3.明かされた事情

【前書き】

この作品は『千の箱庭〜婚活連敗王子はどうしてもフラグを立てられない〜』のスピンオフです。

そろそろ本編と時間軸が重なり始めるため、本編第一部第6話「星空」まで、できれば第二部第7話「越境」までは読了していることを推奨します。

本編トップ:https://kakuyomu.jp/works/16817330660424976616

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* * *


 放課後、鬼ごっこの面子と噴水広場へ繰り出した。ここにはいつも揚げ芋や飴菓子なんかの屋台が出ていて、育ち盛りどもの小腹を満たすのに貢献してくれてる。

 おれの狙いは変わり種のドーナツを出す店だ。輪っかでなくボール型をした揚げ菓子で、中に具入りのスープが入ってる。そのスープが実はフィニーク四花の郷土料理の味付けで、癖になるスパイシーさだ。王都の人々にも人気で、出遅れるとさっさと店じまいされちまう。

 大きな油紙に全員分を盛ってもらい、もう一つ小袋も買う。払いは今日の奢り担当の奴だ。噴水を背にしたベンチに陣取って、皆でばくつく。


 学園に通うのもあと二カ月を切ってるため、自然と卒業後の進路の話に花が咲いた。それぞれ、「政庁にいい席があって滑り込めた」とか「地元に帰って領地経営を学ぶ」とか言っている。三年前はあどけないだけの連中だったが、皆もう十八になった。今や、貴族階級の人間として国を担っていく責任感をしっかり培った若者たちになっている。頼もしいこった。


「サイードは帰国したら何をする予定なんだ?」


 おれにも水が向けられたが、帰国前提なのがちょっと苦笑いだ。


「さあどうするかな。だいたい、卒業したからって急いで帰る義務はないんだ。目一杯寄り道してやろうと思ってるぜ」


 肩をすくめて答えると、呆れ顔で「あんまり放蕩するなよ」とたしなめられた。


 連中と別れると、おれは手つかずのドーナツの小袋を持って通りを下った。二、三本奥に入った先の地味な路地にある、占い師の印が付いた扉の前に立つ。


「入るぜ」


 ノックして返事を待たずに扉を開け、中へ入る。細紐のカーテンを軽く払いながら奥に進むと、フィニーク風に内装された部屋が待ち受ける。うさんくさい小道具が脇の棚に並べられ、うまいことはったりを効かせている。姉上は、いつものように絨毯に腰を下ろして待っていた。


「いらっしゃい、サイード」


 おれがガレンドールの風俗に馴染んだのとは逆に、姉上は今でもフィニークの服を纏っていた。ただし多少はこっちの価値観に合わせたのか、客相手でも外出着で身を覆うことまではしなかった。濃紺の豊かな髪は流したままヴェールで緩く覆い、いつもの黄緑色の石ペリドットが付いた額飾りで留めていた。

 ミステリアスな雰囲気が漂って、内装にも業種にもよく似合ってる。見た目と実年齢とのギャップもほぼ感じなくなった。だからかいつも訪ねるたびに、ずっと昔からその姿でここに座ってたような気がしちまう。店を構えたのがほんの三年前とはまるで信じられねえぜ。


「よう姉上」


 おれは姉上の正面まで進み、適当なクッションに荷物を放り投げるとドーナツの包みを突き出した。


「土産があるぜ」

「ありがとう。それは後でいただきます」

「冷めたら旨くねえぜ。今食いなよ。だいたい普段ちゃんと飯食ってんのか?」

「ではあなたも一緒に食べましょう。お茶を淹れますね」


 姉上は包みを受け取ると、キッチンに引っ込んだ。客用の敷物に座って待つうち、皿に移したドーナツと茶器を盆に乗せて戻ってきた。絨毯の上にクロスを広げてやると、その上に盆が降ろされた。


「で、今日はどんな用事で呼び出したんだ?」


 カップにがれた茶に口を付けながら、おれは聞いた。


「少し実験したいことがありまして、あなたに手伝ってほしいのです」

「実験?」

「…その前に、重要なことを説明します。私の、その…ポリシーに抵触しない範囲で」


 姉上は、自分のカップにも茶菓子にも手を付けず、珍しく言い淀みながら言葉を継いだ。


「何だ何だ? 急に深刻だな。ひょっとして本当の親父でも見つかったってのか?」

「違います」


 おれの茶化しには姉上は動じなかった。


「サイード、私はこれまで自分が『天上の主の預かり子』であり、『天上の主のお務めを果たす』ためにこの国へ来たことになっていました。ですがこれは比喩的な表現で、正確には違います」

「…と言うと?」


 預かり子ってのはガセで、やっぱり普通の娘だって話か?


「私シェヘラザードは、この箱庭――世界の管理者なのです」

「は?」

「私は、この世界を創り出し、住人を住まわせて運用しています。人が幸福に暮らせるように環境を整えるのが私の使命です」

「ん? んー? 何かよくわかんねえけど、それってつまり姉上は…『天上の主』本人だ、ってことか?」

「この世界の住人にはそのように解釈されてしまっていますが――」

「ははっ! こりゃいいや! 預かり子じゃなくて天上の主が直々にご降臨かよ!」


 姉上が預かり子だと最初に言ったのは母上だ。おれは正直、母上は身ごもるにあたって忘れたくなるくらいひどいことがあって、だからそういう特殊な由来にしたのかと思ってた。でも、姉上が誰かに助言すると偶然が重なって都合よくことが運ぶとか、家から一歩も出たことないはずなのに妙にこの国に詳しいとか、そういうのを目の当たりにしてるうちにようやく信じてもいいかと思うようになった。


 それがここへきて、実は天上の主なんです、だと? なるほど、自分が創ったからくりなら何がどうなるか熟知してて当然だし偶然も仕込み放題ってわけか。預かり子なんて回りくどい理屈なんかいらねえや。


「で、天上の主様は一体何しに下界に降りてきたんだ? わざわざうちに――ってか母上のもとに生まれてきたのは、何か理由があんのか」

「理由はいくつかあります。一つは、世界を直に見ることでより深く理解するため。もう一つは、人を――特殊な事情により管理者の見守りが必要な人を支援するため。そして、これはあなたの姉になった理由ですが、支援のために占い師というプロフィールを持つことにしましたが、信憑性を高めるために異国情緒の雰囲気を纏ってみることにしたからです」

「ぶっはは! 何だそのいい加減な理由!」


 前半の理由はまあいいとして、後半を聞いておれは爆笑した。おれも気まぐれには自信があったが、天上の主の気まぐれには負けそうだぜ。その程度の思いつきで生まれを操作するとか、ある意味人生を賭けている。いいな。おれも生涯をかけた気まぐれをやってみてえ。


「舞台装置として適切に機能しています。無駄ではありません」


 あんまり笑ったんで、姉上はどうやら気を悪くしたようだ。


「まあまあ、別にバカにしちゃいねえ。むしろ、生まれ先に母上を選んでくれてよかったぜ。おかげでおれは姉上と家族でいられるし、家を離れてこんな遠くまで来れたからな。天上の主様々だぜ」


 …けど、姉上が「お務め」から解放される日は来ないってことになるんだな。今後は部下のふりをやめて上司本人として仕事をしてくってだけだ。


 少し渋くなった二杯目の茶を口に含むと、おれは話の続きを促した。


「実は、今請け負っている案件が難航していて、少し思い切った対策を取ってみようと考えています。依頼人クライアントに提案する前にテストしたく、あなたに協力してほしいのです」

「事情はよくわからねえが、要するにおれに何かの実験台になれってことか?」


 姉上はうなずいた。


「多少は危険かもしれません」

「おれの経験値をなめるなよ。多少ぐらいなら屁でもねえ。何すりゃいいんだ?」

「あなたには、いっとき全く見知らぬ場所へ行ってきてほしいのです」


 見知らぬ場所と聞いちゃあ断るわけがねえ。危険がどうこうよりよっぽど大事だぜ。


「そいつは面白え! ここから遠いのか?」

「遠い、という表現が適切かわかりませんが、隔たりはあります」

「同じだろ。それとも、どっか地下牢みたいなとこに潜入でもすんのか」

「サイード、落ち着いて。とにかく聞いてください。私はこの世界の管理者ですが、管理しているのはこの世界だけではありません」

「んっ?」

「あなたには、こことは別の世界へ行ってきてみてもらいたいのです」


 すっ…


「すっげぇ!! 別の世界だと!? そんなのあるのか! どんなとこなんだ? どうやって行くんだ?」


 おれは興奮して矢継ぎ早に質問を仕掛けた。ガレンドールの次はどこへ行こうかと考えてたところへ、この大陸どころか別の世界へご案内とは意表を突きすぎる。さすが天上の主だけあって、おれより発想がはるか上だぜ。


「サイード、落ち着いて」


 姉上は呆れたように繰り返すと、実験の詳細について説明を始めた。

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