俺的には悲しいがこの審判は妥当です

紫月結衣

第1話

 大きいクラクションを鳴らしながら、俺に向かって走るトラック。気付いた時にはもう既に──。



 …………。



「……トラックに跳ねられたと思ったら、何だここ? なんで俺、空に浮いてんだ?」


 辺りは暗く、頭上には星がいくつも輝いている。そして、足元には何故か地面が無く身体がふわふわと宙に浮いている。


 ……この状況は何なんだろう。


 疑問に思いながらさらに周りを見渡していると、ぼんやりと遠くの方に犬のような尻尾をパタパタと振りながらしゃがんでいる少女の姿が見えた。何かを食べているようだが、暗さに加えてちょうど背中が邪魔でうまく見えない。


「何を見ておる。そこの人間」


 しばらく見つめていると気付かれたのか、こちらをキッと睨みながら少女が話しかけてきた。


 ……まずい。


 嫌な予感がし逃げ出そうと思ったが、宙に浮いている為か移動出来ない。その場でもがいている間に、少女は俺の目の前まで来てしまった。


「なるほどのう、お前さんが次の人間ということか」


 長いまつげに覆われた、宝石のように輝く青紫色の瞳。そして、ふわふわとしたミルクベージュの獣耳に、同色で光沢のあるウェーブがかかったショートの髪。

 人間の年齢で言うと12歳くらいだろうか。俺に話しかけてきたのは、気の強そうなシスター姿の獣人の少女だった。


 まだ自分の身に起きている状況が理解しきれず少女を見つめ続ける俺に、続けて話しかけてくる。


「なんじゃ、そんなに見つめて。儂の可愛さに見蕩れておるのか?」


 確かに、顔立ちは俺が今までに見たことがない程整っており、美少女と言えるだろう。


 だが、こんな子どもに見蕩れるか!

 俺はロリコンじゃねぇ!


 というかそんなことよりも、俺には聞かなきゃならないことがある。


「……お嬢ちゃん、俺ってもしかして死んだのか?」


「お嬢ちゃん、じゃと? 誰のことを言うておる。まさか千年を生きるこの儂に言うとるのではあるまいな? ……フッ」


 どうやらツボに入ったらしく、お腹を抑えながらプルプルと震えている。

 

「……落ち着いたらでいいから答えて欲しい。ここはどこなのか、あんたは何者なのか、聞きたいことは山ほどあるんだ」


 ふぅ、と息をつき、少女は涙目を擦りながら口を開いた。


「最初の質問に答えてやろう。まず、お前さんはトラックに跳ねられ既に死んでおる」


 やはり……。

 落ち込む俺に構わず、少女は話し続ける。


「次に、ここは死んだ者が訪れる場所″ミドル〟。天国行きとも地獄行きとも言えない、中間みたいな者が来て過ごす場所じゃ」


「ミドル……? 何だそれ、聞いたことないぞ?」


「そして、この儂はミドルに来たばかりの人間の生活をサポートをする為に選ばれた仮天使と呼ばれる存在じゃな」


 情報が過多で追いつけない。

 そこで、この仮天使とやらに俺はいくつか質問をすることにした。


Q.ミドルって何?詳しく!


「先ほども話した通り、天国に行けるほど善良ではなく、地獄に行くほど邪悪でもない者が来る場所じゃ。まぁ説明するより実際に見た方が早いと思うが。そこまで住みにくい場所という訳でもなし、安心してセカンドライフを過ごせると思うぞ」


(まぁ別名、天国満杯で困った時に使われる場所とも言われておるが……)


 何か小声でぼそっと話していたが、うまく聞き取れなかった。


「ここミドルで善業を重ねた人間は天国に行ける! ……かもという噂もある」


「噂かよ!」


Q.仮天使って?


「天使になる前の段階の天使じゃな。人間でいう、社会人となる前の学生みたいなものかのう。天使になる為には、必ず皆仮天使となる必要がある。しばらくミドルで活動した後、試験を経て、天使となるのじゃ」


「なるほどな、俺はてっきり元は天使だったけど何かやらかして仮天使に降格したのかと思ってたぜ」


「……何か言ったか?」


「何でもないです」


Q.どういう基準でミドル行きが決まるの?


「中間的存在とはいっても、基本は生前に大きな罪を犯さない限りは天国に行けると思って良いじゃろう」


「えっ、じゃあ俺、何か大きな悪行をしてたってこと?」


「お前さんの場合は、恋愛面で誰からも好意を得られなかったことがマイナスポイントとなったのう」


「えっ、モテないって罪なの?」


「罪じゃな」


「嘘だろ……?」


「残念ながら本当じゃ」


 死後にして判明する衝撃の事実。非モテって天国に行けなくなる程悪いことだったの!?


 こんなことならそれなりに恋愛しとけば良かった……。と言っても、恐らく俺のスペックじゃ誰とも付き合えては無かっただろうが。……クッ!


「天国に行く条件としてなら、お前さんの年齢なら少なくとも5人から好かれてなければ難しかったじゃろう。そんな中、たったの一人からも好意を持たれてなかったなんて……フッ」


 どうやらまたツボに入ったらしく、お腹を抑えながらプルプルと震えている。


「モテなくて悪かったなぁ!?」


「すまんすまん、笑い過ぎたのう。あまりに憐れ……いや、可哀そう過ぎての。逆にじゃ、逆に!」


「何でも逆にって付ければ許される訳じゃないからな!?」


「深く考えすぎるのは人間の悪い癖じゃ。もっと気楽に生きる方が楽しいぞ?」


「もう死んでるんだよなぁ……」


 涙目で遠い目をしている俺に対して、天使はニコっと笑顔を見せた。


「そろそろ時間かのう。朝日が昇るより前に、儂はお前さんのことを生活を始める拠点となる家に連れて行かねばならぬのじゃ。そして、儂はしばらくはお前さんが快適に過ごせるようサポートしていくことになる。感謝するんじゃな」


「いよいよ俺のセカンドライフが始まるんだな。ちなみに、そのサポートってどの位の期間になるんだ?」


「期間は特に決まってはおらぬ。天使によっては初日でお別れする天使もおるし、なんだかんだ長期間、人間の面倒を見ている天使もおるかのう」


「なんたるアバウト」


「まぁ相性というものもあるものじゃろうし。お互いにストレス無くが一番じゃ!」


「そういうものなのか……?」


 首を傾げる俺を横目で見ながら、天使は話を続ける。

 

「そういえばまだ名を名乗ってなかったのう。儂の名はルナ・フィード。よろしくのう、人間」


「そういや俺もまだだったな。俺の名前は中野中なかのみつる。よろしくな、ルナ」


 こうして一人と一仮天使による、ミドルでの生活が始まった。

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俺的には悲しいがこの審判は妥当です 紫月結衣 @mi_chan_

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