第5話 迷い

ーーー・


俺たちが歩く昼過ぎの森は穏やかだった。陽光は強すぎない。風はゆったりと流れ、まばらに生えた木々の間を通り抜けている。


「…私はリリアン・オックスフォード。で、私と一緒にいた彼はルーカス・トンプソン。あなたの名前は?」

「リリアンとルーカスか…。俺はアラン・エルマンデル。背は少し低いけど17歳なんだ。」

「あ...ほんとぉっ?!それだと私たちと同い年か!!ごめん、てっきり歳下かと...。」

「...やっぱりそう見える?」

「そうだね…あなた童顔だしね。」

「……。」

 

リリアンは橙色の巻毛を後ろで一つに結えび、赤茶色のくりっとした瞳を持つ女の子だ。その瞳がふと俺を見つめる。


「あと…あなたって綺麗な顔してるよね。」

「な、なんだそれ…。」


俺はルーカスを背負い直すと、少し俯いて口をつぐむ。背負っているルーカスは短い金髪の男の子。身長は俺よりずっと高い。瞳は遠目で見た感じ深い藍色だったかな。


「ふふ…。そうだ、さっきは助けてくれてありがとう。危なかったから本当に助かった。アランは命の恩人だよ!」

「あ、あぁ…。2人が無事で良かったよ。」

「ヒヤヒヤした時もあったけどね~なんとか…あっ、ルーカス!起きた??」

「あれ…ここは…ってうぉおっ?!」

「おぉおっ?!」


俺の背中にいたルーカスは驚いて飛び上がった。俺はバランスを崩しルーカスと一緒に後ろから倒れていく。俺は咄嗟にルーカスの背中側に自分の体を滑り込ませ、そのまま彼の下敷きになった。


「あいっってぇ…っ!!」

「…あっ悪い!!大丈夫かお前?!」

「大丈夫…ごめん、ちょっと体避けるよ。」

「あ、あぁ…。」


俺はルーカスの身体をずらし、背中の土を払いながら立ち上がった。


「…ルーカス、体調はどう?戦いはもう終わったんだよ。」

「大丈夫だ。......そうか、よかった。俺たち生きてるんだな...。」


ルーカスは上半身だけ起こし、辺りをじっくりと見渡しながら言った。


「…そうだよ。ねぇみて、彼が助けてくれたの。ルーカスも途中まで見てたよね?」

「あぁ。えっと名前は...?」

「アラン・エルマンデルだ。」

「アラン、助けてくれてありがとう。リリアンも...肩の傷治してくれたんだろ?ありがとうな。」

「うん。」

「いいってこと!」


ルーカスは穏やかな笑みを浮かべ、リリアンは得意そうにしている。俺もそんな2人のやり取りを見て自然と笑みを溢した。


「そうだ、ルーカス立って歩ける?」

「あぁ…いけると思う。」


ルーカスはそう言って立ちあがろうとするが、ふらっとしてバランスを崩す。俺とリリアンは咄嗟に彼を支えようとした。


「もう、ダメじゃん!ダメならダメって言ってよ~。」

「いや、ちょっと立ちくらみしただけだって。」

「…よかったら俺の肩貸そうか?」

「あ~、じゃあ一応。悪いな。」

「…絶対そうした方いいって。」


ルーカスは俺の肩に手を回して体重を少し預けた。俺たちはそのまま、会話をしながら森の中を進んで歩いた。




ーーー



日が落ち始めていた。オレンジの地平線に夕闇が迫り、草木は黒く塗り潰される。俺たちは森の中で簡素なテントを張る作業をしていた。


俺はしゃがみながら、その辺で拾った石で杭を叩いて打ち込んでいた。


「まさかアランが記憶喪失だったなんてね~…ほんとに驚いた。行くところもないんでしょ?」

「うん…だから自分のことがよくわかんないんだよな。」

「まぁ、とりあえず俺たちについてくれば野垂れ死にはしないから安心しろ。」

「…ありがとう。」


少し上の空で返事をした。


「どうしたの、アラン。さっきから暗くない?」

「いや、そんなことないよ!…そうだ、次どこ打ちつけたらいい?」

「あー…もう終わりだね。休んでていいよ!」

「そっか…。」 


俺は石を捨てて立ち上がり、後ろを振り返った。消えていく太陽の光を目を細めて見つめる。


…さっきよりも日が落ちてる。暗くなるのって早いな…。


「…ごめん、2人とも!ちょっとこの辺歩いてくる。5分くらいで戻るから!」

「あ、あ~?わかった。暗くなるから気をつけろよ!」

「あぁ!」


俺は駆け足でその場を離れ、落ち着ける丁度いい場所を探した。



ーーー



沈む夕陽が見えやすい場所を見つけ、俺はその場に座り込んだ。…まあ、座ると少し見えにくいけど、木でそんなに隠れない分いいかな。


立てた膝の上に肘を乗せ、昼間盗賊と戦闘した時の事を思い出し始めた。


俺はずっと心の中で引っかかっていた…俺のした事は、純粋に正しいことだったのかと。

盗賊に襲われた2人を助けた事は後悔していない…だが俺は盗賊を斬り捨てた。致命傷は避けたつもりだが、出血多量で死んでいてもおかしくはないだろう。


視線を落とし、自分の影で黒く染まる落ち葉をじっと眺めた。


一般的に見れば、俺の行いは旅人を守るためとして正当化されそうだ。けど…俺は彼らがどんな経緯で盗賊になったのかなんて知らない。例えば複雑な理由が絡んでいたりして、それこそ脅されたりだとか…。考えすぎかな…? 


俯いていた顔を上げ、夕陽を見つめる。背中の木にもたれて足を広げた。


それにさ…俺一瞬ブチギレて、その後の記憶は夢をみていたようで朧げなんだけど…あの瞬間は本気で盗賊を殺そうとしていた。


別の意識が身体を支配して動かしていた感覚だった…あれはなんなんだろう。何がきっかけでああなる…?また突然意識が切り替わったりしたら、何するかわからないじゃないか…。


これを、2人にどう説明しよう…。言わなきゃいけないよな…自分で制御できないんだから。


黄色く輝くそれが穏やかに森を照らしている。前に屈み足首を掴む。


でも…正直言いたくない。せっかく打ち解けたのに…。いや、そもそもそんな状態で彼らと一緒にちゃいけないかも。そうだ、明日にでも…。


夕陽を見つめながら目を細める。


あと、正しさってなんだろうな。そもそも正しさを測る絶対的な線引きなんて、この世界に存在するのだろうか。


木に手をついて立ち上がる。もう、夕陽は今にも沈みそうだ。


でも…だからこそ俺は考え続けよう。現実は複雑で、必ずしも答えが明確な選択肢を与えてはくれないから…俺は正しさとは何かを、自分の物差しを持って見つめ続けたい。


夕陽に背を向けて歩き出し、テントへと戻った。




ーーー



戻る頃には、群青の空に星々が輝いていた。


「おそーい…5分…ほんとに5分?15分くらい戻って来なかったんじゃないの…?」


リリアンが焚き火に木の枝を焚べ、その対側でルーカスがしゃがんで暖を取っていた。


「ごめん…。考え事してたら思ったより時間が経ってて。」

「考え事…?何を考えてたんだ?」

「……ここは何処なんだろうって思ってさ。記憶が無くて、本当に何もわからないから。」


少し考えてから、苦笑いして答えた。


「…ここはケルティネ王国に向かう街道だよ。この辺は盗賊は出るわ宿も少ないわで、困っちゃうんだけどね。」

「まあ、けどあと1週間も歩けば都市に着く筈だ。…何か思い出せそうか?」

「いや、残念ながら何も。そういえば、この森は魔物が多いのか?まだ遭遇していないが…。」


後ろを振り向き、森の中を見渡した。


「この辺は魔物が少ないよ。街道は定期的に整備されてるし、周辺の魔物は討伐されるからね。」

「…そうか、それはよかった。」


魔物とは、身体が魔素で構成される生物のことだ。身体の作りは特殊だが、その生態は他の生物と殆ど変わらない。性格は非常に凶暴で残虐であるため、人は古くから魔物と戦ってきた。と、俺は理解している。


「さて…、そろそろ夕飯にしようぜ。ほらアラン、これ。一個取れよ。」


そう言ってルーカスはリュックから紙袋を取り出すと、それをずいっと俺の前に差し出した。

俺は紙袋の中をチラッと覗き、茶色い固形ブロック状のものを一つ手に取った。


「これ…携行食?俺が知ってるのと少し違うかも…もっと形が歪なイメージだ。」

「そうなのか?とりあえず食えよ。」


ルーカスも紙袋から一つ取り、それを口に運び真顔で咀嚼し始めた。リリアンも鞄から同じものを取り出し食べ始める。


俺はその固形ブロックをまじまじと見つめた後、思い切ってかじりつき食べ始めた。


すると噛み締めるごとに口いっぱいに強い苦味が広がったので、思わず咀嚼を止めて固まる。


…何これ…まっず!!!もっさりしてるし口の中の水分持ってかれる…!あれ…携行食ってこんなんだったけ…?俺、忘れてた??


「あれ、どうしたの?もしかして食べ慣れてないの?」

「なんだお前、美味いもんだとでも思ってたのか?」

「ん…んっ…!!」


俺は一気に全部口の中に入れて、なるべく味合わずに飲み込んだ。そのせいで胸の中でつかえたので、手をグーにして何度か胸を叩く。く、苦しい...。


「大丈夫!?水でも飲む?」


俺はリリアンから無言で水筒を受け取ると、喉を鳴らして一気に胃へと流し込む。


「はぁ…助かった、死ぬかと思った!ごめん、ありがとう!」

「もう…一気に食べたならそうなるって。」

「ふふふっ…お前面白いな。」

「うっ…笑うなよ!しょうがないだろ、記憶がないんだから!!多分忘れてただけだって!!」

「じゃあ、もう一つ食べて思い出せるか試してみよう。」

「え、やだよ!!何言ってんの!?ルーカスお前ふざけてるだろ!!」

「え、何が?」

「~!!!」


リリアンは俺たちのやり取りを見てくすくすと笑っていた。


くっそ…ルーカスってこういうやつだったのか…。こいつ、真顔で冗談いうタイプだ!真顔なだけに掴みにくいけど今のはぜったい確信犯。

もーう…!!


俺は気恥ずかしさと困惑が入り混じったなんとも言えない気持ちになっていた。



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