第六話前編:ポルボローネと訪問者

(百六十度で十分)


 そう頭の中で呟きながらオーブンに手をかざすと、オーブンに光が差し、徐々に熱を帯び始める。

 眩しい光を発したらこの中に物を入れ、(スタート)と心の中で唱えると、オーブンが中身を焼成し始めるシステムだ。


「やっぱ、このオーブンがチートだな。……魔法、凄過ぎる……」


 私はオーブンを睨みながら腕を組んだ。



* * *



「先生、魔法ってどうやるんですか?」


 菓子の時間、ポルボローネを手に持ち、先生に尋ねる。

 ポルボローネは、小麦粉を焼いてから作るブール・ド・ネージュ(スノーボール)みたいなお菓子だ。

 ポルボロンともいうらしいが、実は材料が違うとか形が違うとか諸説あり、ちんすこうの原形ともいわれている。

 幸運を呼ぶお菓子、ともいわれているそうだが……まあ、美味しければどうでもいいか。

 焼いた小麦粉にアーモンドプードル、砂糖、バターを加え、混ぜ合わせて焼き上げ、目の細かい擂り鉢で砂糖を擂り潰して作った粉砂糖をまぶしたら完成だ。

 焼いた小麦とアーモンドが香ばしい、ほろほろとした食感が癖になるクッキーだ。


 魔王様とコンセルさんはポルボローネをむさぼりながら、こちらに視線を向ける。

 先生も頬張っていたポルボローネを、紅茶に似たアンティという飲み物で流し込み、私に視線を動かした。


「魔法は……己の魔力のみで発動させる、かなり特殊な力です。使える人は殆どいませんが……」


 ……? あれ? それじゃ、オーブンや冷蔵庫とかは何なんだ?


 なぞなぞを出されたような気分になり、私が思い悩んでいるところに魔王様が口を挟む。


「もしかして、魔術のことを聞きたかったのではないか?」

「ああ、シホちゃんは異世界人だしな。 色々といい方が違うよな」


 魔王様の言葉を受け、コンセルさんが腑に落ちたように呟くと、先生も得心が行ったのか大きく頷き、私に柔らかい笑みを向けた。


「では、授業は魔力のお勉強にしましょうか。生活する上でも知っておいた方が役立ちますし」


 こうして次の授業は変更され、菓子を食べ終えた先生と私は、私の部屋へ移動した。



 魔力の大まかな役割を習う。

 一つ目は、精霊から借りられる魔術という力を使う時に消費する力である。

 二つ目、その術を借りるための目安──系統や量と質で借りられる魔術が決まる。

 三つ目、己の魔力のみで構築した魔法を発動させるのに使う。


「生活魔術……空調設備や照明、オーブンに冷蔵庫、水道なども全て、魔術でまかなっていますよ」


 魔術って電気みたいなものなのか? 道理でこの世界も便利だと思った。

 で、この世界では、電気を使うために魔力を消費する、ということだろうか?


 ……ということは、無意識に私も魔術を使ってたのか?

 魔力が足りなくなったら、どうやってオーブンを使うんだ?


 私は混乱し、複雑な表情になって考え込むと、先生は苦笑しながら訂正する。


「この城の生活魔術は、契約者である魔王様が全ての魔力を補っておられます。毎月の使用料も、恐らく魔王様が支払っておいででしょうし」

「し、使用料?! 魔術に?!」


 魔術を使うごとに電気代──もとい、魔術代を支払うことに違和感を感じた私は目をき、先生に詰め寄る。

 だがこの世界ではごく当たり前のことのようで、先生は驚く私を不思議そうに首を傾げて見つめ返してきた。


「シホさんの所では、料金が発生しないのですか?」

「いや、元々魔術とかが、ないので……」


 私の言葉に今度は先生が目を見開き、テーブルに乗り出して私を凝視する。

 私は元世界での生活費に切り替えて考え、両手を振りながら慌てて訂正をした。


「いや、代わりに水道や電気、ガスとかがあって、それで生活は出来てます! ……料金も発生してますね」

「ですよねー! あー吃驚びっくりしちゃいました」


 この理屈でいうと、発電所が精霊だろうか。

 発電所で電気を放出させられている小さな有翼人達を想像し、何とも奇妙な気分になる私を余所に、先生は説明を続けた。


「精霊が作った術を発動させるには、それぞれの呪文を唱えないと使えません。この呪文を唱えることによって、その術を作った精霊が相手の能力を審査した上で、発動許可を出してくれるのです」

「?! 審査を通すんですか……?! それだと発動までの時間が長そうですね……」

「いえ、まさか。……それじゃ、ちょっと庭に出てやってみましょうか」

「え?! 外で、ですか?!」


 冬の寒さに後込む私の背を押し、先生は私を庭に誘導する。

 城内は空調魔術で温かいが、一歩庭園へ出ると、雪がちらつく程度には寒い。

 とはいえ、魔術に興味がないわけではない。

 上手くいけば菓子作りの下ごしらえが楽になる術が使えるようになるかもしれない。

 主に攪拌かくはんとか、固形を粉にしたりとか、ねるとか……


 ……あ、ちょっとテンションが上がってきた。


 妄想で徐々にテンションを上げた私はゆっくりと庭に移動する。

 夕方を過ぎた外は沈み込む太陽から真っ赤な光を放ち、辺りを赤く染めていた。


「それじゃ、一番簡単な照明魔術をお教えしましょう。手を前に出してください」


 目の前に立った先生が胸の高さに手を挙げ、その掌を上に向ける。

 それを真似して同じように手を出してみる。


「それでは、私の言葉に続いて唱えてください『我らが力よ、我に小さき光を授けよ』」

「……我らが力よ、我に小さき光を授けよ」


 若干気恥ずかしさを感じながら先生の言葉に従い、呪文を唱える。

 掌の少し上に、小さな光の粒が集まり始める。徐々に粒の集合が増すとその光は大きな球になり、赤く染まっていたその場を白々と照らしていく。

 直径三十センチくらいある光の球はかなり眩しい。

 不意に先生の方へ視線を動かすと、先生の掌にも白い光の球が揺れていた。

 大きさは小さいが、密度濃いその光はかなり強い光を放ち、遠くまで光の筋を伸ばしている。

 大きいがあまり広くない範囲しか照らさない私の照明とは、質が違う気がする。


「どんな照明がいいか、具体的に想像しながら唱えると、色々変えられますよ」


 私の心の声を察してか、先生がそう説明すると、その光を上空へ放り投げて歩いてみせる。

 フヨフヨと空に浮かぶ照明は、先生が歩く度に付いて回り、何だか可愛い。


「投げる時に追尾させるか、その場に留まるか、考えてから投げると、このように出来ます。照らす時間は魔力や念じ方で変わりますが、初心者は大体五~十分くらいでしょうか」

「なるほど、面白いですね」


 私はその場に留まるよう考えながら、光を上空に放り投げる。

 結構上空まで飛んだその光は、私まで光を届かせずに上空で停止していた。

 ちょっと遠くに投げ過ぎたようだが、ちゃんと留まっているから良しとしよう。

 私の様子に先生は笑みを浮かべて頷いた。


「シホさんは飲み込みが早いですね。もう少し複雑な魔術を練習してみましょうか。ちょっと待っててください」


 そう告げると、先生は足早に城へ向かってしまう。

 複雑とかより、出来れば攪拌かくはんとかそういう魔術がよかったが、告げる暇もない。

 私は色々な照明を作りながら先生を待った。


 突如、上空に目映い光が轟音と共に訪れる。

 すっかり暗くなってきた辺りを強烈な光が降り注ぎ、雷が落ちたような凄まじい音が響き渡る。


 ……照明魔法に何かあったのか?!


 慌てて光の中心に目を向けようと振り返ると、その光が徐々に消え、黒い影が浮かび上がってくる。

 その影は徐々に大きくなり、小さな木が浮かび上がった。


「……はあ?!」


 木の大きさは全長一メートルくらいだろうか。

 木の幹には三箇所のくぼみがあり、それが目と口に、覆い茂る葉がアフロヘアに見える。

 木は大きな音を立てて地面に降り立つと、枝を伸ばして殴り掛かってきた。


「ちょっっ!! 何だこれ?!」


 私は体をひねって枝を回避するが、直ぐに次の拳が繰り出される。

 放たれる枝をわずかに避け、私は木の頭──覆い茂る緑に目を向けた。

 攻撃を放つ度に、葉や木の実が今にも落ちそうに揺れている。

 特に木の実は、紫掛かった赤や黄色や緑などの様々な色の実がっているが、形状や香りからリンゴのような気がしてならない。


 ……食べられるだろうか?


「ねえ、その実は食べられんの? 一つ、貰えないかな?」

「勿論、そのためにってるんだから、食べられるさ。一つくらいなら構わないけど、とっても美味しいからって全部食べちゃうのは困るけどね」


 木の声とは思えない、透き通った男声とも女声ともつかない声で返事が返ってくる。

 いつの間にか、襟足が長く淡い銀のショートヘアをした綺麗な子が木の背後に立っていた。

 年は十代前半くらいだろうか。男とも女ともとれる整った顔立ちはまだ幼さを帯び、大きい紫色の瞳で真っ直ぐにこちらを見つめ、穏やかな笑みを浮かべている。

 白い上着には、所々に金の刺繍と黒いラインが施され、肩章けんしょうからは金のフリンジが下がっており、胸元には飾緒しょくしょといわれる飾り紐が下がっていた。

 燕尾服というのだったろうか。その上着は腰辺りで短く、脇から後ろは長く、その背面は途中で二股に分かれている。

 上着の胸元からは、フリルのついたブラウスが覗いており、白いハーフパンツの下はタイツか靴下だろうか。

 形状が凝っている金具の多いブーツを履いたその姿は、貴族の少年といった雰囲気だ。


「マリンジ! お前、何処から入ってきているんだ?! 何のために転移室があると思っている!」


 魔王様が蝙蝠こうもりのような羽根を広げて空中から降り立ち、目の前の子を睨み付ける。

 マリンジと呼ばれたその子は魔王様へ視線を移し、嬉しそうに頬笑んで魔王様に話し掛けた。


「やあ、サジェス。この木、キミのために改良したんだ。早く見せたくて飛んできちゃったよ」


 屈託のない笑顔を向けるその子に、魔王様は困ったような怒ったような複雑な表情で言葉を失い、立ち尽くした。

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