第25話 浮かぶ黒幕
ーーー(表アラン)
不穏なざわめきがあちこちから聞こえる。色とりどりの露店が石造りの通路に列をなした。
その通路の端で女性と話をしている。彼女が道を指さすと、俺たちは頷いてみせる。
彼女は暫く言葉を紡ぐと、視線を落とす。俺たち身体を強張らせて後ずさった。
「……そんな、司祭様が……殺された……?」
俺は見開いた目の焦点が定まらない。
「嘘……昼頃会った時は元気だったのに!」
「……この短い間に、一体何が……」
続けてリリアンが口を抑えて言うと、ルーカスが顰めた顔で呟いた。
「わかりません……。けど、殺害したのはきっと若者たちです! この状況で今も暴れているようですし……」
女性は潤んだ目元を押さえた。
「なんて酷いことを……!」
「……」
俺は息を飲み込むと、眉を寄せて目を逸らした。
……本当に、殺したのは若者たちなのだろうか……?
若者たちが司祭と争っていた様子や、道端で見かけた時の様子を思い起こす。
一線を越えるのは、まだ踏み止まっているように見えたが。他に誰か怪し……。
その時、教会で見た丸帽の男が頭によぎった。
鋭い音が頭の中で響き、俺は目を見開く。バッと振り返り、周囲を見渡した。
通りを横切る人々の姿が目に飛び込む。
「……!」
視線を動かすたび、息が荒くなる。首を振りながら足を進めた。その時ー。
「……どうしたの、アラン?」
リリアンの不安げな声が聞こえた。俺ははっとして固まる。
「…………」
人々の声が雑音のように聞こえ、背中に視線が刺さった。足先を動かし、身体の向きを変える。前髪が視界を塞いだ。
「……何かが、繋がりそうな気がする……」
「……!」
焦点がぶれ、絞り出した声が震えた。リリアンとルーカスは痛々しく顔を歪める。
足場が次第に傾き、空間が歪んでいくような感覚が俺を襲っていた。
ーーー
「色々教えていただき、ありがとうございました」
お礼を言うと三人で軽く会釈した。女性は苦笑いを浮かべ、手を振って立ち去る。俺たちはその姿を見送っていた。
「……ところで……ルーカス、リリアン」
「……」
俺は二人の前に立つ。
「…………」
俯き目を逸らす。二人は黙って俺の言葉を待っている。
「……人気のない場所で話そう。あくまでこれは、俺の推測だが……」
ゆっくり顔を上げ、真っ直ぐ前を見た。
「多分……犯人は若者たちじゃない」
「なっ、アラン……!」
リリアンとルーカスは揺れた瞳で俺を見つめた。
ーーー
石造りの高い壁で挟まれた薄暗い裏路地……俺たちはそこを小走りで進んでいた。
「……この辺で」
後ろを向いて言うと二人が頷く。十字路を左に曲がり、角のそばで待った。すぐに二人も追いつく。
「……」
周囲を見渡し、背中側を向く。奥で燻んだ灰色の石壁がひっそり立っていた。ゆっくり二人に向き直る。
「……早速話そう。結論から言うと……犯人はおそらく単独、それも外部のやつかもな」
「えっ、なんで……?!」
「声は顰めて」
俺は首を動かし周囲を警戒した。
「……まず整理すると、昼に教会で司祭に会った時はまだ生きていた。だから殺されたのはその後だ」
二人が息を呑む。
「……そして俺たちが教会をあとにし暫く経ってから、商店通りで若者たちを見かけてる。この時点で、彼らはまだ暴れていなかった」
「そうか、タイミングに何か違和感が……」
ルーカスがハッとする。
「あぁ……出来すぎてると思わないか?若者が暴走してすぐ、司祭が殺された情報が広がっている」
「……でも、待って。それが、若者たちが犯人じゃない理由と、どう繋がるの?」
リリアンは困惑した表情を浮かべた。
「……彼らが司祭を表立って殺したなら、その場ですぐ騒ぎが大きくなるはずだ。けど暴れている場所は教会から離れているし、そうじゃない。つまり……」
「暗殺に近い殺され方……ってことだよな?」
ルーカスが噛み締めるように言い、俺を見つめた。
「そうだ……けど暗殺だとしたら、何故自ら犯人を名乗るように目立って暴れるのか」
二人は目を大きく見開いた。
「確かに……そう考えると不自然だね。でも誰が、何のために?」
「わからない……けど、犯人が裏で手を引き、若者たちに罪を着せようとしている」
息を整え、視線だけで見上げる。
「……そう、考えられないか?」
「……」
二人は思い悩むように沈黙する。
「言いたいことはわかった……。けど、犯人に見当は?」
「アラン、もしかして……」
俺は二人に頷いてみせる。
「そう……教会で見た怪しい丸帽の男だ。彼には司祭と二人きりになる時間があった」
ルーカスが眉を顰めた。
「……っ! だけど」
「わかってる。証拠がないって言いたいんだろ?」
「……」
ルーカスは口を噤る。
「だから、男を探して証拠を引き出す。もし彼が犯人なら皆んなに教えなきゃ、じゃないと……」
俺は目を強く瞑り、歯を噛み締める。俺の指先は小刻みに震えた。
「若者たちが疑われ……大きな争いになりかねない」
二人が息を乱す音が聞こえた。
「……勝算はあるのか?」
顔を上げると、ルーカスが俺の目を真剣に見て近づいた。
「……考えがある」
ゆっくり息を整え、ルーカスの目を見つめ直した。
ーーー(全知)
村人たちは冷や汗を流し顔を引き攣らせた。杖を構える彼らの周囲に、石の破片と残火が散らばる。
一人の青年が杖を振りかぶって突き出す。
「……フローガ フルトゥーナ!」
杖の先で蒼い石が輝き、火炎弾が風を纏って放たれた。
男性は身を翻し杖を振り上げた。地が盛り上がった瞬間ー、火炎と共に散る。彼は横へ転がった。
他の村人が前進し、水弾を連射。
若者たちは身を縮め凌ぐ。何人かは剣を構え踏み込みんだ。正面から振りかぶる。
「くっ……!」
村人たちが腕で顔を覆う。その時ー。
「イーガフォス スフィラ!」
女性が鋭く叫ぶと、土の塊が続けて放たれる。若者たちは剣で防ぎ、間合いを取った。
村人たちの増援が石畳を鳴らして現れた。若者たちが振り向くと、背後からも迫っていた。
「……どんどん沸いてきやがった」
「囲まれたぞ!」
若者たちは中心へ身を寄せる。
「……最後の警告です、今すぐ降伏しなさい!」
「あぁフレッド、こんなことはやめとくれ……!」
村人たちが口々に言った。
「降伏だと? 先に仕掛けたのはそっちだろ!」
「裏工作しやがって!」
「うるせぇババア! さっさと帰れ!」
若者たちが威圧して叫ぶと、村人たちは一瞬怯む。
「……そうですか、よくわかりました……」
村人たちは武器を構え、ジリジリと詰め寄る。彼らは額に青筋を張っていた。
「もはや反逆者とみなし、容赦しません」
若者たちも冷や汗を滲ませつつ武器を構える。張り詰めた静寂が周囲を包んだ。
「…………」
一人の青年が柄を持つ手首を返す。片足をザッとずらした。その瞬間ー。
村人の一人が目を見開き、そのまま一歩踏み込むと誰しもつられた。
「司祭様の敵だぁあぁあっ!!」
村人たちは狂気を纏って叫ぶ。若者たちは苦しい表情で立ち向かう、その時ー。
誰かが石畳を駆け抜け、杖を構えながら立ち止まる。一つに結えた橙の髪が舞った。
「荒れる風、猛き水」
口から詠唱が紡がれ、杖が赤く光る。
「……地を穿ちて我が敵を呑め アネモヴロホ!」
凛々しい横顔でリリアンが叫ぶと、杖から渦を巻くように暴風が現れる。
その暴風は水流を纏いー、逆巻くようにうねりながら戦場に迫る。
「うわっ、なんだ?!」
「うわぁあぁぁっ!!」
飲み込まれた村人や若者は、勢いに押され膝をつく。
「くっ……何者だ!」
びしょ濡れの村人が片膝で顔を上げる。そこには、リリアンとルーカスが堂々と立っていた。
「……争いはやめて下さい!」
「司祭様を殺したやつは他にもいるかもしれないんだ!」
村人たちは目を丸くした。
「なっ、なんですと……?!」
「それは、どういう?」
ざわざわと村人たちが端により、通路を開けた。
「くっ……邪魔しやがって」
「司祭がどうとか知るかよっ!!」
若者たちがフラフラと起き上がり、剣を手に取り踏み出した。
「くっ……!」
「任せろ、リリアン」
ルーカスは腰から剣を抜き、駆け出す。
「うおぉおおぉおっ!!」
若者たちが剣を振りかぶって叫び、ルーカスの前へ迫る。
若者の一撃を半身で交わし後頭部に手刀。次に振りかぶって開いた胴に肘。
そのままルーカスは連続切りを受け、横払いを屈んで躱す。懐に入って持ち上げ、迫る若者へ投げ飛ばした。
「うっ……」
倒れた若者たちは身体を震わせながら、必死に半身を起こそうとする。
「な、何だこいつら……!」
「つえぇ……」
他の若者たちは冷や汗を浮かべ、後ずさった。
「頼む、大人しくしてくれ!」
「……なにも危害を加えるつもりはないの!」
ルーカスが剣を収めたところへ、リリアンが駆け寄る。
「なら、てめえらの目的は何だっ!!」
若者が声を荒あげる。
「そ、それは……」
「あんたらを嵌めようとした奴を暴くことだ!」
ルーカスが鋭く叫んだ。
「……っ!」
「そ、それはここにいる司祭側の腹いせだろ!」
「……心当たりがあるのか。なら、話が早い」
ルーカスがリリアンと顔を見合ると、彼女は軽く頷く。
「……少し、時間をくれないか。今、俺の仲間が真相を掴むかもしれないんだ」
「なっ……けど信じられるかよ! てめぇらの言うことなんてよぉ!」
「何か裏があるんじゃねぇのか?!」
「……」
リリアンは凛々しく眉を寄せた。
「なら……これでどうかな」
彼女は杖を地面に捨て、両手を挙げた。
「リリアン、何を……!」
「……」
その横顔に迷いはなかった。ルーカスは苦しげに顔を歪める。腰から剣を鞘ごと取り外し、地面へ投げた。
「……これなら、信じてもらえるか」
両手を上げながらルーカスが言った。
「ふ……ははははは! 馬鹿だぜこいつら! よし、やっちまお……」
一人の青年が杖を構える……が、その腕は強く掴まれた。
「……馬鹿はてめぇだ。状況が飲めねぇのか?」
「……っ?!」
鋭い眼光と低い声に、その青年は怯んだ。
「ふ、フレッド……」
フレッドと呼ばれた若者が前へ出た。
「いいぜ……信じてやるよ。……本当の黒幕がいるなら、そいつにたっぷり礼がしたいからな」
「…………助かる」
周囲が一気にざわついた。
「……何だ、今のやり取り」
「若者たちが司祭様を殺めたんじゃないのか?」
「嵌めようとしたって何かしら。彼らに何が……?」
冷や汗を浮かべ周りを見るルーカスを、リリアンが見つめた。
「……何とか一時は収まったね。あとは……」
「そうだな……」
ルーカスは空を見上げる。黄色い光を浴びた大きな雲が風に流されていた。
「アランを信じよう……」
「……」
切なげなルーカスの横顔をリリアンが見つめる。リリアンはきゅっと胸の辺りの裾を掴んだ。彼女も風に吹かれながら、空を見上げる。
「……」
光を映す彼女の瞳は力強く決意に満ちていた。
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