第26話 追跡
ーーー(表アラン)
淡い黄色の石畳は不均一に地に敷き詰められ、起伏を作る。家々や緑が青い影を落としている。
俺はその道を一気に駆け抜け、迫る律動で足音を鳴らした。
「はぁっ、はあっ……、はあっ……!」
息を切らしながら腕を振り脚を動かす。
家の脇の階段を下ると、左に曲がって走る。さらに右折……家に挟まれた傾斜を弧を描いて駆け抜けた。俺は路地を風を切って走る。
……急がなきゃ。犯人は今頃逃げようとしてるかも……。
リリアンとルーカスとのやり取りを思い出し始めた。
ーー
ルーカスは暫く俺を見つめると、ふっと表情を崩した。
『……そうか。ならアランが丸帽の男を追うんだ。暴走は俺とリリアンで止める』
『……っ!』
ルーカスは腰の柄に軽く片手を添えながら、背中を向けた。
『……待って! だけど、俺も一緒の方が……』
俯き目線を行き来させる。ルーカスは肩越しに細い目を向けた。
『んなこと言ってさ……お前その男を追いたいって顔に書いてあるぜ』
『えっ……』
リリアンがふっと微笑む。腰に手を当て、俺に近づいた。
『私たちは平気、舐めないでよね? その辺の村人より実践経験は多いんだから』
『……あぁ』
リリアンが目を細めて笑い、ルーカスは顔の向きを前へ戻す。
『それに、真犯人を見つけなきゃ収集つかねぇからな……頼んだぜ』
ルーカスは声を低くした。リリアンはこちらを見ながらルーカスへ寄っていく。
『アランならきっと大丈夫……私たち、信じてるから』
ルーカスが走り出すと、リリアンも前を向き彼について行った。
『……』
束の間、呆気に取られた。すぐに目を吊り上げる。足先を静かに動かすと、二人とは逆の方へ走り出した。
薄暗い裏路地の上で、鮮やかな空色が顔を出していた。
ーー
「……!」
俺は歯を強く噛み締めた。
……何としてでも男を見つけるんだ。やつの居場所は、おそらくー。
顎を引いて前を睨んだ。
……関所だ。
俺は緩やかに曲がる坂道を下っていった。家々が連なる先に分厚い石壁の建物がチラッと見えた。
ーーー(裏アラン)
白い柱が弧を描いて水面を囲む、薄暗い空間ー。
俺はそこで立てた片膝に腕を乗せ、首を垂れて段差の上に座っていた。
「…………」
伏せた目を持ち上げ、顔を上げた。横毛が後ろへなびき耳へかかる。
「……とんだ理想主義者だな」
ポツリと呟いた。両膝を立ててずらし、ふらっと立ち上がる。
マントを後ろへ払い、天を仰ぐ。視界に広がる吸い込まれるような紺青。俺は細めた目でそれを見上げた。
「さぁ、その理想はどこまで通用するかな……暗殺術の使い手に」
頭の中で、教会で丸帽の男がいきなり現れ司祭に話しかけた場面が過ぎった。
「……お前の推測はきっと正しいよ。あの気配の殺し方……相当洗練された技術だ。そして、これは完全に俺の直感だが……」
眉根の辺りに力を込めた。男の黒々とした瞳を思い出す。
「……あれは人殺しの目だ。それも、平然と殺しができるタイプ……」
柄に片手をかけると、軽く下へ押す。俺はその手元の柄を見た。
「ただ……表の俺は刃物がトラウマになっている。あいつ自身自覚があるかは知らないが……」
肩を張って手首がしなると、背中側で鞘の先端が上がる。俺は視線を落とす。
「信念を通すなら、自分でけりをつけろよな」
水面の黒い影が揺らいでいた。
ーーー(表アラン)
大きな酒場や商店が集う大通りの先には、尖塔に挟まれた関門があり柵が張ってある。
そこで人々の群がりがざわめく。関門の脇は緩やかに湾曲した石壁が続いていた。
不意に脚を止め肩幅に開く。
「……なんだ、あの集まり……」
片眉を吊り上げた。
「まだ通れないんですかっ?! 早くしてください!」
「争いまで起こってるそうじゃないか!」
「こんな危険なとこ無理だあぁあ!」
商人や旅人が、関所の前で声を荒上げていた。
「……落ち着いてください、みなさん! 事件の情報収集が済むまで出入りを制限しなくては……!」
鎧を着けた門番が両手で宥めるような仕草をした。
「なんだと?!」
「商品に何かあったらどうする! 責任取れんのか?!」
「も……もう少しお待ちを! 落ち着いて!」
一気に人々が柵の前へ押し寄せ、その門番は柵と両ばさみになっていた。
……そりゃそうなるよな。
俺はその光景を見ながら固まっていた。
「くっ……こ、これは……」
人々で押し潰され、門番は震えながらのけ反った。その時ー。
「……バトラー殿! もう、通してあげませんか……!?」
反対側で圧迫されている門番が声を上げた。
「な、何を!」
「もう限界ですよ! これ以上待たせたら……うっ!」
門番のプレートアーマーに石が飛び、ガンと音を立てた。
「……いつ争いになっても、おかしくありません……」
「……そのようだな……」
バトラーと呼ばれた門番は前を向き、暫く俯く。胃を結したように顔を上げた。
「……それでは、みなさん……!! 今から門を開けます……!! 離れてください!!」
群衆はきょとんとして動きが止まっていく。
「……門を開けます!! 離れてください!!」
俺は様子を目で見上げていた。
……今だ。
その場から駆け出した。足音で人々はこちらを振り向き、止まるとマントが揺れた。端に寄る人々を尻目に前を見据える。
「その前に……ちょっと確認させてください!」
冷や汗がこめかみを伝った。
「俺は、とある人物を探しています! ……その人物は事件に関わっているかもしれないんです!」
周りが一気にざわつき始めた。
「だから一応……ここにその人物がいないか調べさせてください!」
周りを見渡しながら歩を進めると、横に立つ門番の方を向く。
「……構いませんね?」
上目遣いでじっと睨んだ。
「あ、あぁ……そういうことなら。構わない」
俺はくるりと門番に背を見せると、人々の方を向いた。大きなリュックを背負う商人、冒険者らしい軽装の女性……次々と視線を運んでいく。
全体を大きく回るように見渡していると、余計な背景が黒くなり人々だけが鮮明に見え始めた。
茶色い丸帽……緑のチェニックの男……。
必死に視線を動かすが人々の中に見当たらない。
くそっ……いないのか!?
再び視線を動かしていく……が、フード付きマントの男へ焦点を戻す。
暫く眺めると、深く被ったフードから僅かに漆黒の瞳が覗く。俺は目を見開いた。
「……っ!」
男の周りが真っ黒になる。彼と目が合うと、周りが真っ暗な空間で対峙しているように感じた。
「あいつだ……!」
呆然とする中、視界が色付いていく。ふらっと身体が傾くがそのまま走り出す。
男の前へ駆け寄り、見上げる。顔が引き攣っていく。男は形よく口角を上げる。
「……どうされたのですか? 僕に何かようでも?」
見下ろす黒の瞳がぎろりと動き、思わず一歩後ずさる。握った拳を振るわせながら見つめ返した。
「……話があります。もし断るというなら……」
俺は目を見張った。
「あなたを、司祭殺害の犯人とみなします」
「……それは心外ですね」
男は笑みを崩さない。
「……!」
後ろで人々のざわめきが増した。その時ー。
「ちょっと君!」
後ろを振り向く。鎧の擦れる音が響き、足元の影が伸びた時にはすぐそこにいた。
「勝手に話を進めて……取り調べは私が!」
「……そうだ、貴方にも聞きたいことが」
門番は動転して固まる。
「えっ……?」
「……司祭様は、どのように殺されたんですか?」
「……っ!」
俺は門番を真剣に見つめた。門番は折れたように顔を逸らす。
「……司祭様は、お腹を一箇所貫かれ……大量出血で亡くなったそうです」
「……そうですか」
顔を顰め下を向く。そんな俺を見る冷たい視線を感じた。
「それが……どうかしたのですか?」
顔を上げると、男が眉をぴくりと動した。
「……今の話で、考えが固まってきました。犯人は一撃で急所を狙ったり、罪を若者たちに着せようとしたり……相当な手練ですよね」
「君は、なんの話を……!?」
前のめりになる門番を、男が手で静止した。
「……何が言いたいのです?」
一呼吸置いてから口を開く。
「……依頼人は誰でしょうね。司祭様の人脈を調べて辿れば……すぐわかるかもしれません」
「……」
男の眉間に少し皺が寄った。
「それが……私とどう関係あるのです?」
「……俺は若者たちが犯人だと思ってない、理由も説明できる」
少し横に歩き、畳み掛けるように言った。
「今ここで……それを皆さんにお話ししてもいいですか?」
「……!」
睨みつけると、男は目を見開いた。彼は片目を細めて口を歪ませ、少し後ずさる。その様子を俺は黙って見つめた。
「……」
男は視線を動かし周囲を見渡す。そしてゆっくり顔を俺へ戻し……凄みをきかせた。
「……!」
男は数歩後ずさると、背中を向けて走り出した。
「あっ……!」
俺もつられるように走り出す。少し走って振り向いた。
「そうだ、犯人は他にいそうだってみんなに伝えて! 俺はあいつを追う!」
「あぁ……君!」
門番が手を伸ばすが、俺は再び走り出す。
人々や門番が唖然とする様子が印象に残っていた。
ーーー
道端の雑草が揺れた瞬間ー、すぐ脇を踏み分けた。黄色く光る石畳に影を落として踏み鳴らす。
歯噛みして前傾し、両腕を振り上げる。前方には路地を駆ける男の姿ー。彼は角を曲がり裏路地へと入った。
「……!」
俺も角を曲がった。影に染まった灰色の壁沿いを、男に続き走り抜けていく。
男の背はグネグネとした道を進み、目まぐるしく背景を変えていく。
次第に男の背が近づいた、その時ー。彼はチラリと振り向く。
彼がホルスターに手を伸ばすと、何かが鋭く光った。こちらへ投げ飛ばされ、迫るー。
「……っ!」
咄嗟に首を逸らすと、頬をかすめた。男は肩越しで舌打ちする。俺は脚が震えて速度が緩み、胸を強く抑えた。
「……はあっ、はぁっ……!」
男の背は少しずつ遠ざかる。俺は歯を食いしばり、ふらつきながらも走った。
角を曲がると、よろめき壁に手をつく。立て直しながら駆けると、影を抜けて光が刺した。
「……」
風で男のフードが取れると、茶の丸帽が現れる。後を追って通ったその下り道は、鉢植えが光を浴び家々の間から森を映した。
ーーー(エディス)
苔が張り付く石造りの薄暗い階段ー。私はゆっくりと足先を運びそこを下った。
肩にかけた籠バッグの中は、沢山の手作りお菓子に布がそっと掛けてある。
「……!」
私は籠のストラップを強く握り、口を固く結んだ。階段を下り切ると、狭い裏路地を重い足取りで歩いた。
……まさか……、お菓子を売り歩いてる間に、司祭様が殺されるなんて……。
顔が歪んでいく。
この村は……どうなっちゃうんだろう……。
俯くと前髪が視界を遮る。そのまま前へ進んだ、その時ー。勢いよく足音が近づくのが聞こえ、思わずはっと顔を上げる。
すると、目の前でフードを被った男が走って角を曲がった。
「……!?」
思わず咄嗟に後ずさる。そしてすぐに、覚束ない足取りで走る茶髪の少年が視界に入った。彼も男に続いて角を曲がる。私は目を丸くした。
「……アランさん!」
その場から駆け出し、角で止まるとその先を覗いた。日当たりのいい曲がり道を下り、彼の姿はすぐ見えなくなった。
「……どうして、こんなところに……」
そのまま角へ入ると、顔に淡い陽光が降り注ぐ。彼が走っていった道の先を私は暫く見つめていた。
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