第6話

 森の白オオカミに新聞記事の切れ端をみせると、すぐに解読してくれた。

(帝国が他国へ攻撃をしかけているそうだ)

「帝国?」

(帝王がいる。邪道を極めた傲慢な王だ)


 帝王は大陸のすべてを手中におさめなくては気がすまない。

 すべてをつつみこむ自然のやわらかさよりも、己の身を守り、他者の命を葬る鉄を好む。子どもの時、やさしさのかわりに、傲慢さを血にながしこまれた。その血で私たちの大陸すべてを赤く染めるつもりだ。


「オオカミよ、なんとかしておくれ」

(私は歳をとりすぎた。昔なら、私についてきてくれた勇猛果敢な仲間たちも多くいたが……英竜戦役の時、ここに剣をうけてしまって。視力が著しく低下し、それからはまともにたたかえなくなった)オオカミは前足で目のちかくをなでた。もう治癒しているけれど、切り裂かれた痕がのこっている。そして、ひきつったように、口角をもちあげた。……怖いけれど、笑顔を取り繕っているつもりらしい。

(くらやみがほとんどを満たし、陽の光が散開している。けれど、まぁそのおかげで心の声がきこえるようになった……悪いことばかりじゃない)

「オオカミそんな昔から生きているの」

(竜の血をわけてもらったからな……)

「竜の血か。私がうけとったのは卵だ……」

(フム。なんとかしろというのなら、竜の娘よ。おまえにも滾る竜の血が眠っているではないか……ウーム。けれど)

「けれど?」

 オオカミの目は、かなしむように細くなった。私は見透かされている気分になった。彼の目は、そのほとんどがくらやみだという。そのくらやみのなかで、私の光はどのように映るのか。

(……おまえの竜は、戦いには向かない。おそらく他者を傷つけることよりも、しずかな環境でつつましく生きることを望む竜なのだ)

「……」氷の力で生成した刃物は、まだ生きている者の血肉にふれると溶けてしまう。だから、魚を解体する時は、切れ味のおちた調理包丁をつかっていた。

 オオカミのいうとおり、氷竜は、戦いを好まず、冷え切った鉛色の空の飛行を好むみたい。空には、血しぶきがおちていないからね。

(けれど、それはいいことじゃないか。私も争いは嫌いだ……)

 ふと、オオカミは、空をみあげた。

(気をつけるがよい、竜の娘よ)

「ン?」

(竜は……おまえ以外、絶滅したかのようにおもわれているが、いまだ、風には邪気がふくまれている。先の戦いで『異端竜』とよばれていた竜がいてな……血気盛んで、争いと破壊を好む、危険な竜だった。ヤツと対立した竜が、空から墜落し、湖で溺れ死んだ。その邪気が、風にふくまれている)

「え、私以外にも竜がいるの? 白亜、竜とあったらいっしょにおやつを食べたいな。やっぱり、私とおなじようにハチミツのパンケーキが好きなのかな?」

 オオカミは取り繕った怖い笑顔で(まぁおまえなら案外仲良くやるかもな……)といい、目をつむった。


 その日の夜、帝国が私たちの町に空爆をしかけた。

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