第4話 異変

ーーー(男の子)



 盗賊の方へ向かって走る。が、途中で止まる。間合いをとるように横にそれた。


「うぉっ…!」


 盗賊も踏みとどまり、俺を追う。


 …正面からは分が悪すぎる。


 盗賊が俺に水弾を撃った。足元を着弾するそれを走って避ける。斜面を下りきり、軸足を使い身体を反転。斧が振りかざされ…空いた胴を斬った。


「ぐああぁぁっ!!」


 手首がしなった。鮮やかな鮮血が吹き出す。


 …今…人を斬ったんだ。


 倒れる様子を目で追い、固まった。柄を握る手がカタカタと震えた。


「死ねおらぁっ!」


 はっと我に変える。盗賊たちが武器を手に襲いかかっていた。


「...っ!」


 俺は眉を寄せ、柄を握り直す。鋭い金属音が響いた。そのまま低く踏み込み、斬りつける。


「ぐわあぁっ!!」


 次々と刃が迫った。重そうな横払いを屈んで躱し、肘を入れる。振り向き様に切り裂く。刀身を押し返す。後方の突きを肩上に透かし、襟を掴んで投げ飛ばす。

 盗賊たちが地に伏していく。


 …まただ…考える前に身体が動く…。


「うおぉぉぉおっ!」


 前からの荒っぽい突きに身を捻る。振りかぶった盗賊の胴に打撃。横払いをくぐり、蹴る。


 もう嫌だ…傷つけたくない…。なんでいい加減引かないんだよ!


「あっ…! あの2人が逃げるぞ、逃すな!!」

「追え!!」


 その時、盗賊たちが叫んだ。俺は旅人の方を一瞥する。女の子は気を失った男の子を抱え、逃げようとしていた。


 あれじゃ戦えない…。もし、追いつかれたら…!


「くっ…そぉぉおぉっ!!!」


 強く歯を噛み締めた。 

 相手の踏み込む前に一閃。背後からの真向斬りが近づく。身を翻し、薙ぎ払う。


「やめろぉおぉぉ!! 手を出すなぁぁぁっ!!」


 声が枯れるほど大声で叫ぶ。盗賊たちはすぐに旅人に追いついた。


「来るなぁっ!!」 


 鋭く叫び、彼女は盗賊に杖を向けた。


「ここまでのようだな、お嬢ちゃん…」

「へへ…手間かけさせんじゃねえよ…」


 盗賊が旅人にジリジリと詰め寄る。


 あの距離じゃ、魔法を撃つ前に殺される...。


 俺は駆け寄ろうと走り出すが、盗賊が行手を阻んだ。


「まだだっ…」

「いい気に、なるなよ!」

「くっ...!」  


 息が荒い盗賊たちと剣を合わせる。押し合い、振り払う。再び打ち合った。


 …助けに行けない…行きたいのに!


「これで終わりにしてやるよ…」


 盗賊の1人が大きく斧を振り上げた。女の子は男の子を引き寄せ目を瞑る。盗賊の影が2人に落ちた。

 

 許せない…。


 相手の剣を弾いた。  

 肩が競り上がって震え、眉の辺りに力が籠る。

 真正面の斬撃を横に避ける。ふらつく背中に振り下ろした。


「ははははっ...いい反応だな!」

「おもしれぇっ!」


 盗賊は、振り上げながらためを作る。


 人の心がまるでない…!こんなやつら…いっそ…。


 全身の毛が逆立つように感じた。回転しながら腹に一撃を入れた。目の前の盗賊を倒し、走り出す。


「死ねぇっ!!」


 斧が振り下ろされる。手を伸ばした。だが離れていて間に合わない。


「…っ!!」


 目が大きく見開かれた。視界が一気に真っ暗になり、一切の音が途切れる。プチンと何かが切れる音がした。



ーーー(旅人の女の子)



 

 私は何度か瞬きを繰り返す。盗賊が斧を振り上げた。斧が頭上まで上がり、切先が日の光を反射する。振り下ろされる瞬間が見えた。


 …もう、間に合わない。


 強く目を瞑り、ルーカスを庇う。


 私の人生、こんなところで終わっちゃうのか。

 やりたかったこと、まだいっぱいあったのに…。


 ルーカスを抱きながら身を縮めている。


「………。」


 …あれ、来ない…?


 恐る恐る目を開ける。視界には眼前で血を流し横たわる盗賊の姿が映った。


 え…どういうこと?一体何が…まさか!


 私は顔を上げる。男の子が離れたところからこちらへ向かって歩いていた。盗賊を見下ろす鋭い眼光が威圧感を放つ。瞳は血の色を映したように赤い。


 あの距離から…倒したっていうの!?


 再び傍に伏す盗賊たちをまじまじとみる。傷口は刀傷に似ているが余りにも綺麗だ。


 …魔力の残痕を感じる。おそらく魔法の遠距離攻撃…ってあの子、剣だけじゃなくて魔法も使いこなせるの!?


 盗賊たちは怖気づき、緊張した面持ちで彼から後ずさっている。


「……」


 彼はふと、倒れている盗賊の近くで止まる。盗賊の手に刺さっている短剣を抜き取り、血飛沫を払った。大腿ホルスターの鞘に収める。


 地に臥す盗賊を険しい顔で見つめていた。


 何か考えているのかな…。


 その時ー。


「なんだこいつ…化け物だっ…!」


 1人の盗賊が顔を歪ませて呟いた。息を荒あげ、震えながら剣をゆっくりと構える。


「馬鹿、お前…!」

「うわぁあぁぁああっ!!」


 冷静さを失い、そのまま男の子に突っ込んでいく。彼はすぐさま振り向く。紅く冷たい瞳が盗賊を射抜いた。

 振り向きざまに、流れるような水平斬り。三日月型の斬撃波が鋭い音を鳴らして飛ぶ。斬撃波はわずかに逸れ、盗賊の頬を掠めた。盗賊はその場に硬直する。


「...外れた?」


 後方の木に直撃し、深い切り込みが入る。ミシミシと幹が折れて倒れた。振動と共に低音が轟く。


「イメージと感覚が合わない...。久しぶりだからか?」


 彼は考え込むように呟く。


「...ちょっとやばいぜ、こいつ...。」

「くっ…一旦引くぞ!」


 1人の盗賊が焦ったように叫んだ。動ける盗賊たちが慌てて走り去っていく。


「……。」


 男の子は追わなかった。ただ眉を寄せて眺めていた。…が、次の瞬間。ガクッと膝から崩れ落ちる。そのまま地面に突っ伏した。


 え…え…どうゆうこと?


 理解が追いつかず一瞬固まってしまった。


「…。」


 その時、抱えていたルーカスが私の手元からずり落ちそうになるのを感じた。

 慌ててルーカスを引き寄せた。


「…そうだ、早く治療しないと!」


 私は彼の左肩に杖を当て、詠唱を唱え始める。


「…清らかなる光よ 生命の波動よ 傷つきし者を癒したまえ ファルマーケフティコース」


 優しい緑の光が彼の左肩を包む。


 初級回復魔法でも、体の一部なら初級で十分そう。


 私は暫く魔力を込め続ける。


「…ん、そろそろいいかな」


 傷口に雑に巻きつけておいた布を外していく。


 急いで止血できたし、そのうち目が覚めるはず。

 うん…しっかり傷も塞がってる。


 私はルーカスを肩に担ぎ込むと、立ち上がる。


「あとは…危ないから早くここを離れなきゃ…。よいしょ。」


 一歩踏み出した。が、すぐにその場で固まり、考え込む。


「……そうだ、あの子...」


 振り向くと、男の子の方を見た。


「……うっ…」

 

 肘をついてうずくまっている。身体を起こしているようだ。


「いった...。あれ、意識が…」


 彼は顔を上げる。片手で頭を押さえ立ち上がった。きょろきょろと辺りを見渡し、私と目が合う。夕陽のような、澄んだ朱色の瞳だった。


「……。」


 暫くして彼は苦い顔をし、目を逸らす。眉を寄せて考え込むように見えた。


 …雰囲気が、変わった…?


 彼は俯いて唇を結ぶ。振り向き、意を決したようにこちらへ駆け寄った。


「あの……大丈夫ですか。2人とも、怪我は…?」


 少し泣きそうだった。声が僅かに震えている。


「あぁ…私は大丈夫。隣の彼も、回復魔法で傷は塞がったよ」

「そう、ですか。よかった…」


 私は微笑んでみせる。彼は憂を帯びた顔をした。


 …よくわからない子だな。だけど…。


 考えを巡らせ、目を伏せる。彼が私たちを逃がし、盗賊に立ち向かった勇気ある姿を思い出していた。


 …きっと、いい人なんだと思う。


 顔を上げて、笑みを浮かべた。


「…そうだ。ちゃんとお礼が言いたいし、少し歩いて話さない?ここは、もう離れよう。」

「あ、あぁ…」


 彼は倒れている盗賊の方を向く。その横顔は何処か辛そうだった。


「じゃあ、行こう。」

「…。」


 少し歩き出し、男の子の方を見た。彼は後ろを気にするように歩いている。

 私は困ったように笑った。


「…あなた、男の子でしょ? 悪いけど彼を背負ってくれる?」

「…あ! そうだな、わかった!」


 彼ははっとして振り向くと笑った。ルーカスを受け取ると彼は背中に背負う。私たちはそのまま街道沿いを歩き出した。


 太陽が雲から顔を覗かせ道を照らす。静かにそよ風が吹き森の木々を揺らした。

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