第24話 違和感の正体
ーーー(表アラン)
柔らかな日差しが照らす大通り。そこに緑の看板が吊られ、外席が緑で飾られた料理店があった。
落ち着いた店内のテーブルで食事を取っている。
パスタをフォークで持ち上げた、その時ー。手からフォークが滑り落ちた。
「うぁっ?!」
カラン…ッ!
皿の上で音が弾んだ。思わず顔が引き攣る。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、悪い。俺ったら……」
苦笑いを浮かべフォークを拾う。パスタをくるくる回した。
なんだか胸騒ぎがする。教会で丸帽の男を見た時から……。
フォークの持ち手を下げる。
司祭の様子も変だった。なぜ彼は、伝統の話題であんなに動揺したのだろうか。
ルーカスの問いに慌てる司祭の姿が浮かんだ。
俺はふと顔を上げる。空いている窓の外を眺めた。
自由を求める若者……そして伝統を守る司祭や大人達……一体どちらが正しいのだろう。
通りを行き交う人々が視界に入る。
待てよ、どちらが?そもそもその考え自体が正しいのだろうか……?
俺は頬杖をついて眉を寄せる。そっと吹く風が髪を揺らした。
ーーー
狭い通路に露店が並ぶ商店通りへ来ていた。俺は木の衣類掛けを持ち服を見比べている。
「……こっちでいいや」
設置された引っ掛け棒に戻す。
「えぇ、そんなあっさり決めるの?」
「……別にこだわりないしな」
残念そうにするリリアンに、俺は苦笑いを浮かべた。
「……これはどうだ?」
ルーカスの声に後ろを振り向く。茶と白を基調とした正装を持ってきていた。
「んー……俺にはそういうの合わないな……軽装でいいや」
「そうか?」
「あぁ……清算してくる」
その場から離れる。二人の少しきょとんとした顔が、しばらく目に焼きついていた。
服屋を出て、紙袋を手に歩き出す。すぐに後ろから二人が追いついた。
「ねぇ、アラン……。元気ないけど、大丈夫?」
「うん……ちょっと、考えてて」
「……」
ルーカスが何か言いかけるような息遣いをした。俺は黙ったまま下向きで歩く。
その時ー。ざわざわした声に前を見る。例の荒っぽい若者達が通路を横切っていた。人々は怯え彼らと距離を取る。
「ちっ……」
一人の青年が、その様子を見て睨んだ。とある男性の足元に唾を吐く。
「ひ、ひいぃぃっ!」
男性は腕で顔を覆った。
「ははははっ……!」
「だっせぇ」
若者たちは楽しそうに手を叩き、通り過ぎた。俺はその消えた方向を眺めていた。
「……今日は、彼らとよく会うな」
「えっ……いつ」
「猫を探してた時」
ルーカスに返事し、歩き出す。俺たちは並んだ店舗の間を進んだ。
……しかし、彼らは少しやり過ぎだな。冷静に周りと話が出来なかったのだろうか。
彼らが消えていった通路を過ぎる時ー。俺はチラッと横に目を動かした。
「……」
路地は狭くて薄暗く、先が見通せない。一瞬凝視したが、歩きながらパッと俯く。
わからないけど、何かが起こりそうだ……。
俺は唇を噛み締めた。
ーーー(男)
高い壁に阻まれた薄暗い裏路地ー。そこを若者たちが列を作って進んでいる。俺はフード付きマントに身を包み、十字路の角で待ち構えていた。
「……さっきのおっさん、間抜けだったよな」
「あぁ、言えてる」
「ははは……」
声の方へ視線だけ動かす。壁に沿いながら、近づく足音に耳を立てる。大腿ホルスターに手をかけた。
「……でさあ、今日の夜はぱーっとやろうぜ?」
「いいな、その辺で女ナンパしてさ」
「馬鹿、どうせ逃げられんだろ」
「ちぇっ……」
ナイフを取り出す。マントで隠しながら構えた。待たずして、若者たちが脇を通り過ぎる。気配を殺し身を潜めた。
ぞろぞろと通過し、最後の若者が背中を見せた時ー。俺は目を見開く。
「……っ!」
瞬時に背後を取り、口を塞いで喉元に刃を突き立てた。
「騒ぐな、死にたくないならな」
「……っ!」
横から覗くと、怯えて潤んだ目がチラッと見えた。俺は彼を横の路地へ引き摺り込んだ。俺は青年の耳元で、声を潜める。
「いいか、よく聞け。今からお前は司祭側だ、仲間を手にかけろ」
「……っ?!」
「当然、お前は監視される。逃げられると思うな。」
彼の喉元から血が一筋垂れた。
「……っ!」
手の震えが目に入る。俺は自然と笑みが溢れた。
「あれー…? ニック、どこ言った?」
「おーい……」
その時、通路に声が響き、顔を上げる。
「……俺のことは誰にも言うなよ。もし話したら……」
俺は、袖口から片手で仕込みナイフを取り出す。それを彼の背にゆっくり押し込んだ。
「〜〜〜っ!!」
「わかってるな? 制限は30分以内だ……行け」
俺はそいつを蹴り飛ばす。青年はふらっと通路へ倒れ込んだ。俺は即座に踵を返し、その場から離れる。
「あっ……ニック、どうしたんだお前!」
「なんで倒れてるんだ?!」
背後から微かに若者たちの声が聞こえた。入り組んだ通路を早足で進む。
……さて、下準備は済んだ。あとは駒が思い通りに動くだけ……。
「くくくっ……!」
声が漏れ、口のニヤつきが止まらなかった。
裏路地を抜け、日が差し込む路地へ出た。足を止め、日差しを感じながらフードを外す。丸帽は深く被ったままだ。
結末が楽しみだ……。
前を見据えて笑うと、足先を変え踏み出す。静かな石造りの景色に身を馴染ませた。
ーーー(表アラン)
灰色の屋根と木々に挟まれた道が、うねりながら続く。俺たちは道の脇に見える小さな原っぱへ入った。
リリアンが長椅子へ駆け寄る。
「ふぅ……。疲れちゃった」
彼女は手をついて座り、空を仰ぐ。
「だいぶ歩いたしな。少し休むか」
「だな……」
ルーカスに返事しながら俺も長椅子に近づいた。座面に荷物を置くと、そのまま通り過ぎる。
「……」
立ち止まり、視線を下へ落とす。
……ずっと燻っている、この違和感はなんだろう。また昨日みたいに争いが起きるのか?
俺は顔を顰めた。
だとして、俺にできることはあるのか。ちっぽけな一人の人間に……。そうだ、もう一人の俺ならどうするだろう……?
少しの間瞳を閉じてから、ゆっくり開く。
……関係ないって突っぱねそうだ。そういえば、司祭はもう一人の俺のことを……。
ーー
『……あの時あなたは、秩序を守ろうとしたのでは?』
ーー
……って言ってたな。本当にそうなのか?
さらに俯くと、頬に横毛がかかった。
暴力は使いたくない。考えろ、みんな争わずに済む方法を……!
歯を強く噛む。俺は二人に背を向けたまま固まっていた。
「アラン……」
微かにリリアンの声が聞こえた。その時ー。
後ろから迫るように石畳が踏み鳴らされた。
「……あっちだ、若者たちが暴れてるのは!」
「早く止めるぞ!」
「……!」
勢いよく振り返る。村人たちが通路を駆け抜けていった。
「……」
俺は通路へ駆け寄って出ると、その方向を見つめる。
「……なんだ、今の」
「若者たちが暴れてるって言ってたな」
道の先にある起伏のある通りを見下ろした。
「……行こう」
リリアンとルーカスの方を見た。二人は静かに頷く。
俺たちは急な下り道を走る。屋根の集まりに大きな雲が影を落としながら流れていた。
ーーー(全知)
緑豊かな起伏がある広い通りを見下ろすと、一人の青年と多勢が向き合っていた。
震える手が血が滴る短剣を握っている。青年は血眼で息を荒あげていた。
若者たちは切り傷を庇いながら前を睨む。
「ふふ……ははははっ!! 俺はもう……司祭に従う! だから、お前ら死んでくれよっ……!」
彼は充血した目で泣き叫んだ。
「ちっ、ニック……どういうことだ!? 司祭に吹き込まれたのか?!」
「俺は……俺は知らないっ! 何も、しら……!」
ニックと呼ばれた青年は足がふらつき、そのまま倒れた。
「なっ……!」
若者たちはニックの元へ駆け寄る。
「かっ……はっ……!」
彼は涎を垂らし小刻みに痙攣している。
「こいつ、よくも……!」
「やめろ!」
一人の青年が杖に輝きを灯すが、手で静止された。
「止めんのかてめぇ! こいつ俺たちを殺そうと……!」
「うるせぇ! 明らかに様子がやべえだろ! なんかあんだよ!」
「みろ、泡吹いてやがるぜ」
一人が屈み、ニックの半身を抱き上げた。半目でだらんと横を向く。首筋の細い切り傷が開く。
「気を失ってる……毒じゃねえかな。 毒塗りナイフでこの首のとこ切られたとか?」
「まさか……なんで?!」
「司祭だろ」
若者たちの集まりに石畳を駆ける音が近づく。村人たちの背がまっすぐに向かった。
「君達……その彼は!」
「一体何が……!」
遠くからの声に、若者たちが振り向く。思い切り前を睨みつけた。
「しらばっくれんのか? 知ってんだろ?!」
「汚ねぇ手を使うよなぁ!!」
一人が立ち上がり、杖を掲げる。先端の赤く透き通る石が輝いた。
「フローガ アクティノボロー!!」
炎が一気に吹き出し、彼の前髪を揺らす。
「……っ! イーガフォス トイコス!」
一人の村人が杖を取り出し光らせると、地面が盛り上がった。それが炎と衝突し、瞬時に激しく砕けた。
「うわぁっ!!」
破片が後ろに飛び散り、村人たちは腕で防ぐ。収まると腕を下げて前を睨んだ。
「……話し合う気は無いのですか?!」
「っるせぇ!! 話し合う気がねぇのはお前らだ!!」
「な、なんだって……?!」
村人たちは目を見開く。
「まだやるのか? いいぜ……正面から来いよ!!」
一人が凄んだ。何人かが杖を構える。剣を抜く者もいた。
「……くっ、なんと言うことだ」
「完全に信仰を捨てたのか」
村人は、杖を構えながらジリジリと後退する。その時ー。
「おーい、大変だ!! 聞いてください!!」
後ろから声が響く。村人たちはちらりと振り返った。
「なんですか、こんな時に」
「……こんな時、じゃ無いですよ!」
中年男性が息を切らし、膝に手をつき立ち止まった。
「はぁ、はぁ……! いいですか、落ち着いて聞いてくださいね」
若者たちは睨んだまま、無言で杖を下げた。全員の注目が彼に集まる。彼はゆっくり顰めた顔を上げた。
「……司祭様が、何者かに殺されました」
若者たち、村人たちがそれぞれ目を見開き、張り詰めた静寂が訪れる。
「現場は副司祭様が発見されたそうです……無惨にも仕事部屋で刺されていたとか……」
男性は肩を震わせ若者たちを睨みつけた。
「君たちは信仰を捨てただけでなく……堕ちるとこまで堕ちたのですね……!」
抑えるような低い声だった。若者たちは目をカッと開く。
「はぁ〜っ?! ざけんなよてめぇ!!」
「知らねぇよそんなの!! 勝手に死んだ? ザマァ見ろ!!」
「なっ……なんてことを……!」
「許しません!!」
村人たちが杖を構えると、男性もそれに続く。若者たちも武器を構えた。
緩い傾斜の上に立つ若者たちは、村人たちを見下ろし立ちはだかっていた。
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