第13話
仕事終わりに帝王に呼び出しをうけた。
「ちょっとー、残業手当だしてよねー?」
「ハッハッハッ……」帝王はかわいた笑いで応答した。
煌びやかな装飾のベッドに横たわっている。
近衛兵がソっと耳打ちした情報によると、王は眠れないらしい。
「ふうん、お酒でも飲めば?」
「王は酒を飲むと人と物を破壊するのです」小声で近衛兵がこたえた。
(睡眠薬は……もう在庫がないかな)
睡眠薬の材料となる青い花は、雪原に咲いている。
みたことはないけれど、みるものを、夢幻にいざなうらしい。
だが、ふりしきる塵が原因で、埋もれてしまった。
紙束が机のうえにひろがっている。
人身の構造と効率的な拷問の手法、心の掌握術、奴隷の売買ルートの整理案、税金の流れについての考察、それから……破壊に導く新兵器の考案図。そんなタイトルの紙束がちらばっている。写真が一枚、無造作におかれている。
「黒騎士のファンなの? キモイ趣味ね……」黒騎士の写真。裏面には赤いインクで言葉がつづられている。殴り書きで筆跡は乱れ、解読できない。
「ハッハッハッ……」
「こんなよくわからないことばかりかんがえているから、眠れなくなるのよ」
「ハッハッハッ……」王は、リモコンをにぎりしめている。赤色のスイッチがとりつけられたリモコン。「それをよこしなさい。施術の邪魔」「ハッハッハッ……」だが、子供がおもちゃをにぎりしめるように、王は手放さない。「なにこれ? ヒーローアニメの変身グッズ?」近衛兵はこたえずに、机の上を一瞥した。新兵器の考案図に、よく似たリモコンが記入されている。どうやら、この兵器の起動スイッチらしい。
「ふふん、抱きしめるならぬいぐるみにすればいいのにね。私、帝王の見た目、けっこう好きよ? とおくからみれば、レッサーパンダにみえるもの。パンダがパンダのぬいぐるみをだきしめているところなんて、とてもユニークじゃない? ねぇあなた、そうおもわない。では、施術を開始します」
氷竜の目を使用して、帝王の心に侵入した。
彼の心の空間は、くらやみだった。
子供の泣き声のようなものがきこえる。
耳を澄ますのはやめた。心がおかしくなる。遠くの方からきこえる、氷竜の嘶きに集中すると、王の心がぼんやりとうかびあがった。
王の心は、くらやみに、おびえるように、ちいさくなっている。
私は手をのばした。くらやみには得体のしれない爬虫類が潜んでいる気配がある。私は……蛇に睨みつけられた、カエルのようだ……。ふれようとすると、嫌悪感が湯水のように湧き上がる。冷や汗にたえながら、心にふれた。
その時、氷竜が強く羽ばたいたのか、一陣の風がふきさり、一瞬だけ、くらやみがかききえた。
くらやみのなかには、特に何もなかった。
診察の結果、恐怖心が過剰に作動しているようだった。
でも、この恐怖心の正体は、すべて幻だ。くらやみのなかに、なにも潜んでいない。
冷風がふけば、霧のように消える、恐怖心の幻。
だが、王はそれを現実ととらえ、にげられない。
彼の心をおびやかすものは、得体のしれない不安と恐怖であった。
金を失う恐怖、名声が地に落ちる恐怖、空爆に晒される恐怖、命を脅かされる恐怖。恐怖は、虚構の産物ではあるけれど、帝王の周囲のくらやみにとけこむように、蔓延している。王の動向を逃さぬよう、無数の目が、みつめている。
私は氷の力で空間の凍結を図った。
空間の気温がさがり、氷につつまれた。
心の傷の侵食はとまり、しずかな脈動をくりかえている。
凍結に成功したが、時間とともに氷は溶け、また、心の崩壊が始まるだろう。
しかし、壊れた心を修復する術はないし、私の仕事ではない。
「……」――完全に空間は凍結している。だが、くらやみの一部から、禍々しい邪気がもれでていた。私は手をのばした。そこにあったのは、目ではなかった。氷漬けにされた、黒騎士の仮面が、ぼんやりとうかびあがっていた。
(心の世界でも、この仮面をみるなんて、気分が悪い……)
氷竜の力を遮断し、現実に浮上する。
「終わったわ……残業手当はいいから、今度、豪華なラム肉のシチューをコックに作らせてちょうだい。私の分と、あと、花白の分」
「ハッハッハッ……」王は笑っている。
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