第五話後編:苺狩りと苺ロールケーキ

 ……この時の私の敗因は、異世界にいることを失念していたことだろうか。


 まともな名称さえ覚えていれば、こちらの人間であるファムルには全ての事情を把握出来たことだろう。

 きっとこんな目に遭わない手段を選べたんじゃないだろうか。

 彼女の体は苺もどきの果汁にまみれ、頭から足先まで赤紫に染まっていた。


「ファムル、危ない!!」

「わ、我の力よ、相手の水分を奪え……!」


 私は名前を叫びながら、再び迫る紫の球体を虫取り網で捕らえる。が、自分への攻撃とファムルへの攻撃の両方は、数が多すぎて受け止めきれない。

 間髪入れず突撃してくる紫の物体にファムル自らも呪文を唱えて応戦すると、ファムルの側には水気をすっかり失った赤紫の物体が転がっていた。


「……乾燥苺もどきか」

「……避けきれないし、魔術だと乾燥させちゃうし……美味しく食べられないよー!」

「乾燥苺も美味しいけどね」


 泣きじゃくるファムルの頭を撫でながら、私はファムルの拵えた乾燥苺もどきを口に入れる。

 サクッとした軽い食感に、生より酸味を増した甘酸っぱさは、生とは違う美味しさを持っている。


 ……これはこれで使えそうだな。


 私が邪悪な笑みを浮かべて謀略を巡らせていると、先生が興味深げに話し掛けてきた。


「ファムルさんは魔術が使えるんですか。獣人族なのに珍しいですね」

「獣人族は魔術が使えないんですか?」

「そうですね。獣人族は身体能力が高く、物理攻撃に長けている分、魔力が弱い傾向にありますので」


 先生の言葉に私が疑問を投げ掛けると、先生は種族の特徴を教えてくれる。

 獣人族のことはよく知らないが、先生のいった特徴とは真逆の獣人族を目の当たりにしている私は、訝しげに先生を見つめる。

 ファムルはどちらかというと、反射神経や運動神経が鈍い。

 部屋にいる時も頻繁に転んでいるし、私が持てる荷物の半分くらいの量じゃないと身動きが取れなくなってしまう。

 しかし、一瞬であの果汁満載の苺もどきをカラカラに乾燥させたその魔術は結構な力なのではないかと推測される。

 私の表情から考えを察したのか、ファムルが躊躇いながら私に説明を始めた。


「……私、小さい時から運動音痴だし、体力も力もなくて……。……そのせいで獣人族の集落にいた時は苛められてたんだ。でも、そこに魔王様が偶然訪れて、私をお城の住み込みメイドにしてくださったの。魔術も、お城で働くようになってから覚えたんだよ」

「……獣人族は魔族以上に実力主義ですからね。それはさぞ辛かったでしょう。思い出させてしまってご免なさい」

「いえ、大丈夫です! もう平気ですから」


 先生が項垂れて謝罪をすると、ファムルが愛らしい笑顔で答える。

 事情は詳しくは分からないが『筋肉こそ正義』などという世界だったら、か弱いファムルにはさぞ生き辛い場所だったことだろう。

 筋肉至上主義で、他の力を鍛錬する術はなく、ファムルの真価を見出すことが出来ずにないがしろにしたなどということを想像するだけで、憤りどころではない。


 ……ちょっとその集落を滅ぼしにいってもいいだろうか?


 私の怒りを察してか、ファムルが少し慌てた様子で私の両肩に手を載せた。


「そのお陰で、シホちゃんと友達になれたもんね」

「ファムル……!!」


 何だッッ!! この可愛い生き物はッッッ!!!


 私は感極まり、ファムルの肩を掴んで己の体に引き寄せて強く抱き締める。

 苺もどきの果汁や果肉が一杯付いている上に、奴らからの攻撃は執拗に続いているが、気にしない。

 私達が友情を確かめ合っていると、徐にコンセルさんが近付き、声を掛けてきた。


「シホちゃん、いい動きしてるね。何かやってた?」

「それより攻撃されてる女の子を助けないとか、ちょっとどうでしょうか?」


 今、正に攻撃を食らっているところで、良い動きとかいわれてもイヤミにしか聞こえないと思うのだが。

 魔王様やコンセルさん、それに先生の服は汁一滴付いておらず、綺麗なままだ。

 しかし、さっきから己に迫る苺もどきにしか対処していない三人に少々憤りを感じ、コンセルさんを軽く睨み付ける。

 ファムルも魔術を駆使し、私も懸命にファムルに迫る苺もどきを食い散らかすが、やはり量が多くて捌ききれない。


 こんな、苺まみれなファムルを放置とかって、貴様らの血は何色だっ?!


 私の言葉に、コンセルさんは軽く目を見開いて気不味そうに頭を掻いた。


「……ストレリイ狩りって、手助け禁止っていうルールだからな。けど、確かに可哀想なことをしちゃったね、ゴメン」


 ……何、そのルール。これって、苺狩りじゃなかったのか?


 けど、獣の狩りだと、色々ルールがありそうだし……

 思案に暮れていると、先生とファルムの言葉に、不穏な単語が浮かび上がる。


「本当にご免なさい。でも、ペナルティがちょっと怖くて……」

「い、いえ! これのペナルティ、ちょっと重いですし! 気にしないでください!」


 ……ペ、ペナルティ、だと?! 然も……重い?!


「ストレリイ狩りでルールを破った人は、十日間、魔術が使えなくなるの。……シホちゃん、知らなかった?」

「……ルールもペナルティも、初耳だよ」

「……え?! シホさん、知らずにファムルさんを助けてたんですか?!」


 ファムルの言葉に頷くと、先生が顔色を青ざめさせながら、驚きの声を上げる。

 思ってたよりも軽いペナルティで助かったが、これが『十日間菓子が作れない』とかだったらどうするんだ?

 誘っておいて、ルールもペナルティも教えないという魔王様を一瞥すると、魔王様が気不味そうに目を伏せた。


「……コンセルが説明すると思っていたのでな」

「……すみません。魔王様が既になさったと思い込んでいました」


 魔王様のいい分に、コンセルさんが焦った様子で頭を下げる。

 つまり、誰かしたと思って、し損なったわけだ。

 まあ、私が十日、魔術を使えない所で特に問題はないので良しとしよう。


「ちなみに、ペナルティとは、こう、書きます」


 先生は体を最小限に動かし、苺もどきを避けながらノートを広げ、文字を書いた。


 ……先生、ペナルティは菓子の材料にならないから、覚えられませんぜ……



「大分、収穫出来ましたよね。そろそろ終了しませんか?」


 私が虫取り網の、網に近い柄をペンのように握りながら苺もどきを捕獲しつつ声を掛けると、魔王様は網の中身を籠に移動させながらこちらを振り返る。


「そうだな。これだけあれば、多くの菓子が出来るだろう」


 魔王様やコンセルさんは無理だと思うが、先生くらいは入れそうな大きな籠には苺もどきが溢れんばかりに入っている。

 ちなみに身長はコンセルさんが一九十センチオーバー、魔王様は一八五センチくらい、先生が一六五センチくらいで私は一六十センチ、ファムルが一五十センチくらいという順番だ。

 私とファムルが無理をすれば二人で入れそうなその籠と同じ大きさの籠には、苺もどきが山盛りに入っているのが五つ、半分くらい入った籠が一つある。


「……ちょっと取り過ぎましたね」

「そうですか? この位の分量、シホちゃんの菓子だったらペロッと食べちゃいそうですが」

「……うむ。そういわれれば……まだ足りんな」

「……ちょ、ちょっと魔王様! 悪くする前に作りきる自信、ありませんって!」

「ええっっ?! ま……シ、シホちゃぁぁんっ!」


 先生が困った表情で語るとコンセルさんがそれを否定する。

 コンセルさんの言葉に同意しつつ、更に苺もどきを狩ろうとする魔王様の腕を掴み、私は魔王様の行動を阻止する。

 己の救世主に対して不敬な振る舞いをする私を、ファムルが驚愕して制止しようとするが、すまん、これだけは譲れない。

 現状だけでも作りきれない自信の方があるのに、これ以上増やされて堪るか!

 私の必死な抵抗により魔王様は漸く狩りを諦め、振り上げた虫取り網を足元に下ろした。


「……仕方ない。足りなくなったらまた来よう。では、帰るか」


 そう呟くと、魔王様はここへ来た扉へと歩を進ませていく。

 一瞬で移動とか、遠足の情緒がないな。……楽ではあるが。


「あの魔法陣の仕組み、ご存じですか?」


 徐に背後に立った先生が突然、尋ねてくる。

 これは質問だろうか、問題だろうか。

 私が素直に首を振ると、先生は軽く頷き、魔法陣の仕組みを教えてくれた。


「あれは移動専用魔法陣といいまして、先ずは基となる場所で魔法陣を作り、別の場所で魔術を行使すると、基の場所からの移動箇所として登録され、瞬時に移動することが出来ます。基本的には片道で使用することが多いですが、お互いの場所に魔法陣が置けた場合、往復として使うことが出来ます」


 つまり、魔法陣が置いてある場所から、登録したことがある場所には何処にでも行けて、帰りも同じにしたかったら同じ物を作れと、そういうことだろうか?


「ちなみに移動魔術を使いこなせる人は殆どいません。流石は魔王様ですよね」

「……は、はあ。まあ、魔王様ですし?」

「ですよねー! シホさんには愚問でした、すみません」


 私がいまいち凄さを実感出来ず有耶無耶に答えると、先生はそれを、私が魔王様を尊敬するあまりに『魔王様なら何でも出来て当然』状態だと解釈し、頬を微かに染め、笑みを浮かべながら私の肩を何度も叩いた。


「先生、見てるだけで照れちゃいますよー!」


 すみません、先生。いっている意味が分かりません。

 私は対応に困り、曖昧な笑みを浮かべて無言で魔法陣に乗り、再び魔王様の執務室に戻る。一瞬の移動は便利ではあるが、やっぱり遠足の情緒がない。

 どうせなら遠足用のトンネルを作ってバスで移動とかの魔術がないかと思い巡らせていると、魔王様がこちらを振り向き、私とファムルに声を掛けた。


「シホ、ファムル、ちょっと来い」

「はい!」

「……はい?」


 唐突に名前を呼ばれ、困惑しつつもファムルと共に魔王様の側へ駆け寄る。

 魔王様が私達に手をかざすと、ファムルと私の服から苺もどきの果汁や果肉が消え失せ、元の綺麗な服へと戻っていった。


「……わあ! あ、有り難うございます!」

「おおー!! 有り難うございます!」

「……うむ」


 感極まった声で感謝の意を表すファムル。

 意外と細かい親切をする魔王様に私も感動して感謝の意を表すと、魔王様は移動しながら端的に返事を返す。

 その後、五人で少々遅い菓子の時間にし、その日の野外授業は終了した。



 その日の夕食後、私は厨房でファムルに乾燥してもらった苺もどきを砕いて粉にしている。

 そして卵に砂糖を入れ、よーくかき混ぜる。

 ふるった乾燥苺の粉と小麦粉を入れ、天板に流し入れて焼成し、冷ます。

 生クリームに砂糖を混ぜ、ホイップしておく。

 焼いて冷ましたスポンジにホイップを塗り、そこにカットした苺もどきを置いて巻けば、苺ロールケーキの出来上がりだ。


 朝までスポンジを冷やしておき、昼に巻いて冷やしておいたものを、菓子の時間に出す。

 赤みが強い苺もどきは生地を綺麗なピンクに染め上げ、クリームの白さと相まって、見た目も華やかだ。

 ほわっと柔らかい生地が口の中でクリームと共に溶け、生の苺もどきの甘酸っぱい果汁が広がっていく。

 スポンジとクリームの甘さに、乾燥苺の酸味が調和して、コクにくどさを感じさせない。


「うん! ケーキの甘さとストレリイの酸味が合うね!」

「綺麗な食べ物ですね! ストレリイの果汁とクリームが合わさって、とても美味しいです!」

「……うむ、菓子に良く合う果物だな」


 フォークで切ったケーキを口に運んだコンセルさんが、感嘆の声を上げる。

 先生がケーキを見つめながら口に運び、頬に手を当てて満面の笑みを浮かべると、空になった皿をこちらへ伸ばす魔王様が、頷きながら呟いた。

 私は魔王様の皿を受け取り、ロールケーキを一切れ載せ、手渡す。

 それを見たコンセルさんと先生が、勢いよくロールケーキを食べ尽くし、こちらへ皿を差し出した。


「あと二切れー! 早い者勝ちだよー!」


 私が商店街の店番のように声を上げると、己のケーキをあっという間に平らげた三人が一斉に皿を差し出してくる。


「わ、私が主だぞ?!」

「わ、私は教師ですよ?!」

「お、俺は……友達??」

「わー。コンセルさんが一番曖昧です、残念ー」

「しょ、しょうがないだろー? 俺がそう思っててもシホちゃん、頑なに敬語、貫き通すし!!」


 勝負に負けたコンセルさんが机に伏せながら、声を震わせて何かわめいている。


「ダイジョウブ、トモダチ、ダヨ?」

「いい方に感情がこもってねえ!!」


 うわああああ、と泣き声のような言葉を発して伏せているコンセルさんが哀れだったので、私は仕方なく己のロールケーキを一口ほど切り、コンセルさんの皿に移した。


「シ、シホちゃん……」


 私の動作に、コンセルさんが感極まったのか瞳を潤ませて私を見つめるので、私は親指を立てサムズアップして片目を閉じると、コンセルさんも同じ仕草を返し、ケーキを口に運んだ。

 実は、ファルムの分に一切れストック済みなのだが、そこは内緒の秘密だ。


「マジで俺には、タメ語でいいからな?」

「うん、有り難う。タメ語は気楽でいいよね」


 コンセルさんと私は、再びサムズアップして笑い合った。

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