第20話 あの時の青年
ーーー(表アラン)
石畳の入り組んだ路地で、俺たちは軽快な足音を鳴らした。濃い影がまばらに落ちている。
「この方向だと思ったんだけど…」
リリアンが考え込むように言う。
「道が複雑だからな…そうだ」
ルーカスがピタリ止まる。短い拱廊を潜ると、道が3本に分かれていた。
「どうした…?」
俺とリリアンも少しして止まる。ルーカスの方を振り向いた。
「丁度道が3つに分かれてるから手分けして探そうぜ」
「それいいね」
リリアンがいうと、ルーカスは頷く。
「正午の鐘が鳴ったら、キリがいいとこで一旦広場に集合な。じゃ、俺左行くから」
彼は角を左に曲がっていった。
「じゃあ私は右。またね、アラン」
リリアンは俺に手を振ると、斜め右の通路に入る。俺はポツンと取り残された。
「……ちょっと心細いな」
呟くと、一つ深呼吸をした。顔を引き締める。
「よし…!」
頬を手で叩くと、俺は通路をまっすぐに走り始めた。
ーーー
俺は入り組んだ路地を小走りで進んでいた。至る所に段差や角があり、鉢植えの緑が彩りを与えている。
…今はどこを走ってるんだ?さっぱりわからないな。
暫くして、狭い十字路に差し掛かった。その時ー。目の前で何かが横切る。俺は急停止し、バランスを崩す。俺の瞳に白い体毛に映える青が飛び込む。
「あっ…!」
華麗に着地する様を目で追いながら、数歩下がる。それは路地を走る探しものだった。
「…っ!」
俺は歯を噛み締め、勢いよく走り出した。
「待てっ!」
追いながら叫ぶ。猫はこちらを一瞥し、挑発するように一つ鳴いてみせた。青い首輪が俺の目を引く。
…くそっ、こいつ…!
脚に力を込める。猫の真後ろまで距離を詰めた。
追いついたが…捕まえるのは難しいな。
角を左曲がったので、後に続く。少し広い通路へと出た。飲食店や雑貨店が並んでいる。
「ニャア」
猫は通行人を器用に避けた。俺は時折ぶつかりそうになり、速度を落とす。
「うぉっ!」
「危ない!」
「すみませんー!」
小走りしながら通行人に頭を下げた。緩やかな段差を登っていく。
呼吸が深くなる。猫とその周囲に焦点を合わせた。
とある料理店の外席に猫が駆け寄った。テーブルがわりの樽の上に飛び乗り、さらに屋根の上と登る。
「…なっ!」
俺は驚き、一度立ち止まる。
…こうなったら…!
周囲を見渡すと、後退する。通行人が俺のことをジロジロ見始めた。気にせず助走をつけ、跳んだ。
「きゃあぁぁあっ!!」
「きみぃいいぃ!!」
通行人が叫んだ。俺は屋根の石瓦を両手で掴んでいる。歯を食いしばると反動を使い、腕の力で上に飛び乗った。すぐに走り出す。
猫はすでにかなり遠くの屋根にいた。俺は屋根のを飛び越えながら走り抜けていく。
…いける、追いつける。
次第に距離が縮まり、手の届くところまで来た。
…よし、もう少しで…!
手を伸ばした、その時。猫が屋根から飛び降りた。俺は足先を逸らしピタッと止まる。
猫は洗濯紐を掴む。滑りながら紐を揺らし、洗濯物を振り落とした。そして手を離し、下へ降りる。
「…!」
俺は眉を寄せ、大きく踏み込み飛び降りた。膝を曲げて着地し、回転しながら立ちあがる。落ちた洗濯物の間をさっと抜け裏路地を走る。
が、その先は柵で囲まれた家で行き止まりだった。猫は柵の下を潜り抜け、庭へと入っていく。
「…くそっ!」
柵を両手で掴んだ。柵の上へ手を滑らせ、とんで上によじ登る。そのまま隣の石壁に足を掛けたが…。
「うおっ…!?」
マントを後ろから引かれた。俺は下へ落とされた。マントを翻して後ろを振り返る。するとそこには…。
「あなた…人の家に入って何をしようとしてるんです?」
買い物籠を持つおばさんが、俺のことをぎろりと睨みつけて立っていた。
「あっ、おっ、その…!」
「あの洗濯物を落としたのも君ですね?」
「いや、それは猫が…!」
「嘘おっしゃい!!」
「いぃっ…?!」
冷や汗が全身から吹き出す。思わず両手を上げていた。おばさんは俺の顔にビシッと指を刺した。
「あの…すみません。中に入るつもりはなくて…誤解なんです」
「何が誤解だって言うんですか! あなたみたいな人がいるから治安が悪くなるんです。これだから、もう…」
どんどん顔が暗くなっていく。俺は俯いて目を逸らす。
…柵の上に乗ったのは屋根に登るためで中に入るつもりなんで無かったけどそもそも誤解されるようなことをした俺が悪いわけで、なんで俺ってこうなんだろう何をしてもダメな気がする、そもそも…。
おばさんの声はもはや耳には入らなかった。俺はショックで固まりしばらく内面でぶつぶつ呟いていた。
ーーー
陽光が輝きを増し上から降り注ぐ。通路を鮮やかに照らし出していた。俺は洗濯物を綺麗に畳み終えると、道の脇へと置く。
「ふぅ…」
額の汗を拭い、くるっと振り返る。苦笑いを浮かべた。
「これで全部終わりです。本当にすみませんでした…」
「いいんです。私こそ事情があるなんて知らず…言いすぎてしまいました…」
おばさんは気まずそうに目を伏せた。
「いえ、俺が悪いんですよ…次は誤解がないように気をつけます」
「…誠実な人なんですね」
「あ、はは…」
頭をかき、愛想笑いを浮かべた。
「それでは、お話しした通り猫を追わなきゃいけないんで…この辺で失礼します」
会釈して、歩き出した時。
「待って」
腕を掴まれ、ビクッとして振り返る。おばさんの真剣な眼差しと目が合った。
「言い過ぎたお詫びに…よかったら少しお茶でもどうですか?」
おばさんは俺の手を両手で包んだ。指をなぞるように撫でる。思わず顔が引き攣った。
「ハーブティーがありますよ。他には…」
彼女は頬を染めて微笑む。その瞬間、背筋に冷たいものが走り抜ける。全身の毛が逆立ち、身震いする。気づけば手を振り払っていた。
「あ…すみません! 俺急いでて、それじゃあ!」
「ちょ、ちょっと…あなた…っ!」
上擦った声で後ずさると、その場から逃げるように全速力で走った。
…なんだあれ!手のひら返したように…冗談じゃない!
俺は静かに息を吐いた。
とにかく、油を売ってる暇なんてないんだ…。
裏路地を抜けると大通りへと出たので、速度を緩めて歩き出す。多くの人々が行き交い賑わっている。石造りの建築に張られた軒先テントがずらっと並んでいた。
…昔ながらって感じだな…。
店員と客が親しげに話す様子や、色褪せたテントや石壁を見て内心呟いた。
ふと立ち止まると、道の脇へと寄った。壁にもたれて顎に指を当てる。
さて、これからどうしよう。目標はすっかり見失ったしな…。
足元でたまに影が横切った。
…聞き込みでもするか?
顎から指を離す。腕を組みながら首を横に捻ると、人々が行く遠くの先を見つめた。
「……」
僅かに開いた口元を固く閉じる。自然と顔が強張った。
ーーー
壁際で休む女性に話しかける。
「突然すみません。白い猫を見かけませんでしたか?」
「えっ…見てませんけど」
次に、腰を曲げて杖をつく老人。
「白い猫? 知りませんねぇ…」
子供と手を繋いで歩く男性。
「白い猫、ですか…。見てませんね」
太陽が雲に見え隠れする。その度影が緩やかに動き、大通りの色が変わった。人々は景色に穏やかに溶け込んだ。
…はぁ…勇気を出して聞いたのに、さっぱり手掛かりは掴めない…。
俺はガックリと肩を落とし大通りを歩いていた。その時。
「…てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!」
「やっ、やめ…」
荒だった声が聞こえ、横を見る。
…ん?
次の瞬間、襟を掴まれた青年が投げ飛ばされた。俺の目の前を横切り、地に勢いよく背中を打ちつけ擦らせる。
「がぁっ…!」
青年は苦しそうに顔を歪め、固まった。
「…自分が言ってること分かってんのか?」
ゾロゾロと若者たちが路地から出てくる。通行人が悲鳴をあげその場から立ち去った。俺は目を丸くし傷を負った青年を見る。
…この青年は、あの時の…!
昨日広場で揉み合いになっていた場面が脳裏によぎる。仲間から盛り上げられ、彼はケルヴィンと呼ばれていた。
「ケジメをつけねぇとな…」
低い声と共に、指をポキポキと鳴らす音が響いた。
「…っ!」
気づけば、俺はそれに反応していた。若者達の前に立ち塞がり、軽く腕を構えている。
「お、お前は…なんでここに…!?」
若者達が驚いた顔でこちらを見て立ち止まる。俺もはっとして、自分の構えた手足を見た。
…あ、俺…動いてた?
自分の小刻みに震える膝を見て、眉を顰める。足を開き腰を落とした。浅い呼吸を抑えると前を睨みつける。
「もしかして…やるつもりなのか…?」
「でも、こいつには関わらねぇ方が…」
若者達は俺を見て戸惑いを見せていた。顎を引き、一つ深く呼吸する。見上げるように前を見据えた。
…一か八か…。
「お前ら痛い目に遭いたいのか? 折角昨日見逃したのに…」
腰の柄に手をかけ、抜刀する構えを取る。冷や汗がこめかみに伝わった。若者たちはざわつき、怯えた顔で後退る。
「来ないならこっちからいくぞっ!!」
怒鳴るように叫んだ。
「うっ、なんだよお前…!」
「くそっ、行くぞ…!」
若者たちは逃げ腰になり、路地の方へ走って行った。彼らの姿が見えなくなるまで、睨み続けた。
「………」
張り詰めた顔を緩めた。大きく息を吸い込みわ吐き出す。
…よかった、ハッタリが上手くいって。
後ろを振り返る。青年は尻をついたまま、怯えた目で俺を見た。彼の顔は痣や腫れがあり痛々しい。
「大丈夫か…? 何があったんだ?」
青年の元へ駆け寄り、しゃがんだ。
「ひぃっ…く、くるな…! やめてくれぇぇえ!!」
彼は取り乱して腕を振り回す。
「くっ…!」
彼の上腕を掴むと、大きく揺する。
「おい、落ち着けっ!! 俺は君を攻撃しない!!」
「嘘だ、だって…!」
「攻撃するならとっくにしてる!! 落ち着け!!」
さらに彼を揺すり続けた。次第に大人しくなったので、静かに手を離す。彼は呆然としていた。
「お前、一体何がしたいんだ…?」
「怪我人を放っておけないだけだ。回復魔法を使える人を探して…」
「いや、いい…やめてくれ…!」
「なんで?」
俺の服を縋るように掴んだ。呆気に取られて彼を見る。
「俺は…いや俺達は…散々この村のやり方に反発したからな。皆んなによく思われていないんだ」
「けどその怪我は早く治した方がいい。話せばきっと…」
「いいんだっ!!」
彼は凄む。俺は何も言えなかった。
「…それより、俺を家まで連れてってくれないか。脚が、ふらつくんだ…」
彼は俺に捕まりながら立ち上がろうとする。膝がガクガク揺れていた。咄嗟に彼の肩を担いで、立ち上がる。
「…分かった。その代わり、聞かせてくれないか。何があったのかを…」
「…あぁ」
彼の身体を支えながら、俺は一歩踏み出し歩き始めた。
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