第10話

 小窓からみえる景色は、ミルクをいれたコーヒーのように、うすい灰色。

 雪と灰がまじってふっている。

 海には流氷がただよっている。

 私は絵本を読みながら、暖炉の火にあたる。


 定刻になると、兵士がひとりやってくる。

「いい夕刻だね……そうおもわないか」

 兵士の返答はない。


 兵士たちの心労は、人を殺めた記憶によるものだった。ふるさとにおいてきた親族への懺悔の念もまじっている。帝国の上層部は、兵士の自由を掌握するため、彼らの親族を人質にとっているようだ。


 痛みきった心を凍結し、ふたたび戦場へむかわせる。

 氷漬けにされた瞳に、私のすがたは映っていない。神を目のまえにして、すくみあがった人形のようだ……。そう、人形……。

 また一体、殺戮人形がうみおとされる。


 仕事が終わる頃、伝達用のポストに紙切れが一枚入っていた。

『晩御飯のメニューはなににしますか? 花白』

(ンー、もうカレーもあきたしな。たまには魚料理がたべたいかも。けど、帝国近辺の海の魚は汚染が進んでいるっていうし……)

 散々迷ったあげく、山菜ラーメンと書いて、返信用のポストにさしこんだ。なんとなく、ドアノブをカチャカチャとまわしてみる。外から鍵がかかっている。


 仕事を終え、窓の外がすっかり暗くなったころ、コンコンとドアをノックされた。「ラーメンキター!」ラーメンの入ったお椀をもって、花白が入ってきた。「ラーメンは塩分高いよ! 姉さんぜんぜん運動しないんだから、太っちゃう」「いいのいいの、野菜をクッションにすることで、ゼロカロリー理論なのです」割り箸を割って、ラーメンをすする。ウン、花白の作るものはなんでもおいしい。


「それにしても」「ン?」夕食をおえ、花白は机の上をかたづけていた。

「帝国が捕虜に優遇するとはおもわなかったな。もっとヒドイ扱いを受けるものだとおもっていた」

「……うん」

「私は姉さんの給仕と兵舎のお掃除の仕事もらえたし、姉さんは、氷竜の力をつかった精神科医のお仕事をしている。帝国は食べ物や水が豊富だから、前の町よりも裕福な生活になったし」花白は、多くの女性捕虜が、帝国地下施設で慰安婦として働かされていることをしらない。下水道にながれる汚水のように、きたない箇所はすべて、みえにくいところにかくしてしまう。……そう、陽の光がほとんどとどかない、この物置小屋のようにね。

「……誰も私のことを医者とはおもっていないよ。怪しい、妖術師の生き残りとおもっている」

「でも、必要とされているんだからいいじゃない」花白は机に頬杖をついた。

「私、本当はすこし心配だったんだ。たぶん姉さんってさ、私よりもずーっと長く生きる」

「それは、わからないよ」「不死……かもしれない。竜は寿命は千年にも及ぶと記す文献をみたことがある。だから、人は竜を恐れた」「隕石がおちてくれば、みんないっしょに死ぬ」


 荒唐無稽?

 ちがう……これは祈りだ。

 私はひとりぼっちになることを、おそれている。


 花白はフと笑った。


「……だからさ、あの町に住んでいた時は、私が死んだあと、姉さんはどうやって生きるんだろう? って時々かんがえていた。でも今は、お仕事もあるし安心」

「花白死なないで」

「フフ、安心して。そう簡単には死なないから。死ぬ時までは、そばにいるよ」

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