第8話
動物の群れに白オオカミがいない。
所在に関するテレパシスを鹿におくると、不安をつのらせた黒いオーラがかえってきた。つまり、わからないのだろう。
「期待はしないほうがよいだろう……。君たちも、ここを離れ、住みやすい森をさがすといい。優秀なリーダーがいない旅は、不安かもしれないが、力をあわせれば必ず道は開く」「姉さん……動物と会話ができるの」「ん、なんとなくね」「目が光っているわ……氷竜様が、お話ししてくださっているのかしら」
丘にたどりつく。湖面は空に舞い上がる火の粉を反射している。動物たちは水を飲み始めた。私は町をみおろした。食い荒らされた鳥の巣のようだ……と私はおもった。原型をとどめていない建物たちが、火にまかれて変形していく。
町には逃げ惑う人々が多くいた。
帝国軍の兵士がそれを撃った。
水をもとめた子供が、空からふく銃弾につらぬかれた。
赤いしみがひろがる。
黒い炭のようなものが至る所にころがっている。
「人体というのは、こうも脆く、簡単に、鳴り響かぬ物にすがたをかえるのか」
それが人の死体だと気づいた時、背後から大量の銃声がなりひびいた。
反応のおくれた私を、森の動物たちが身を犠牲にして守った。
「すまない……。花白、ケガは」「だいじょうぶ……。でも、おいつかれたみたいだね」森のほうから、銃をかまえた兵士の一団があらわれた。動物たちは盾になるため、私たちの前に立ちふさがった。
「そこのガキ、さきほどの妙術使いだな?」兵士の一人がきいた。
「ガキいうな! 白亜は大人だ」
「ふふん、太古の遺産の妖術師が生きていたとはおどろきだ。あやつらも妙術の類で、己の肉体を若いままにしていたときく。おとなしく投降しろ、命だけは助けてやる」
「姉さん……投降しよ。このままでは殺されてしまいます」花白がおびえた声で私の耳元にささやいた。
「帝国軍の兵士が血も涙もないといったのは、花白だろ? 抗おう、最期まで」私は周囲の動物たちに、離れるよう念をおくる。すこし、心配するそぶりをみせたけど、おずおずと、動物たちは左右に離散していく。雪風がまい、私と兵士たちがにらみ合う形になる。兵士たちは、銃のトリガーに指をかける。私は神経を集中し、冷域を目前にあつめ、強度をたかめた。
発砲音が鳴り響く。
氷の壁が、銃弾すべてをはじき、雪のうえにおとした。
兵士たちは、紫煙が立ち上る銃口をさげた。
「銃弾はきかんか。全員、火炎放射器、それからマスクと、毒ガス爆弾を用意しろ」
兵士たちが装備をとりかえている。
どうする?
このままずっと防ぎきる自信はなかった。
丘の先は絶壁になっているため、これ以上後退はできない。
(それなら、氷竜の目の力で、兵士ひとりひとりの心を凍結させるか)
いや、時間がかかりすぎる。ひとりの心を凍結させている間は、無防備だ。その時に撃たれたら終わる。
なら、もう一度、吹雪をまきおこし、混乱のさなか、彼らの横をすりぬけるか?
イチかバチかの賭けになりそうだ。おそらく、ここにいる動物たちは助からない。けれど、生きるためにはそれしかない。
「もう一回、雪煙をおこす。その時に、一気に彼らの横を走り抜けよう」
私は花白をかがませて、耳元でささやいた。
「わかった……無理はしないでね」
(さてと、もう一度気合い入れようかな……)
兵士が装備をととのえ終えたようだ。青色の風がかなたより目の前をふきぬけ、私たちの髪をゆらしてゆく。私は氷竜の目に意識をあつめ、彼らの顔をみつめた。
「待て」
今まさに氷の力を解放しようとしたその時、森から、禍々しい邪気があらわれた。
「く、黒騎士様」
「そいつはおまえらには手に余る代物だ……。下がれ、俺様が話をする」
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