第5話

 冷域が私のまわりに覆っているのは、種の保存のための環境変換。これには、私の居住地域に大雪をふらせていることも、当てはまるだろう。氷竜は、暑い場所よりも、冷たい空間をもとめる。

 それからもうひとつの理由があるはず。

(私の体が壊れたら困っちゃうよ~ってか?)

 それは、宿主の保護だろう。(フン……いつか、メンヘラ女子みたくリスカしてビビらせてやるっ!)

 どちらにせよ、勝手に住み着いているのだから、私にだってオマエの力、好きに使う権利はあるはず。


 氷の力を指先にあつめ、具現化、物質に変換する。

(むずい……)

 だけど、なんどか練習すれば、幼子が積み木を積み上げるようなものだった。

 氷の鍵を作る。

 透明にすきとおり、陽の光を反射する。硬度はあるが、時間がたてば溶ける。


 何度も花白の心の熱を冷却したけれど、それでは解熱の効果しかない、と気づいた。病気の時もそうだけれど、病原菌そのものを凍結しなければならない。

「おまえたち」深夜、私は森の動物たちを庭にあつめた。「これから花白の上司の家にいく。案内しろ」上司の名前をつげると、一頭の年老いた白オオカミがうなり声をあげた。彼は賢い白オオカミで、そして、なぜかテレパシーを会得している。悪意をよみとるたび、森の動物たちに指示をあたえ、適切な未来へみちびく。雪につつまれた森の生態系が今までくずれなかったのは、彼の尽力があったからだ。

(そこのフクロウがしっている)

「ありがとう、私をみちびいてくれ」フクロウは私の肩にのった。

(竜の力を内包する娘よ。ついに力が孵化したか。うまく使いこなせているようだ)

「雪が多くてごめん、寒い?」

(なに、おまえが来る前は、森の木々は次々になぎ倒されていた。放っておけば、火をつかった武器で、森はなくなっていただろう。今の状態こそが正常なのだ。私たちは、おまえに感謝している)

「ならいいか」

(英竜戦役の時に片目を被弾した戦友のシロクマが、うらやましいと寒中見舞いをおくってきたほどだ)


 フクロウにつれられ、上司の家にたどり着いた。


 氷の鍵を利用して解錠、家に侵入、対象の人間の心のよどみを凍結する。

 しばらくの間、深夜はそんな日々がつづいていた。

 やがて、花白を忌み嫌うすべての人々の心が凍結されると、町はしずまりかえった。張り紙を貼りに来ることもなければ、石を投げられることもない。町の人間は、機械人形のように、皆、日々おなじことくりかえし、呼吸をするだけ。


「……」休みの日、花白はホットミルクを飲みながら、私のほうをみていた。

「どうしたの?」

「姉さん……なにか悪いことしてない?」

「しししししししてないよ~」

 私は凍りつけを終えた後、鍵をふたたび施錠している。

 侵入に関する物的証拠の「氷の鍵」は、文字通り「消えてなくなる」ため、私が侵入した痕跡はないはず。

 ……まぁ、花白はそんなことをたずねているわけじゃないよね。

「なんか……私の職場の人たちがおかしいんですけど」

「どうおかしいの?」

「なんか、人間らしさを失ったっていうか……。仕事はきちんとしているけど、話しかけてもえーそうですねとしかいわないし」

「ンー……若者の人間離れが社会問題になりつつあるからね。これも増税の影響か」

 それを……といって、私はトンカチを指さした。「とりあえず、頭の中身をみてみよう。もしかしたら宇宙人に改造されているのかも」

 花白はクスリと笑って「氷竜様によろしくね」といった。


 冷風に運ばれた、焼け焦げた新聞紙の切れ端が、庭木にかかっていた。

 白黒の写真が一枚貼ってある。コンクリートの建造物の群れが破壊され、黒い煙をふいている。その周りを鳥たちがとんでいる……とおもったけど、これは鉄製のものであった。

 しらない言葉の羅列で記事が書かれており、内容はわからない。

 赤く、太字で記されている見出しから、不吉な気配がただよっていた。

 

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