第7話
凶悪な邪気が空をつつんでいる。窓ガラスのむこう、紫煙につつまれた東の空から、黒色の鳥影が、ゆっくりとこちらにむかっている。一羽、二羽、三羽……。
いや、あれは鳥ではない。鳥のように精神力をエネルギー源にして飛んでいないことが、これだけ離れていてもわかる。得体のしれない悪意を翼にこめて、宙に浮遊している。
「姉さん、どうしたの」「こわい」私は、花白のふとんにもぐりこみ、ふるえていた。熱波と爆発の音が空気をみたしたのは、そのすぐあとだった。
森がもえていた。
森のむこうは、町だった。町のほうから、風船が破裂するような、こわい音がひびいていた。
「軍用機……帝国軍が町を攻撃しているんだ」花白は空をみあげていった。ぶ厚い黒雲のなかをとぶ、飛行物体の腹が、森を燃やす火によって、赤く縁どられる。
彼らが球状のものを町に落とすたび、破裂し、赤色の柱が立ち、炎はひどくなる。
私は耳をふさいだ。心のなかにひそむ氷竜が、おびえている。吐く息が瞬時に凍りつき、つららとなって、唇の先からおちていく。
「姉さん、にげよう。ここは町外れだから爆弾を落とされていないけど、このままじゃ焼け死んじゃう」
「ぬいぐるみ……」小屋のなかで、コレクションのぬいぐるみが待っている。皆、ゴミ捨て場で拾った、どこかにケガを負った、やさしい子たちだ。
「ぬいぐるみは、次の町で買ってあげるから。早く逃げよ」「うごけない……」私の足はすくんでしまっていた。「泣かないの。お姉ちゃんでしょう」花白は私の目元をぬぐいおえると、おぶさり、走り出した。私は竜をなだめるため、必死に深呼吸して、つららをださないよう、がんばった。花白の首が凍傷になっちゃう……。
「あれ」山道をのぼる花白の背の上で、私は宙をとぶ鉄の鳥たちを指さした。
「人がおりてくる」風船のようなものを身にまとい、人々はゆっくりと地上をめざして降下していた。
花白はしばらく立ち止まると、乱れた呼吸をととのえた。
「あれは、生存者を殺すためにおりてきているの。きいたことがある。帝国軍はきびしい指揮下のなかで活動しているため、精神的ストレスが絶えない……。だからストレス解消のため殺戮と……それから男性兵士への褒美として、女性を」
背後から轟音がなりひびいた。
すぐちかくの樹の幹に、なにかがぶつかる音がした。
ヒと花白が悲鳴をあげ、たおれた。その拍子に私の体は雪のうえになげだされた。
「人だ! 女がふたり」背後から数名の男たちが私たちを追ってきている。
絵本で読んだことがある。男たちが手にしている鉄の棒のようなあれは、鉄砲というものだ。鉛の弾を発射し、命を葬る。さっき樹の幹にあたったのは、その銃弾というわけか……。
「殺すな殺すなっ! 若い女だ」男たちは鉄砲を私たちにかまえ、威嚇するように撃ってくる。「死にたくなければ抵抗するな。そこでおとなしくしていろ」
私は花白の体を必死にひきずり、大樹の影にもぐりこんだ。
「弾……あたったの?」「ううん……びっくりしてころんだだけ。姉さん、私をおいて逃げなさい。私が囮になるから」「だいじょうぶ。じっとしていて。今から竜の力をかりる」
氷の空域の範囲を広げた。
森をみたしていた火の手が、私たちのまわりだけ、シュンとおさまり、気温は瞬時に氷点下にくだりおちた。
あたりは、雪煙と冷気で覆いつくされた。
全てが白に染まる。
雪にみまわれ、男たちはあわてふためいている。急激な体温の低下により、昏睡状態に陥るものもいた。
「今のうち。もうすこししたら、星のみえる丘がある。あそこは湖があってね。樹があまりないんだ。火が届かないはず」
「場所……わかる? 暗いし、火の手を避けなきゃ」
「だいじょうぶ」雪煙のなか、森の動物たちの影が集まっている。「皆が案内してくれるよ」
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