第19話 猫を探して
ーーー(表アラン)
「ー…アラン…アランってば!」
「…あとちょっと」
頭上で俺を呼ぶ声が聞こえる。その声を遮るように、布団を引き寄せ身をくるめた。
…眠い…眠すぎる。
「もーう…」
「いいぞ、リリアン」
ため息が聞こえた、と思った次の瞬間。
「えぇいっ!! 起きろーーー!!」
布団が盛大に引き剥がされた。俺はビクッとして身を起こす。
「うおぉっ…! なにすんだよ...」
空いた口が塞がらないまま、瞬きしてリリアンを見つめた。
「なにすんだよじゃないでしょ、もう…今日は依頼をやるんだから」
「あんまりもたついてる暇はないぞ」
「そっか…ごめん」
俺は少し俯き、下唇を噛む。
「ところで…アラン目にクマできてない?もしかして、寝れなかった…?」
「確かに…見せてみろよ」
「え…」
リリアンとルーカスが俺の顔を覗き込んできた。思わずのけ反り、腕で顔を覆う。
「や、見るなよ! 恥ずかしいだろ!」
リリアンは両手を腰に当てて不思議そうに俺をまじまじとみた。俺はゆっくり腕を解いていく。
「ふーん…じゃあ、早く着替えて準備してね」
彼女は優しく微笑んだ。
「あぁ」
俺の返事と同時にくるりと後ろを向く。結えた髪を遊ばせた。彼女は荷物があるベッドへ戻っていく。すぐにルーカスが俺の顔を覗く。
「…悩んでるなら後で言えよ」
俺の肩を軽く叩き、手を離す。きょとんとしてその様子を見ていた。ルーカスも荷物の整理をし始める。
「…」
間を置いて、軽く苦笑いした。ブーツに足を通し、振り返って立ち上がる。
窓辺から白い陽光が窓から溢れ、こちらに真っ直ぐ伸びている。
…さぁ、今日も頑張ろう。
重い瞼を持ち上げて微笑んだ。両手をぐんと突き上げて伸ばすと、服を着替え始めた。
ーーー
幅が狭い石の階段は朝でも薄暗く湿っぽい。俺はその階段を駆け下りる。角を曲がると、リリアンとルーカス…そしてディーゼルさんが見えた。
「そうか…では今日も…」
「…ええ、そのつもりです…」
素早く階段を下り切ると駆け寄った。
「おはようございます、ディーゼルさん」
「おはようございます」
足を止めると、ルーカスの方を向く。
「ところで、なんの話?」
「…あぁ、今日もこの宿に泊まろうと思ってな」
「今のうちに予約してたんだ」
2人が俺を見た。
「そうか…。確かに今日は依頼をやるし…その後出発したらバタバタするもんな」
「それに、午後ゆっくり観光もできるでしょ?」
「支払いはもう終わってるから」
「…ありがとう」
ルーカスは得意げに口の端を上げた。俺は眉を下げて微笑む。
「ところで…エディスは? 昨日泊まってますよね?」
「そうですね、そろそろ起きてくる頃なんですが…」
ディーゼルさんが顎髭を撫で俯いた。少し考えて、後ろを振り返る。すると…。
「…あ、エディス」
エディスが階段で立ち止まり、こちらを見ていた。彼女は俺と目が合うと、咄嗟に目を逸らす。
…なんだ?
俺は首を傾げ、眉を寄せた。
「エディス、どうした? 降りてきなさい」
「あっ、その…はい!」
エディスは視線を泳がせた。少しして、足元を見ながら慌てて階段を駆け下りる。
「おはようエディス!」
「みなさんおはようござい、ま…っ?!」
「エディスちゃん!」
「エディス!?」
リリアンとルーカスが叫ぶ。彼女は一段飛んだあと、バランスを崩していた。前のめりになる。
あぶないっ!
瞬時に踏み込みんだ。一気に走り寄る。
「うわぁああっ!?」
大きく段差を飛び越えながら、彼女は下へ飛び跳ねた。俺は腰を落とし、両手を構える。
「くっ…!」
エディスが飛び込み、肩を掴んで抱き止めた。彼女は膝から崩れる。脚に力を入れて支えた。
「大丈夫?」
ゆっくりエディスの身体を起こした。彼女は大きく目を見開いている。
「…あ、私…」
「怪我はない? 慌てたりして、何かあったのか?」
エディスの顔を覗き込んだ。だが、彼女は目を逸らす。みるみる顔が真っ赤になった。
「エディス…?」
エディスははっとし、俺の手を振り払う。立ち上がって走り出す。こちらを振り向いた。
「…すみません、みなさん! 私、今から買い出しに行かなくちゃ。アランさん、ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀すると、エディスは走る。扉を開けて、外へ出ていってしまった。俺たちはその様子を、ただ呆然と眺めていた。
「……なんだったんだ、今の」
「さぁ......」
ルーカスの曖昧な返事が返ってきた。
ーーー
くすんだ水色に薄い雲が浮かび、白い太陽が輝く。俺たちは石造りの家が並ぶ通りを歩いていた。陽光が石壁の輪郭を淡く染めている。
「…今朝のエディス、なんか変だったよな」
「あぁ…そうだな」
ルーカスが淡々と答えた。
「…気にしても、仕方ないか」
俺は視線を下げ、ポツリと呟いた。自然と歩みが遅くなる。
「ふふっ…ねぇ、アランは何か心当たりないの?」
「えっ、ないよ別に…」
「そっかぁ…」
リリアンはニヤニヤして俺の顔を見た。
「何だそれ…何が言いたいんだよ」
「ううんー、何もー…」
口を尖らせた。リリアンは悪戯っぽく笑うと、前を向いて先を歩く。
「…」
俺は一息つくと顔を顰めた。ひんやりとした風が横から通る。少し駆け足になると、2人の背中に追いついた。
ーーー
周囲を家々が囲む石畳の広場。その一辺を担う白い石造りの教会は存在感を放っている。
屋根に装飾が施された鐘楼が高く聳える。その脇には聖堂が立ち、アーチ型の大きなガラス窓が目を引いた。
「うわぁ…! 近くに来ると迫力あるね」
リリアンは楽しそうに言うと、教会に駆け寄り観察し始めた。俺とルーカスはリリアンを見守っている。
「ねぇ見て! このステンドグラス、すごく立派じゃない? 中から見たら綺麗なんだろうな〜!」
リリアンが満面の笑みでこちらを振り返った。ルーカスは困ったように優しく微笑む。俺は落ち着かなくて左右に視線を泳がせている。
「そうだな…けど、その辺にしとけよ。昨日のこともあるし、アランもビビってる」
「うんー!」
リリアンは少しずつ足を動かしながら、名残惜しそうにステンドグラスを見ている。
「…ビビってるのはルーカスもだろ」
「さぁ、どうだろうな」
「…」
俺は口をムッとさせた。リリアンが走って戻ってくる。
「2人とも、あのさ!」
「今度は何だ?」
「あっちの木陰見て…!」
首を横に捻る。木陰で猫が優雅に休んでいるのが見えた。真っ白な毛並みに薄緑の瞳だ。青い首輪が巻いてある。
…青い首輪…飼い猫か?
猫はこちらを見るとすくっと立ち上がり、立ち去ってしまった。
「あ〜行っちゃった…」
リリアンの声は残念そうだ。俺たちは固まっている。
「…よし、じゃあそろそろ依頼探すぞ。掲示板はあっちだ」
振り返ると、ルーカスが鐘楼の方を指差していた。傍に掲示板がある。
「あぁ…」
返事をして、頷いた。
ーーー
俺たちは掲示板の前に集まり、依頼を探し始めていた。貼ってある紙は四隅が金属ピンで留められている。ピンが1箇所取れて風にめくれるものもあった。
「これはどう? 魔石採掘の手伝い、1日五千ミラゴ」
「やめようぜ、採掘は危険が多い。宿の手伝いはどうだ?」
「それ三千ミラゴでしょ? 渋いよ。やっぱり…」
リリアンとルーカスが話し合っている。その間に、俺はとある魔物のイラスト付きの依頼書が気になっていた。
えっと…依頼金は破格の七万ミラゴ。愛猫を探しています。無傷で教会に届けていただきたいです。特徴は、白い毛並みに緑の瞳、青い首輪…ってえ?まさか!
俺は空いた口が塞がらなかった。
…というか、イラスト猫だったのかよ!下手すぎて、てっきり魔物かと。
「ルーカス…」
「あ?」
彼の肩を叩いて、俺は例の依頼書を指差した。
「見ろよ…これさっきの猫じゃ…」
「まさか。それは魔物じゃ…」
言いかけて、ルーカスも固まった。暫くして、リリアンが俺たちの間に割って入る。
「あっ…この依頼最高じゃない!」
リリアンが依頼書に手を伸ばし、掲示板からビリっと外す。
「なっ、まだそれを受けるとは…!」
「いいじゃ無い、さっさとやっちゃお」
リリアンは依頼書を折ると、ポシェットにしまった。
「…無傷ね、腕が鳴る!」
そう言って彼女は強気に笑う。前を走り出した。
「…ほら、2人ともぼさっとしないで! あの猫を追うよ!」
こちらに向かって手を振ると、再び駆け出す。隣でルーカスが軽くため息をついた。
「…よし、行くぞアラン」
「あぁ」
彼と目配せする。俺たちもリリアンを追って走り出した。
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