない闇ー。首を振りながら、周囲をぐるっと見渡す。
「俺はどこにいるんだ……?」
その時、ふと一点を見つめた。遠くで紺青の輝きが天へ伸び、青白い柱が円を成している。
「……?」
立ち上がると、走り出す。前を見つめ腕を振った、その時ー。つんのめって止まる。
柱が並ぶ石造りの囲いに水面が張っている。その柱の傍で、人影が見えた。
「誰かいるのか……?」
俺はゆっくりと歩を進める。それは片膝を曲げ柱に背をつけている。
俺は息を呑み、回り込んで近づく。横に跳ねた茶髪、黄土色のマントが見えた。
「……嘘だろ、まさか……!」
思わず顔が引き攣る。俯く横顔がはっきりと見えた。そいつは左手を柄にかけ、ゆっくりこちらを向く。
「……っ!!」
赤い瞳が鋭く睨む。そいつの姿は俺だった。
「あ、あっ……! お前は……!」
震えながら後ずさる。そいつは静かに正面を向く。
「……ここから消えろ」
「……っ!」
俺は目を見開いた。その瞬間ー、景色が砂のように崩れ去る。そして、中心から一気に白い光が広がった。
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