第29話 陰謀
ーーー(表アラン)
ベッドで一気に跳ね起きた。俺は目を見開き、浅く呼吸する。
「はぁっ、はぁ……うぅっ!」
痛みが走り、目を瞑り背を押さえる。その時ー。
「アランさん……!」
「……」
ゆっくり視線を横に流す。膝の上で拳が震えてる。エディスが瞳を潤ませていた。
「よかった……目が覚めて」
彼女はそう言って目元を拭う。俺は目を丸くしていた。
「……エディス?」
俺は視線を周囲へ向ける。
「ここは……? 俺は、一体……」
「私の家ですよ」
声の方に顔を向けた。エディスの後ろで、扉を開けて立つお婆さんがいた。
「この子があなたを運んで手当したんです。その背中と、鎖骨の怪我……」
俺は自分の上半身を見る。素肌の上に包帯がぎっちり巻かれていた。
「……そうか、俺は……」
視線を毛布の上に落とす。脳裏に戦いの記憶が蘇った。
毛布の上で拳を作る。
「結局……確実な証拠を逃したのか。あんなに啖呵切ったのに……」
「司祭様を襲った犯人のことですね?」
「……。今、なんて?」
お婆さんは真剣な眼差しで語る。
「関所で怪しい男を追った少年の話は村でもちきりですよ。……きっと、あなたなんでしょう?」
「あ……はい」
エディスが辛そうに話しかける。
「……外部犯の可能性をみんなに伝えるよう言ったんですよね? 話は聞きました」
「……っ!」
視線を横へずらす。
そうか、ちゃんと伝わってたんだ。なら……。
前を向き一点を睨む。
俺がその男に襲われた証言をすれば、もしかしたら……っ!
息を詰め、床へ足先を滑らす。立ち上がるとよろめき、ベットに手をついた。
「うっ……!」
「アランさん……!?」
「その傷で、無茶な……!」
「……」
二人を背に、壁で身体を支えながら歩く。
「俺、行かないと……! 急いで若者たちの疑いを晴らさなきゃいけない」
「だけど……」
「仲間が待ってるんだ。それに」
身体が沈み膝をつく。歯を食いしばると汗が額に滲んだ。
「……争いを止めたいから」
重たい脚に力を入れ、立ち直す。
「アランさん……」
俺は両扉に手をつくと、ドアノブを引く。肩越しに後ろを見た。
「……色々、ありがとうございました」
ぐっと扉を開けると、風が吹き髪を撫でた。青が俺を染めていく。後ろで扉が閉まる音がした。
「……」
ーーー
風が後ろから背中を押す。ふっと両膝に手をついた。
「力が、入んない。変な感じだ」
屈んだまま鞘から剣を抜いた。切先が土にザクっと刺さる。
「これで、行くか……」
前を見据え身体を起こす。一歩ずつ、足を擦らせて踏み出す。息を詰めながら進んだ、その時ー。
「……アランさん!」
「……」
止まって振り向く。焦るように、エディスが手荷物を抱え駆けてきた。俺の横で立ち止まって屈む。
「はぁっ、はぁっ……」
「……どうしたの?」
エディスは見上げた目線でムッとした。
「……これ、忘れてます。あなたの服」
「あ、ありがとう……?」
服をずいっと差し出され、思わず仰反る。彼女はこちらを睨み顔を近づけた。
「無茶、しすぎなんですよ」
その揺れる瞳が逸れた。
「もっと、頼ってくれればいいのに……」
「あ……」
思わず、何度か瞬きをした。彼女はこちらを見て口先を尖らせる。
無言で、俺の片腕を肩に乗せ始めた。
「あぁっ?! ちょ……!」
手から柄を離した。剣は後ろへドサっと倒れる。腕の下から彼女が顔を出した。
「……これで、少しは歩きやすいんじゃないですか?」
エディスの耳が少し赤い気がした。彼女の頬に切り傷が見え、真顔になる。
「エディス、その傷」
「大したことありません、あなたに比べれば」
エディスは屈む。俺もそのまま前にのめった。彼女は落ちた剣に手を伸ばす。
「あなたは相当、頑固みたいですから……」
彼女の横顔が辛そうになる。剣を手に取り、ゆっくり身体を起こす。
「最後まで、貫いてみたらどうです?」
柄を渡しながら、切なげに微笑んでいた。
「……」
その剣を受け取ると、下に向いた刃を見つめた。そのまま丁寧に鞘に納める。
「ありがとう」
俺は一歩を踏み出す。
「……みんなのとこまで、頼む」
「うん」
顔を上げ、前を見つめる。風が回り込んでざわついた。その風は舞うようにして青紫に溶けていく。上空には白い月が出ていた。
ーーー(全知)
青く暗い空の下、木々の葉が揺れる石畳の通りで、人々がざわざわと集まっている。
「……犯人は結局誰なんですかね?」
「やっぱり若者でしょう」
「関所で逃げたっていう男が怪しいですよ」
村人たちは至る所で会話している。リリアンとルーカスは、そんな周りを見渡しながら立っていた。
「……ざわついてきたね」
「状況が動かないからな……」
夜風に吹かれながら、二人は表情を暗くしていた。その時ー。石畳が砂利と混ざって擦れる音が響いた。周囲の視線が一箇所へ集まる。
黒いローブを着た若い聖職者を先頭に、村人たちがランプを持つ列ができていた。
聖職者の背中が立ち止まる。人々は引き寄せられるように集まっていく。
「皆さん、よく聞いてください。状況をもとに話し合った結果……」
聖職者は見渡しながら、険しい表情をする。
「……状況が落ち着くまで、若者たちを教会で管理下に置きます」
一気に周りがざわついた。
「……はぁっ?! ざけんじゃねえよっ!」
「クソ野郎っ!」
若者たちが前に出るが、周りから腕を抑えられる。
「落ち着きなさい! 混乱を防ぐために必要なのです!」
「うるせぇ! 疑ってるくせによ!」
「俺たちが気にくわねぇだけだろ!」
「あなたたちを守るためでもあるのです!」
「……っ!」
若者たちは凄んでいる。必死に振り解こうと暴れた。
「あぁっ!」
「離せ、ぶっ殺すぞ!」
「やめなさいっ!」
若者たちは地に組み伏せられた。聖職者の後ろにいた村人たちが、次々縄を持って走り出す。彼らは腕を縛られていく。
「いってぇ!」
「やろう!」
リリアンとルーカスは顔を引き攣らせて立っていた。武器がカランと落ちる音がした。
「何も、そこまで……」
「……」
ルーカスは目を伏せる。
「ほら、立ちなさい」
「教会へ移動します」
「くっそ……!」
リリアンはその様子を横目に、キッと目を吊り上げた。
「やめてくださいっ! そこまで乱暴にしないでください!」
「なんですか、あなたは……」
「……!」
村人は冷ややかな視線をリリアンへ向けた。リリアンは無言の圧を放っている。
「よせ、リリアン!」
ルーカスがリリアンの肩を掴んだ。
「……ルーカス」
リリアンが戸惑うように振り返ると、ルーカスは首を横へ振る。
「……っ!」
リリアンは歯痒そうな顔をする。
二人が立ちすくむ前を、縄で括った若者たちが連れられ歩き始めた。
「俺たちもついていこう。アランが来るまで我慢するんだ」
「……」
リリアンは振り払うように、ルーカスに続き歩き出した。人々の背中が遠ざかり、石畳の上に剣や杖が転がっていた。
ーーー(全知)
白い月が滲む空の下ー。崖際の廃聖堂から、森と岩肌が挟む村を一望できる。
尖塔が接する石の建築は崩れ落ち、その脇で木々が風に吹かれていた。
堂内は上窓から外光が差し込み、柱の脇でランプを持った人影が立つ。手元で灯りが揺れた。
「……」
剣を吊し、胸部と肩にアーマーをつける大男が影に溶けている。その時ー。
タン……と、硬い響きが近づいた。
男は音の方へ振り向く。入り口に小柄の中年男が伸びている。
「……任務、ご苦労」
「お疲れ様です」
大男はもたれた背を離す。中年男の元へ駆け寄り、ランプを置き膝をつく。
「……で、彼の報告は?」
「来ていません。第一の目的は果たしましたが……」
勇ましい顔を上げた。
「処理に失敗したようです」
中年男は驚いた顔をした。
「まさか、彼がしくじるとは……!」
「えぇ、期待はずれですね。始末しますか?」
「……」
顎肉を膨らませて腕を組み、顎髭を撫でた。
「そうだな……。だがまぁ、いいだろう」
「っ! なぜ?」
大男が勢いよく立ち上がる。
「証拠は金で操作する。あの村が薄々勘付いたとてどうすることも出来まい。それに……」
中年男は下卑た笑みを浮かべた。
「圧をかけたと思えば良い。ブツの利権も快く譲ってくれるかもな、ふははははは!」
「……!」
頭を抱えて中年男は笑っている。大男は呆然と眺めていた。
「さて……」
青い光が落ちる石床で、足先がずれる。
「詳細は、宿で聞かせてもらおうか」
「……はい」
中年男が外へ出るのを、大男が追いかける。追いつくと、二人は青へ馴染んでいた。緩やかに風が流れている。
「そう言えば、あの男の名前は何だったかな」
「……モーゼ。モーゼ•ジェームスです」
「はははっ! そうか、モーゼか!」
丸々とした顔が楽しげに見上げた。
「またいつか、彼に依頼してみよう。汚名返上という名目でな」
「……」
廃聖堂を背にした崖沿いの道を二人は歩く。その奥で荷馬車が小さく見えていた。
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